カミナギ~鬼術師編~
鳥居まで来ると駐在所の方から大人たちが歩いてくる。こちらには気づいていない。
神社の方に視線が行く。
「行こう。怖いけど、蓋を開けたことを誤れば許してくれる」
おばあちゃんは私のせいじゃないって言っていたけど誤れば許してくれるのではないか。
かすかな希望をすがるように石段をあがっていく。
夜の神社は昼間の神秘的な雰囲気より、不気味さが際立つ、
……本殿が開いている、私が来ることがわかっていたように周りを見渡しながら参道を歩き本殿をのぞき込む。
部屋の中央に壺がある。昼間見た時と同じだが蓋が開けられている。
「ごめんなさい。ごめんなさい。蓋を開けてごめんなさい。お願いします。生贄にしないでください」
壺の前で目を瞑り、手を合わせて言葉、心の中で呪文のように謝る。
目を開けると肌寒い風が吹いてくる。夏の夜だとしてもここまで寒くはならないだろう。
怖くなり本殿から出ると世界は変わっていた。
本殿、狛犬、手を洗う場所、参道は変わっていないが空が真っ赤となり、今まで雲で隠れていた月が金色に輝き周囲を明るく照らしていた。
同じ場所でも同じじゃないそんな矛盾に満ちた場所では恐怖で心を縛ろうとしているように思えた。
「もしかして、奈津美ちゃん」
「え…」
石段の方から駐在所にいた篠原さんが来た。汗だくで疲れているように思える。
「奈津美ちゃん、ここで何しているの?」
「それは…」
篠原さんに話してもいいのだろうか、…いや、篠原さんは最近ここに来た都会の人と自己紹介していた。
「実は…」
この村の者ではないのであれば信用できるのではと考え、周りの大人たちが会話していたこと、神社には許しをこいに来たと話した。
篠原さんはにっこりと笑い、
「大変だったね。その話が本当なら今、村の人たちに合わせるのは危険だな。こちらに来なさい」
篠原さんに連れられてまた本堂に戻り、壺の前に立たされる。
「…え、えっと」
「もう大丈夫だからね。後は神様が何とかしてくれるよ」
私に黒い物体を突きつける。テレビでしか見たことがない拳銃だ。
頭に死ぬという文字がよぎる。足の力を失い尻もちをついてしまう。
「なんで?」
「なんで…俺がこんなことをしている理由か?俺は殺人犯でな、ばれそうだからここに逃げてきたんだよ」
篠原さんは左頬に手を当てるとぺりぺりとシールをはがすように皮膚をはがしていく。その下には大きな傷があった。
面白おかしく話すように自分がしていった犯行を話していく。
「神社に逃げたのはいいが壺の蓋を開けたせいで毎日、生贄を捧げないといけなくなってな。最初は駐在所に居た奴を殺した」
かぶっていた帽子を捨てる。
「そして、駐在所で代わりに仕事していたんだよ。ここは平和ボケしていてな、どっか行ったよって、適当な嘘をついたら信じやがった。だがどこで見つかったが知らないが殺人犯がこの村に来ていると言う男が来てなとっさに殴ったよ。生贄に捧げようと思っていたのだが、しかし、ラッキーなことに餓鬼がのこのこ来てくれたおかげで俺が生贄になることなくてよかったぜ」
にたにたと笑い、拳銃は私の額に向いてる。
「お喋りはここまでだ。神様が待ちきれないご様子だ」
壺の方からカタカタと振動している。黒い霧が吹きだすとだんだんと形作り、大蛇になった。
大きすぎる、コブラより何倍もありそうな大きさで小6の私よりも大人でも丸呑みできるぐらい口を開けて私に迫ってくる。
ここまで絶望的だと他人事のように思えるようになった。私はいつしか諦め死を受け入れようとした。
「終わりじゃない」
ふと耳元で囁かれたような気がした。目の前には1匹の赤い蝶が羽ばたいている。
それはどの図鑑にも載っていないよう様な燃えているように赤い羽根を羽ばたかせ、火の粉を散らすように鱗粉がまっているそんな幻想的な蝶である。
その蝶は大蛇の鼻先に留まると顔を燃やしていった。大蛇は聞いたことがない叫び声をあげ、暴れる。
「どうなっていやが…」
篠原さんは言葉が途中で詰まると倒れた。
「こっちへ」
腕を掴まれ立たされる。腕を掴んでいる人を見ると勇人である。
「勇人」
「ん」
「勇人なんでここに」
大蛇と篠原さんから逃げるように本殿を出て、石段を下りていく。
「奈津美を助けるため」
勇人の嘘偽りのない言葉は私の心の中に溶け込んでくるように感じた。何でもないように言う言葉に頬が熱くなる。
「どこに行くの?」
「家に帰る。そして化粧台の鏡からこの世界から出るぞ」
「この世界?」
確かにこの世界は異常だ。空は真っ赤になり、浮かぶ月は金色に輝いている。
風も吹いていないのに肌寒く、命を吸い取られているのではないかと思えるほど体の力が抜けてくる。
「この世界では人は生きていけない、早く逃げないと亡者が来る」
言い終わると同時に地面から湧くように黒い霧が吹き出て不出来な粘土細工のように人型となる。
何体いるのだろうざっと10体はいるように見え、苦しそうなうめき声を出しながらこちらをうかがっている。
「早いな」
「あともう少しで家なのに」
私が不安な声を出していると勇人は手に持っている手のひらサイズの丸形の物を不気味な物体に突き出す。
「大丈夫、俺が君を守る」
勇人は丸形の半分が回転すると鏡が顔を出す。それは蓋が回転するタイプの手鏡のようである。
さらにポケットから勾玉を出し、蓋にある同じ型にはめ込む。
「一気に行く」
鏡から赤い光があふれだすと数匹の赤い蝶が出てくる。その蝶は大蛇をやっつけたのと似ている。
「行け」
その蝶は操られるように亡者に飛んでいく。ここまでくるともう何が何だか分からなくなる。
蝶は亡者に付くと激しく燃え上がり、亡者のうめき声はさらに高くなり、身を守るように縮こまる。
「今のうちに」
「え…うん」
再び私の腕を引き、亡者の間をすり抜け、家の前に着く。
「やばいな、蛇が来ている。師匠…」
最後の方はよく聞こえなかったが、私を握っている手に力がこもっている。
「早く、中に入るぞ」
土足のまま玄関に上がる。家の中でも気が抜けず、警戒しながら化粧台のある部屋まで向かう。
「広間を抜けよ」
廊下を歩いているよりも広間を通過したほうが早い。勇人が頷いたことを確認すると襖を開けて、今度は私が勇人を引っ張て行く。
メキャ、
何かが壊れる音と引きずる音が聞こえてくる。誰かを引きずる音ではない、巨大な何か。
さらに家全体が震えてきだし、次にいたるところからガラスが割れる音、木の柱が折れる音が続くように流れてくる。
「今度は何…」
「……上からくる」
勇人が私を押し倒す。丁度に天井から蛇の顔が突き出てくる。
「逃がさない気だな」
もう言葉が出ない。勇人はどうするのだろうと思って横顔を見ると変わらずに無表情だ。
勇人は立ち上がると開いた手鏡と勾玉を持ち、
「鬼鏡開門」
呪文のような言葉、この短い言葉は今まで聞いたやる気のない声ではなく何か強い意志が感じられた。
鏡から赤い火の玉が出てきて、勇人の腰の周りに纏わりつく。
勇人の唇の先が上がっている、微妙な変化だが笑っているように思えた。
火が収まると勇人の腰にはベルトのようなものが巻き付いており、バックルは大きな勾玉の形をしていた。
「降臨」
勾玉型であるバックルの丸形のくぼみに手鏡をはめ込む。その位置にはめ込むのが当たり前のようにぴったりとはまっていた。
次に勇人の服装に変化が起こり、甚平から真っ白のフード付きのポンチョに代わる。
「魔法使い?」
「違う、……鬼術師だ」
キジュツシ…奇術師、もしかして、手品師?
「俺が時間を稼ぐ。隙を見て一気に部屋まで行け」
勇人は蛇に走り出す、大人対子供よりも勝ち目は低いのに大人よりもはるかにでかい大蛇では勝ち目は0%に等しい、けど何故だか彼の言葉には信用ができる気がする。
走って来る彼に対して大蛇は食べようと大口を開ける。そのまま突撃することはなく側面に回り殴りつける。
が、蛇は首をしならせ反撃とばかりに勇人に突撃をした。
腹部に強烈な体当たりが当たり、襖を突き破り廊下の向こう側にある台所まで吹き飛ばされた。
「勇人!」
死んだのではないか急いで勇人の元に向かうと何事もなかったように起き上がる。
「大丈夫。これを使うか」
ウエストポーチから別の勾玉を出すと大蛇はこちらに向かってきた。
勾玉をバックルにつけた手鏡の勾玉型のくぼみに入れる、火の蝶を出すのかと思いきや今度は数個の火の玉を出し、突撃する大蛇にぶつけた。
「ぐううう」
大蛇が怯んだ。勇人はその隙を見逃さず、大蛇の顎を蹴り上げる。首をゆらゆら揺らしながらこちら勇人を警戒している。
「硬い。何か弱点になるもの」
「弱点…」
勇人はまた大蛇の方に走っていく。…私が邪魔になっているのだろうか…勇人は私を守るために戦っている。
足手まといの私に何かできることはないか…冷蔵庫が目に入る。
「そうだ。お酒だ。おばあちゃん蛇はお酒が好きだって言ってた」
酒盛りをしていた時のお酒が残っているはずだ冷蔵庫やクーラーボックスの中にあるお酒を出してバケツの中に注ぎ込んでいく。近くに酒樽があるが蓋を開けることができない。
「待ってて、もうすぐだから」
お酒の臭いがきつくなってくる。いっぱい入ったバケツを持ち、勇人の方に向かう。
勇人は大蛇の伸ばしてくる舌を躱して火の玉を打ち込んだり、殴りこんだりしている。
「大蛇、こっちにあんたの好きなお酒があるわよ」
バケツを床に置いて、叫ぶ。大蛇は呼ばれたのかお酒の臭いに惹かれたのかわからないがこちらに興味を持ったようだ。
「逃げろ」
言葉にはじかれるようにバケツから離れた。
「大丈夫か」
勇人がこちらに向かってくる。
「来ないで」
大声で押しとどめる。大蛇はバケツごと飲みこむがまだまだ飲み足りないようだ。
冷蔵庫を開けて、残っているお酒を振りかけた。これで冷蔵庫の中にお酒が入っているとわかったのではないか、大蛇がこちらに正確には冷蔵庫に向かって突っ込んできた。
私は這うように移動して大蛇をやり過ごす。
「おい、大丈夫か」
「うん」
勇人が手を引っ張り、立たせる。大蛇はどんどんと冷蔵庫、クーラーボックス、酒樽と飲み込んでいく。
「お願い、酔っ払って」
手を組んで祈っていると大蛇はこちらを向いた。やっぱり駄目だったか。
外に小さな異変が起こる月の光が入ってきている。家を絞め壊そうとしていた蛇の体が緩んで、力なく横たわっているように思えた。
大蛇も顔を上げることなく床を張っている。
「今だ」
いつの間にか持っていたのか短刀を大蛇の目に突き立てる。大蛇は奇妙なうめき声をあげるとすごすごと出てきた天井から逃げていく。
「行こう」
手を引かれて部屋に入り込む、最初の頃見たように化粧台は置かれており、鏡が不気味に輝いている。
「この鏡の向こう側にお前の帰る場所がある」
「帰る場所?」
「ああ、この悪夢から覚めて、忘れることができる」
帰る場所というのはこんな不気味な世界ではなく、元の世界ということだろう。
しかしこんな恐怖の体験を私は忘れることができるのだろうかそう思っていると勇人は人差し指を出して、
「もう、君は生贄になることはない」
人差し指から赤い火がともる。それはすべてを燃やす火ではなく心が溶かされそうな優しい火が灯っていた。
天井から轟音、まだ諦めてはおらず、空いた穴から大蛇がこちらを見ていた。
ピンク色の何かが向かってくる。勇人は私を押して鏡に押し付けると体が鏡に吸い込まれていく。
「勇人!」
勇人は大蛇の長い舌に掴まっていた。
「大丈夫だ」
「大丈夫って、あなたはどうなるのよ」
声がかれるほど叫ぶ、私を助けるために無茶をしているのに助けることができないの。
「俺は鬼術師だ。あいつには負けない」
胸の首飾りの鏡が輝く、その眩しさに目がくらみそのまま意識が沈んでいった。
6月29日21時に投稿します。