第1話:盲目の少女
僕の高校の脇道から真っ直ぐ延びた道のそのまた先に、今は咲く事が無い桜の木がある。
十数年前の嵐が酷い日に落雷に合い、自分の本来の姿を忘れてしまったのだ。
別に枯れてしまった訳でも腐ってる訳でも無い。
だからこそその桜の木は今も尚、立派にそこに存在する。
僕は今、高校二年生だ。
学年が一つ上がる前、僕はこの桜の木の伝説を知った。
決して咲く事が無い桜が何年かに一度だけ眠りから醒めたように我に帰り、満開に花を咲かせる事があるという。
それは季節に関係なく咲き、人は寝ボケてるんだと桜を笑う。
だけどもしその満開になった桜を見る事が出来たなら、見た者に奇跡を起こすと言われている。
当時の僕はその伝説をバカにした。
あるはずの無い出来事に取って付けたような『奇跡』と言う言葉。
誰もが好みそうな話しをヨダレを垂らしハヤシ立てる生徒たちに正直呆れていた。
だけど今だけは…
そんなどうしようも無い伝説に頼ってしまう自分がいる。
一週間ほど前、風邪を引いた僕は病院にいた。
診察を受け、薬を貰った後、家に帰っても暇なだけだと思い病院内にあるホスピタルガーデンを歩いて回る事にした。
芝生の整ったそこには、子供たちが[キャッキャッ、キャッキャッ]とハシャいでいた。
子供たちを見ていたら僕もつられて一緒に[キャッキャッ]と走り回りそうな衝動に駆られたけど、保護者の方を呼ばれそうなのでやめておいた。
ガーデンの奥に行くとそこにも桜の木があり、季節的にはまだ早過ぎる桜は枯れ木同然に立ち尽くしていた。
その場所に僕と同い年くらいの車椅子に乗った女の子が淋しそうに桜の木を見上げている。
僕が干渉に浸ってる彼女を邪魔しないよう通り過ぎようとした時、振り返らないまま彼女は僕に言った。
「まだ桜は咲いてない?」
今は秋だし自分で見たら分かるだろうにと思ったが、彼女に近寄った僕はすぐその考えを変えた。
彼女は目を閉じていた。
どうやら目が見えないようだ。
「まだ咲いてないよ」
僕がそう言うと、彼女は更に淋しそうに「そう…」とだけ言って車椅子を病院の方に向かってこぎ始め、途中で彼女の事情を知る看護士さんが慌てるようにして彼女についていった。
僕は彼女を目で見送った後、桜の木を見て、「おまえのせいだぞ」と悪態をついてみせた。
桜の木が怒ったのか、強い風が吹いて揺れている。
僕はクシャミをして、家に早く帰る事にした。
この日は一段と寒かったのを覚えている…。
―つづく―