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新入生歓迎際当日、キャンパスは各サークル、部活動の出店や展示で活気があふれていた。
「さぁ~、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今じゃそうそうお目にかかれない30年物のCR-Xに漏れなく座れちゃうよ~」
「ちょっとひとみ、なによその全く惹かれる要素の無い適当な呼び込みは……」
「え、そうか?この格好にぴったりのフレーズだと思ったんだけど?そんな事よりまどか、お前もしっかり声出ししろよ。せっかく似合ってるんだからさぁ」
茉莉の提案でコスプレ姿でビラ配りをする羽目になり、まどかは定番のメイド衣装を着せられている。一方ひとみはサイズが合う衣装がないからと赤ハッピに股引きを着せられ、祭りにでも出ようかという出で立ちである。
「自動車部に入ったら~、免許とか簡単にとれちゃうんですかぁ?」
「えっと、ごめんなさいね、免許は普通に自動車学校に通って取らないといけないの…」
一方ブースでは響子、睦美、茉莉が新入生への説明対応をおこなっていた。
「はぁ、去年もそうだったけどやっぱり興味無い子には説明してもなかなか伝わらないわね……」
響子が深くため息をつく。
「まぁ毎年こんな感じだな、私たちの使命は車に興味が有る奴がいたら絶対に逃さないことだ」
睦美がツナギ姿でそう言ったがこれはコスプレでは無く普段着だ。
「おーい、せんぱーい!沢山連れて来たぞ~~!!」
「!!」
向こうからひとみが数人の女生徒に囲まれながらやってくる。
「やだ!あのツナギ姿の人も素敵じゃない!?」
「!」
「さすがひとみちゃん!女子高出たての百合っ子収集パワー有りと言うわたしの見立てに狂いは無かったのです…」
茉莉が不敵にニヤリと笑った。
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ひとみ、まどか、茉莉の三人は駐輪場の脇に植えられた生垣の後ろに身を潜めていた。
「間に合ってよかった、ガンマが有るって事はまだ帰ってないな」
「ねぇ、だからって別に隠れなくてもいいんじゃない?」
「まどかちゃん、分かってないなぁ。こういうのは雰囲気作りが大事なんだよ~」
「おい、あれじゃないか!?」
フルフェイスのヘルメットを抱えた一人の少女が、駐輪場に入りガンマの方に向かって来る。
「よし、行くぞ!」
ひとみが飛び出し、まどかと茉莉がすぐに後を追う。
「ごめん、ちょっといいかな?」
「え!あ!?な、何ですか!?」
突然生垣から現れた3人組に、少女の顔には驚きと警戒心がありありと出ていた。
「ごめんなさい、驚かせる気は全くなかったの。ちょっと成り行きでこうなっちゃっただけで」
このまま二人に任せるのは不安とばかりにまどかがフォローを開始する。
「私たち女子自動車部に所属してるんだけど、あなたがその、ガンマって言うの?乗ってるのがちょっと気になって、申し訳ないとは思ったんだけどここで待たせてもらってたの」
「はぁ…」
少女は何となく事情を察したようである。
「もし急いで無ければ、これから部室で少しお話できないかな?お茶とお菓子ぐらいしか出せないけど、ほんと急に話しかけて勝手なことばかり言ってごめんなさい!」
「用事は無いので少し話をするくらいならいいですけど……」
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「ごめんねー、守山さん。部室ちょっと遠くて」
少女の名前は守山亜里沙。バイクに跨ったシルエットは華奢に見えたが身長は155cmくらいだろうか、思ったほど小柄では無かった。
「いえ、大丈夫です、というかキャンパスがこんなに広いとは知りませんでした」
かれこれ15分は歩いている。帰りの時間も考えると決して『少し』ではないな、と亜里沙は内心思っていた。
「ふふ、4年間通っててもここら辺には来たことない人も結構いるんじゃないかな?ところで高校では何か部活とかやってたの?」
「いや、何も…帰宅部でした」
「ほんとに?私もそうなのよ、昔から運動はからっきしでね。あ、もう見えて来るわ、あそこが部室よ」
「ただいま戻りました~、新入生の子を連れてきたのでちょっと奥使いますね!」
「あらあら、こんな時間にようこそ。はじめまして、私は3年生で部長の神沢響子です」
「同じく3年の本郷睦美だ、よろしく」
「はじめまして、守山亜里沙といいます。外からの見た目は完全にガレージなのに、こっちのスペースは結構綺麗なんですね」
ガレージ内にある部室はパーティションで個室のように区切られており、冷暖房完備で小さいながら応接セットもある。
「へぇ~、じゃあ、あのバイクはお父さんのなんだ」
まどかが紅茶とお菓子を出しながら納得したように言う。響子、ひとみ、まどか、そして亜里沙が応接セットに座り話を続けている。
「私の父が車やバイクが好きで、もう乗ってないから通学に使えって。私はスクーターの方が良かったんですけどね」
「お父さんのお仕事は車関係か何か?」
「いえ、普通のサラリーマンです。でも長いことカートをやっていて、私も昔はよく連れられて乗ったりしていました」
と言ったあと亜里沙は思わずしまったという表情をした。
「凄い!カートやってたんだ!」
案の定まどかが思い切り食いつく。
「じゃあじゃあ、レース経験とかもあったりするの?」
「え、ええ、まぁ…でも最近は全然、ホントに全くやってないので!」
亜里沙はとんでもないオウンゴールを決めてしまったと後悔した。
「私達がジムカーナをやってるっていうのはさっき説明したけど興味は無いかしら?誰でも最初は初心者だけど、カートに乗ったことがあるのはそれだけでもアドバンテージだと思うの」
「そうかなー?私は全然そう思わないですけどねー」
突然の発言に響子とまどかがぎょっとした表情でひとみの方を見る。
「だってカートってミッションも無いしステアリングだって殆ど切ら無いし、むしろそんな経験邪魔なんじゃないかなー?」
「ちょ、ひとみ、どうしたのよ急に!?」
まどかが慌てふためく。
「なんですか急に?あなただってカートのこと何か知ってるんですか!?」
「私だってカートくらい乗ったことあるよ。別に馬鹿にしてる訳じゃ無いって。てかそっちだってちょっとかじった程度なんだろ?そんなに怒んなくったっていいじゃん」
「本当に何なんですか?そっちこそ女の子だけ集まってジムカーナとか、そんなお遊戯会みたいな事して楽しいんですか!?」
「あぁ!なんだと、もう一回言ってみろ!!」
「ひとみ、いい加減になさい!!まどか、守山さんをお願い」
「あぁぁ、守山さん、とりあえずこっちへ…」
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「守山さん、さっきは本当にごめんなさい!ひとみが急に失礼なこと言っちゃって。もう暗くなって来たし、とりあえず駐輪場まで送ってくね、いや送らせて下さい」
仮にも先輩の身ではあるが、まどかは平身低頭亜里沙に謝り倒していた。
「いや、あの、先輩、もう大丈夫です、気にしてないですから。それにまだ部活の最中なんですよね?私はもうここで大丈夫ですから」
「うぅ、ごめんねぇ…キャンパスで見かけても無視しないでねぇ…」
まどかは泣きそうな顔で亜里沙を見送った。