弟子の鬼術師
電話を終えた勇人はそのまま家に戻った。
おばあさんはびしょ濡れの勇人を見ると急いで部屋に招き入れて、タオルと着替えの甚平を用意した。
「タオルを貸してくれてありがとうございます。けど、服の替えはあるので」
「気にしなくていいよ。もう誰も子供用の甚平は着ないし、こっちのほうが涼しいわよ」
勇人はおばあさんの押しに負けてしまい結局着ることになった。
そんな一連の動作をカシヤはおばあさんの見えていない位置でニタニタと笑っていた。
「ただいま」
気の抜けた声が玄関の方から聞こえてきた。おばあさんはごめんねと一声かけて玄関のほうに歩いて行った。
「かっこいいじゃん」
カシヤのからかった口調を無視して、部屋から出ようとする。
「どこに?」
「トイレ」
勇人はトイレに向かい、部屋を出る。カシヤは前足で器用に雨戸を開け、縁側から外に飛び出した。
トイレから戻った勇人はカシヤが待っているだろうと部屋に戻ると代わりに小学生ぐらいの女の子が寝ている。
「誰?」
勇人は起こさないように女の子の真上から顔をのぞき込む。
「どっかで見たことがあるな」
家で過ごすより、外で遊んでそうな印象を受ける女の子、この子に会ったことあったけと思ったが、どうでもいいと考え、思い出すことをやめた。
のぞき込むのをやめようとしたとき、女の子が目を覚ました。
「っわ」
目の前にいた勇人に驚き、慌てて飛び起き、距離をとった。
「え、誰」
「…」
いつの間にか部屋に入り込んできた見知らぬ男の子に寝顔を見られれば混乱もするだろう。
奈津美は誰だろうと睨むように見ているが勇人は奈津美の視線にどこ吹く風であるようにみえるが、勇人の視界の端に化粧台の大きな鏡を見ている。
それの表面にはこちらをにらんでいる大蛇が映っており、獲物に手を出すなそんな風に見える。
奈津美の不気味な人を見ている視線を気にすることなく、勇人は首飾りを外すと、
「あげる」
「え、ありがとう」
奈津美に手渡した。それは手のひらサイズの鏡をはめ込んだ首飾りで余計な装飾は無いが、なぜかそれが神秘的に感じた。
「これは?」
「持っていて、これが君を守るから」
2人は見つめ合っている。奈津美は恥ずかしさからかだんだんと顔が赤くなっているのに対して勇人は相変わらず、無表情を貫き通している。
勇人は奈津美から視界を外し、奈津美の背後にある化粧品台に近づくと、
「誰かいるのかえ」
戸が開かれておばあさんが入ってきた。
「え、あ、男の子が入ってき…て」
奈津美は振り返り、おばあさんを見て、再び勇人を見るといなくなっていた。狐に化かされたように驚いた顔をしており、しばらく外を眺めていた。
奈津美がいた部屋のようで違う部屋、いや世界が違うと言ったほうが良いかもしれない。
空は光り輝く青から、薄暗い赤と変わり、白く輝く太陽は夜に浮かぶ金色の月のようなのが代わりに浮かんであたりを照らしている。
「よっと」
勇人は化粧台の鏡から出てくる。鏡の中から出てくるという不可思議な行為をしたにもかかわらず、その表情は涼しげである。
「いい時に、あの人が来てくれてよかった。鬼術は見られなかっただろう」
おばあさんが部屋に入ってきた時に奈津美の視線が勇人から外れたので、化粧台の鏡に入り込むところは見られなかった。
「ふー」
深呼吸をする。この世界には生命の息吹を感じることができず、得体のしれないものが徘徊している雰囲気である。
だが勇人は心が休まる。この誰もいない空間の解放感からだろうか。
「大蛇か。あの子に目を付けたのか?」
勇人は回転式の手鏡を取り出す、蓋には勾玉がはめ込まれていた。
ころころと何かが転がってくる。部屋に入ってきたのは本殿にある古い壺である。
カタカタを震えだすと壺から黒い霧が吹きだし、人型に姿を変えていく。
顔は逆さの壺、泥で作られたような体には多数の蛇が巻き付いた模様のように見える。しかし、目を凝らすと無数にうごめいている。
「人型に変化した。人間の生贄を食べすぎて変化したのか?」
そんな疑問をつぶやく。大蛇の化け物の答えは両腕をふるうことで巻き付いている蛇を伸ばして勇人に向かって攻撃してくる。
そんな鞭のようにしなやかな攻撃に驚くことはなく身を躱したり、手でそらしたりと冷静にさばいていく。
「鬼門開門」
手鏡から火が飛び出し、腰に巻き付いていく。火は衣類に燃えることなく勾玉型のバックルに変化する。
「降臨」
手鏡に蓋をし、バックルの丸形にはめ込む。勇人の頭の中では真っ暗闇に火が灯るイメージが広がる。このイメージで自分が形成されていき、無から有になる感じがする。
勇人の服装が甚平から全身を覆う真っ白のポンチョに変わる。外側からフードで表情は見えにくいが口角がわずかに上がり、笑っているように見える。
「開撃の灯を点ける」
近づこうとしても鞭のようにしなる蛇の攻撃で近づくことができない。手をベルトに近づけると勾玉型バックルから火の玉が出現し、掴み取ると拳銃に姿を変えて手に収まる。
拳銃の外見は赤で統一されており、ハンマー部分は勾玉型で装飾されているので一見玩具に見える。
銃口を大蛇に向けてトリガーを引く、放たれた赤い光弾は突っ立ている大蛇の胸に吸い込まれるように当たりよろめく。
「追撃行くぞ」
向かって突貫する。大蛇も見ているだけでなく迎え撃つ為、蛇を鞭のように振るうが瞬時に見極め、よけて、カウンターにより拳や蹴りを叩き込んでいく。
「封印する話だったけど、このまま倒してしまおう」
蹴りで吹っ飛ばした大蛇と距離をとるとウエストポーチから別の勾玉を取り出し、銃のハンマー部分にある勾玉のくぼみにはめ込もうとするが、
「うお」
いきなり絡みつく黒い霧が勇人の行動を鈍くする。
「ちぃ、亡者の群れか」
勇人は振り切るように暴れているが霧が晴れることはない。
大蛇は警戒しながらもじりじりと近づいていたが完全に動けないと思うと観察するように勇人の顔に近づく。
完全に動けないと思ったのか腕を振り上げて、叩き潰そうとすると、銀の光が勇人中心に輝いた。
次の瞬間、いくつもの銀の閃光が黒い霧を払った。
霧が晴れた中には一見、剣と銃が組み合わさったような武器を持った勇人が立っていた。その武器はグリップの反対側から刀身が出ているので銃身が柄のように見える。
大蛇は振り上げた腕を勇人に向かって振り下ろす前に、剣を振り上げ大蛇を吹き飛ばす。
「これで」
もう一度、勾玉を武器にはめ込む。刀身が赤く輝き、火が噴出してくる。
「終撃だ」
腰を深く落とし、刀身を水平にして構える。大蛇は今までのダメージのせいか動きが鈍い。
勇人は走り出し、大蛇に向かって腹部を薙ぐ。大蛇は切られた部分から炎が噴き出し、一瞬にして灰になってしまう。
武器を軽く振るうと白いポンチョから青い甚平に変わる。
「弱かったな。傀儡か?」
手ごたえが感じられたが勇人の表情には不満が浮かんでいたが、1回深呼吸するとまた無表情になる。しかし、戦ったせいか心がまだ暴れている感じがする。
家から出ると赤い空に金色の月が浮かんでいる。勇人はただ異界の月を仰ぎ見ながら心を落ち着かせていた。
空が暗く満天の星空と白く薄い黄色の月が浮かんでいる。この光景はあの異常な世界では見られない光景だ。
「ふ、は…そこだ」
うっそうと木が茂る山の中腹、少し開けた丘の上で勇人は銃を片手に持ち、黒く高速に動く何かに向かって撃っている。
「遅い、遅い、もっと素早く」
高速で動いているのは黒猫のカシヤで放たれる光弾から軽々と躱している。
勇人は当てることなく四苦八苦しているとカシヤは無数の光弾を潜り抜けて勇人の頭の上に乗っかった。
「重い」
「51勝、早く連勝記録を止めてほしいな~」
頭上から聞こえる嫌味と頬に当たる尻尾に無視して切り株に座り、ペットボトルのお茶を飲む。丘からお爺さんとおばあさんの家が見える。
家の中では大人たちによる宴(飲み会)が行われているのだろう。勇人の師匠である読夜はうきうきした様子で参加していた。
勇人は少し参加した後、騒がしさに嫌気がさして裏山で修行していた。
お茶を地面に置くと銃を片手にひらひらと落ちてくる葉を狙うと引き金を引く。
「あれ?」
光弾が出ない。虚空に向けて引き金を数回引くが出てこない。
「どうした?壊れたか?」
「いや、たぶん充電切れ」
「はぁ、充電切れ、お前は半人前でも鬼術師だぞ。武器の原動力が電気って」
カシヤのあきれた声が響く。勇人は気にした様子は見せることなく。
「その言葉は技術班に言って、それにしても充電していたはずなんだが」
「どっか壊れてんのか」
「充電している最中に時々、充電できていない時がある」
「それが原因だろ」
勇人は動かなくなった銃に叩いたり、振ったりしている。カシヤはそんな姿を見ておもちゃが壊れて癇癪を起している子供に見えた。
突然、音楽が流れだした。それは一昔前の変身物ヒーローのOPの音楽のようだ。
「どうしました?師匠」
勇人の手には携帯電話を持っており、発信してきたのは読夜のようだ。
「突然いなくなったから、修行しているのだろうと思ってね」
勇人の耳には読夜の声の他に彼の背後から飲み会の騒ぎが聞こえてきている。
まだ終わっていないのかそんなことを考えながら読夜の話に耳を傾ける。
「もうそろそろ終わったと思って電話したけど、大蛇と戦ったんだろ疲れてんだから酒飲んでしっかり休もう」
「子供はお酒は飲んじゃダメ」
「ははは、ジョーダンだよ。けど、しっかり休まなきゃだめだ。戻っておいで」
子供を諭すような声色の読夜との会話で勇人の口元がわずかに緩む。わかったと短く言葉を交わし、会話を終了させた。
「カシヤ、戻ろう」
地面に置いたお茶を握りしめ、カシヤに話しかける。
「わかった。帰って武器を誘電しないとな」
「うん、…あ」
何気なく顔をあげていた勇人の瞳に、暗闇の夜空を引き裂くように一滴の流れ星が落ちた。カシヤは久々に無表情の勇人が年相応に笑う顔を見た気がした。
ちなみに、家に戻るとカシヤは死屍累々そんな四文字熟語を頭の中をよぎった。それだけ飲み会の惨劇は凄まじかった。
「この飲ん兵衛どもはどれだけ缶や瓶を、増やすきだ」
足の踏み場のないほどゴミや人間が散乱している。カシヤは勇人に聞こえるぐらいの声であきれた様子で言葉が漏れる。
「しかも、まだありそう」
勇人が指さすほうにはアルコール類が積まれている。すり足気味にゴミを蹴りながら読夜に近づいていく。
「勇人戻ってきたか。ほら、コーラでも飲め、カシヤは魚だ」
勇人はピーチのサイダーがいいと言いながらも受け取り、カシヤは読夜の酒臭い口臭に鼻をつまみながら刺身を銜え距離をとる。
「で、あの人たちは何をやっているんだ」
勇人の指を指した先には大人たちが何やらオーバーリアクションで会話をしている。よく見てみると手には本を持っており、それを読み上げているように見える。
「劇だよ。劇」
「劇?」
「ああ、学校では演劇の部活に入っていたんだって」
大人たちはだんだんとヒートアップしていき、一種の暴動のように見られてくる。
「私は絶対に反対だ奈津美を生贄にするなんて」
1人の男性が泣きながら絶叫している。涙やよだれが飛び散って汚く、周りがドン引きしている。
「バッカ、大きな声を出すな。聞こえたらどうするんだ」
「お前の言いたいこともわかるが、仕方がないことなんだよ」
周りの大人がなだめているが近づこうとはしていない。
「奈津美って、あの子の娘だっけ」
飲み会が始まる前に自分の娘をみんなに紹介しているのを思い出す。
「ああ、あいつは大根役者でな、だから自分の娘が生贄にされていると思い込ますことでロボットのような話し方にはならない」
読夜は力説しているようであるが勇人はもう聞いていない。コーラや食べ物を摘まみながらへたくそな劇団を見ていた。
7月5日9時に投稿します