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04

 

 その日、幼いころの夢を見た。

 ただしそれは俺の過去じゃなくて、おそらくはレニ・ソルクラウの断片だった。

 この世界の人の記憶というものも魂とかじゃなく脳にあるのなら、まあ、そんな事だってあるんだろう。


 ――尊き血。特別な魔力と二つの色格。お前は選ばれた。


 いやに重たい期待だ。目覚めても残る夢なんてロクなものじゃない。

 ため息を零しながら、俺は重い身体を起こそうとして、それに気付いた。

 鎧が消えている。昨日はあのまま眠ってしまったから、脱いだ覚えはなかった。なら、ルノーウェルさんが脱がしてくれたんだろうか? 

 さっと部屋を見渡してみるが、その彼女の姿はない。鎧も見当たらなかった。

 それが多少気にはなったけど、それよりも血生臭さと身体のべたつきによる生理的嫌悪の方が強かった。頭を起こす効果込みで、さっさとお風呂に入りたい。

 俺は覚束ない足取りで、浴室に向かい……そこで、もしかするとルノーウェルさんが今使っているのかもしれないと思って、少し迷ってからドアをノックした。

 反応はなし。一応耳を澄ましてもみるが、水音の類もなかった。

 なら、大丈夫かな、とドアを開ける。

 これだけ確認を取ったのだから当然だけど、彼女の姿はそこにはなかった。代わりに彼女が昨日用意してくれたのであろう新品のワイシャツとズボンを、脱衣所の壁際に置かれていたカゴの中で発見する。

 これはありがたい。

 感謝の気持ちを抱きつつ、俺は血塗れの服を脱ごうとして「……あぁ、そっか」そういうことか、と気の抜けた声を漏らすことになった。

 寝ぼけていた頭が一気に覚めていく。

 左腕の肘から下の感覚がない事は結構早い段階からわかっていたけど、昨日は手甲がついていたから完全に失念していたのだ。感覚がないのは、文字通りその箇所がないからなのだという、最も妥当な可能性を。

「……はぁ」

 心底重苦しいため息が、否応なく零れた。

 だが、ここで沈んでいても仕方がない。とりあえず気分転換も兼ねて早くシャワーを浴びようと、履いていた靴を脱ぎ、次いで手間取りながら血で茶色になっていたシャツを脱いでいく。

 そこで、またも決定的な違和感を覚えた。

「いや、まさか、そんな……」

 恐る恐る、自分の胸に右手を置いてみる。

 柔らかい。それに、ささやかながら確かにあるふくらみ。……というか、まあ、ブラジャーの存在を確認した時点で、決定的だったんだけど。

 それでもすぐには認められずに、脱衣所の引き戸を開けて浴室に入る。

 探すまでもなく、全身を映す鏡がそこにはあった。

「……あぁ、そっか、だからか」

 同性同士なら、同じ部屋で寝泊まりする事に抵抗がないのもおかしな話じゃない。

 間違えようがないほどに、鏡に映る人物は女性だった。

 認めてしまうと、今の自分の声の高さにもはっきりとした違いを覚える。

 でも、そうだよな、レニって男より女よりの名前だよなぁ……。

 もう少し察しがよければ、もっと早い段階で気付けたのかもしれない。もっとも、仮に気付けていたとして、なにかが報われたという事もないだろうけど。

 とにかく、今する事は変わらない。いきなりハードルが別の方向に跳ね上がったが、この汚れた状態のままでいるわけにもいかないのだ。

 俺は妙な罪悪感と好奇心にモヤモヤしながら裸になってカゴに服を入れ、再び浴室に入った。

 そうして、改めて鏡の自分に眼を向ける。

 肩口にまでかかった夜を抱かせる黒より深い蒼色の髪に、同系色の瞳。

 顔立ちは凛然という言葉がふさわしいだろうか。強さを感じるけど、どこか柔らかさも宿していて、正直、テレビでよく見かける綺麗どころの芸能人なんかよりずっと惹かれる美貌だった。

 肌の方も見惚れるほどに透き通っており、でもそれ故なのか、いたるところに刻まれている傷痕がやけに艶やかに映る。

 この身体は、自分なんかでは想像もつかないくらい、戦いの中に身を置いて出来たものなんだろう。

 不思議な話だけど、胸や下半身とかよりもずっと、そういう部分が気になった。  

 別段、女に興味がないなんてこともないんだけど……この身体がもっている本能とか、感性のようなものにでも引っ張られているのか……まあ、自分の身体に欲情するっていうのも気持ち悪い話ではあるし、それで今困るわけでもない。

 自分鑑賞はひとまずこれくらいにして、俺は壁に掛けられていたシャワーに手を伸ばす。

 形状は見慣れているものとそれほど違わない。使い方も然りだった。特に苦もなく、温水が溢れ出る。

 それを頭からかぶって、俺は眼を閉じた。

 ……少し、身体が右に傾いている。左腕が半分ない分、バランスがズレているんだろう。昨日それを感じなかったのは、左右で重さが違ったのであろう手甲のおかげか。

 なんにしても、片腕というのはかなり不便だ。

 お風呂という生活の一部で存分にそれを味わいつつ、シャンプーと石鹸とタオルを使ってなんとか納得できる程度に身体を清潔にして、俺は浴室を出た。

 ちょうどそこでドアの開く音が届く。ルノーウェルさんが帰ってきたようだ。

 多少の躊躇いを覚えながら、用意されていたワイシャツとズボンの間に挟まっていた下着を身につける。幸い、サイズがわからなかった事もあるんだろうけど、ホックとかのない伸縮性の高いスポーツブラみたいなやつだったので、苦労することはなかった。むしろズボンを穿くのがかなり大変で、二分くらいは格闘していたかもしれない。

「これで、大丈夫だよな……うん」

 一応鏡の前でチェックを済ませて、浴室を出る。

 ルノーウェルさんはベッドの脇に佇んで、沈痛な表情を浮かべていた。

「おはようございます、ソルクラウ様。その、昨日は申し訳ありませんでした。本来なら私がソファーを使うべきだったのに……」

「いや、それは、ええと……気にするような事じゃない。ちょうどいい硬さだったしね」

 言葉を選びながら、俺はそう返した。

 正直、こういう扱いを受けるのは居心地が悪い。その空気から逃げるためにも、さっさと自分から話題を変えることにする。

「それより、これからどうするかだけど。ルノーウェルさんはどうするべきだと思う?」

「それは、ソルクラウ様がお決めになる事だと思います。……貴女様は、もう自由なのですから」

 儚さを感じさせる微笑を浮かべて、ルノーウェルさんはそう答えた。


 


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