カミナギ~大蛇編~
目覚めは最悪だ。頭の奥から鈍痛を感じる。
「はー、最悪の目覚め」
服を着替えて居間に行く。
廊下を歩いていると開かれたカーテンから太陽の光が入り込んで目を焦がすように痛い。
廊下から居間に居るおじいちゃんとおばあちゃんを覗き見る。
おじいちゃんは椅子に座り新聞を読んで、おばあちゃんは朝食を用意している。
昨日の優しい2人でほっとする。
昨日の出来事は何かの間違いなのだそう思い込んで居間に入る。
「おはようございます」
「おはよう、奈津美ちゃん」
「おはよう、朝ご飯はパンとかじゃなくて、ご飯でも大丈夫」
おばあちゃんが聞いてくる。家では食パンを食べているがこれといってこだわりは無い。
「大丈夫です。…お父さんは」
「お父さんは寝ているよ。飲みすぎたんだね」
おじいちゃんが新聞紙をたたみながら答える。
昨日あれだけ飲んだのだ、経験上2、3日間寝込んでいるだろう。
「奈津美ちゃん、お先に食べちゃいましょうか」
「うん」
椅子に座り、いただきますと言う。暖かいご飯といいにおいがするお味噌汁、この魚は…鮭かな。
朝の定食といっても過言ではない。
「美味しい」
「よかった。お口に合って」
おばあちゃんは嬉しそうに答えた。おじいちゃんは食べている手を止めて、話しかける。
「宿題は終わったのか」
「もう終わりました。残っているのは日記だけです」
「あら、そうなの賢いわね」
おじいちゃんからの質問に答えるとおばあちゃんは驚いている。
夏休みの前日、宿題は渡された日に済ませているのでやることは日記ぐらいだ。
「昨日の夜、うるさくしていたけどよく眠れた?」
昨日の夜、この言葉で一瞬思考が止まる。夜、大広間で話していた大人たちの言葉がよみがえる。
「き…昨日?大…丈夫だったよ」
うまく喋れているだろうか、喉が痛い。お味噌汁を飲んで喉を潤す。
「そう、みんな声を張り上げていたから心配だったのよ。聞こえていないか」
聞こえていないか…聞かれてはいけないことでも話し合っていたのだろうか。
おばあさんは呑気に昨日飲み残したお酒の数々をどうするかおじいちゃんと相談していた。
怖い、ここに居たくない。ご飯をかきこんでごちそうさまと言う。
「散歩行ってくる」
「そう、気を付けてね」
居間からおばあちゃんの声が聞こえてきたが無視するように家から出た。
どうしよう、急いで家から出て来たが行くところがない。だからといって家にいる気にも起きない。
ふらふらと歩いていると昨日通った鳥居の前についた。黒いワゴンも不審な男もいない。
行ってみようそう思うと鳥居をくぐり、背の高い森によって日が差し込まない暗い道を歩く。
整備されているので歩くことに苦労はなく、今度は見上げるほどの石段がそびえたった。
大変そうだなそう思いながらも階段に足を踏みしめながら上って行く。
あがった先には古臭い神社が在り、音はセミの鳴き声しか響かない場所であった。
手を洗う場所も水道が止められているのか水が出ている雰囲気がなく、最低限の掃除はされているのか参道
の部分には落ち葉やゴミが少なかった。
備え付けられているベンチに座り、本堂のほうを見る。
左右に備え付けられている狛犬が少し不気味に感じる。
本殿の中には何があるか興味がわいてくる。
「それ以上見ていると飲み込まれるよ」
「え!」
びっくりしてベンチから落ちそうになる。後ろにいたのは昨日会った甚平姿の男の子だった。たしか…
「座敷童…」
「座敷童?違うよ」
男の子は無表情で瞳には何も映っていないように感じた。
「じゃあ、何て呼べばいいの」
「勇人」
勇人…心の中で反復する。やはりどこかで聞いたように思える。
「ねえ、どこかで会ったことある?」
「いや、ない」
間髪入れづに答える。表情が変わることがないので嘘か本当か判断がつかない。
「…」
「…」
「えっとね、私は奈津美」
「…そう」
沈黙が続く、絞り出すように、
「一緒に遊ぶ?」
沈黙が耐きれないので遊ぶという提案をしてしまった。普通に帰ればいいのに、
「いいよ」
何を考えているのかわからない表情で答える。
「じゃあ、かくれんぼ」
「いいよ」
いいよ、しか言えないの。嬉しいか嫌かもわからない。
無表情ばかりなので、少しの間でも別れたいのでかくれんぼを提案した。
「私が隠れるから勇人が鬼ね。100秒数えてね」
「わかった」
狛犬の台に顔を伏せて数え始めた。
急いで本殿の方に向かい周りを見渡すが裏の方に小さな小屋が見えるだけで隠れるところが見当たらない。
本殿の扉を見てみると少し開いているのがわかる。
本殿の中はどうなっているのかそんな好奇心が湧き出たので戸を少し引いてみる。
引っかかるような手ごたえを感じつつも体を擦り込ませ中に入ることができた。
中はひんやりとしている。奥になるほど薄ぐらくなって背の高い屏風が薄く見える。
長いこと誰も踏み込んでいないのか床は砂が入り込み、戸の隙間から入り込む日の光は空中を漂う埃を反射させる。
怖い、暗闇だからではなく。何かいる。
言葉にはできない不穏な空気が漂い、恐怖と不気味さで私を縛り付けようとしていると思えてくるほどである。
原因は部屋の中央に置かれている古びた壺だろう。茶色の何も装飾のない壺で蓋をして中身を見ることができなかった。
「何だろこのお札、まるで幽霊を封印しているような」
よくわからない漢字が書かれた札が壺の中身が出ないように蓋と繋いでいる。
よせばいいのになぜか私は引き込まれるように壺の札を破り、蓋を取る。
中身を見ようとすると外から、コンコン、戸を叩くような音が聞こえてくる。
「え」
ばっと後ろを向くと…何もない。いつの間にか扉は閉まられており、もうここから出さないようにしているように思えてきた。
「もういい。出よう」
壺の中身を確かめる気もなくなり、スカートをはたきながら立ち上がると、
ずり…ずり…ずり…何かを引きずるような音、外から聞こえてくる。
恐怖でいっぱいだったすぐそこまで来ているのではないかと思い、外に確認することができない。
飛び出しそうな想いを抑えて、奥にある屏風の後ろに隠れる。
縮こまるように体育座りとなり、息を抑える。
「くそ、面倒なことになったな」
荒々しく扉を開ける音と男の声のようだかなり苛立っていることがわかる。
どさっと何か大きなものを落とす音が聞こえる。
「う…う…」
もう1人いるのか苦しそうなくぐもった声が聞こえた。
「ちくしょう。俺がここに居ることがばれているのか」
気持ちを抑え、少しづつ屏風から顔を出す。逆光で顔が見えない苛立つ気持ちを発散させるために床に転がっている大きな袋に蹴りを入れている。
「はあ、まあいい、こいつを生贄に捧げて、次にあの餓鬼も神様の生贄に捧げてやる」
男は小さく笑っているとだんだんと大きな声で笑いだす。部屋の中心にある壺まで袋引きずる。
だんだんと顔を判断できる様になってきたが左頬に大きな切り傷があるだけしかわからなかった。
やっぱり昨日見た不審人物なのだろうか。
男は大きな袋を開けて中にあったものを引きずり出した。
暗くてよくは見えなかったが大人の人だ目隠しされ口を封じられている。芋虫のように動いているので手足を封じられているのだろうか。頭から血を流し息が荒い。
「いや、いや」
恐怖でいっぱいになる次は自分の番のような気がして、動こうにも足がすくんで動かないので這うように必死に体を動かすと、
カラン
乾いた音が響く、壁に立てかけられた棒を倒してしまった。血の気がなくなる。もうだめだ、
「そこに誰かいるのか!」
怒った声が建物を揺らし、こちらに近づいてくる。
心臓が爆発する、体中が冷たく感じる足だけでなく体が動かない大きい鉛が体を押しつぶすように気持ちが考えが他人事のように生きることを拒否しているようになる。
「もうだめ」
そんな呟きが出ると後ろからいきなり口をふさがれ、私は闇の中に引きずり混まれてしまった。
「ここは」
目覚めたときは日が傾いていた。頭の中が霧がかかったような感じだ。
「そうだ…私は」
今、布団の中にいることに気が付いた。知らない部屋だと思ったら昨日泊まった部屋である。
「夢だったのかな」
シュル…
軽いものが畳をこする音が聞こえる。布団がこすれたのだろうか、
シュル…シュル…シュル…
だんだんと音が大きくなっている。
「何…」
布団の上に何かが乗っかている感じがする。怖くて振り落とそうとすると体が動かない。
「……」
叫び声が出ない。怖い、怖い、体が動かない、声も出ない。
だんだんと何かが顔に近づいている気配がする。
目を瞑ることも許されない。影が迫ってくる、輪郭がぼやけて見えている。
それは私をじっくり眺めているようにも見られて、視界から隠れた。
今度は首が閉まっているような感覚を覚える。何かが首を絞めている。
「……」
苦しい、苦しい、酸素を求めてだらしなく口を開けることしか出てない。
「…」
これも悪夢だこれも悪夢だ悪夢だ起きて起きて起きて。
早く、
暗闇から浮かび上がるような感覚を受けて目が覚め、布団から飛び起きる。
「わあ…あ…ああ…」
呼吸が乱れる。思い出すことは神社であったこと暗闇の中で金縛りにあったことばかりである。
「奈津美ちゃん大丈夫?」
おばあちゃんが部屋の中に入ってくる。私の近くに座り、額に手を当てる。
おばあちゃんの手のひらは冷たく、少し落ち着く。
「奈津美ちゃん覚えている?玄関に倒れていたのよ」
どこまでが夢なのだろうか。何を信じれば。
「奈津美ちゃん、出かけて一体何をしていたんじゃ?」
出かけて、そうだ神社に行って、男の子…勇人に会って、かくれんぼをして、本殿に入って…
「おばあちゃん!神社で男の人が来て、壺があって」
言いたいことがまとまらない。頭もぐちゃぐちゃになり考えがまとまらない。
「奈津美ちゃん、首飾り持っている?」
何を言っているのかわからない?首にかけっぱなしの首飾りを持ち、
「深呼吸し」
深呼吸をするなぜだかわからないが心が温かくなり呼吸が安定する。
「落ち着いた?」
「はい」
「それじゃ、ゆっくりでいいから話してみて」
家から出た私は神社に行ったこと、昨日であった勇人に会ったこと、本殿に入って壺の蓋を開けたことそして不審な男が入ってきたこと
「そうだ。その人が怪我した人を連れてきてた」
おばあちゃんは考えごとをしていた。普段の笑顔を見せていた顔から考えられないほど怖い顔をしていた。
「おばあちゃん?」
「奈津美ちゃん、よく聞いて奈津美ちゃんが見た怪我した人は上野さんじゃ。神社で上野さんが倒れてい
たって連絡があってお父さんが見に行っている」
「その人ってお父さんのお友達だよね」
昨日、お父さんと楽しそうに話していたことを思い出す。
「奈津美ちゃん、怪しい人は他に何か言っていなかった」
「生贄に捧げると…か…そう、私も生贄に捧げられちゃう」
私はおばあちゃんに掴みかかってた。
「男の人が次はお前だって、生贄に捧げてやるって」
手が震えて涙が出る。おばあちゃんは私を抱きしめて、
「大丈夫じゃ、奈津美ちゃんは死なん」
なぜそう言い切れるのだろうか私はずっとおばあちゃんに抱き着いて泣くことしかできなかった。
「あの神社に祭られているのは祟り神の蛇じゃ」
「蛇?」
「そう、その蛇は日照りや大雨で作物を駄目にしたり、人を食べていたのじゃ」
おばあちゃんの優しい声と頭をなでる感触で落ち着く。
「しかし、その悪い蛇も僧に退治され、壺に封印したのじゃ」
「じゃあ、私が蓋を開けたから」
「大丈夫、奈津美ちゃんのせいじゃない、蛇はたいそうお酒好きでお酒でおとなしくさせていたのじゃがそのお酒を取り、ふたを開けた奴がいるのじゃ」
おばあちゃんの人を安心させる声は私の震えを鎮める。
「そいつが上野さんを生贄に捧げようとしたのじゃな。自分が死ぬ代わりに」
体が震えが止まると、おばあちゃんはゆっくりと私を横たえさせる。
「今はゆっくりと休んどき、軽い食べ物を持ってくるから…それと首飾りは絶対手放しちゃだめじゃよ」
おばあちゃんは部屋から出ていく。また静寂が下りて、心細くなる。
さんざん寝たせいか眠気が来ない。…トイレに行こうこんな状況でも尿意は来る。
トイレをすませると手洗い所の鏡を見る。
「な…何これ」
鏡に映る自分の首に何かを絞めつけた…蛇の鱗のような跡が付いていた。
「あの…夢は夢じゃない」
目が覚める前、首を絞めつける違和感を思い出す。この後は生贄にする目印のように思えてきた。
ふらふらとした足取りで日が落ちた薄暗い廊下を歩く、大広間の横を通るとき昨日の大人たちの話を思い出す。
そうだここで私を生贄にする話をしていたではないか。
お父さんは私を生贄にしたくないと言い、周りの大人たちはそれをなだめて、
…もしかしたらおばあちゃんは騙しているのではないか、蛇の封印が解けたから私を生贄に捧げるんじゃ…
嫌な考えが頭をよぎり、違うと否定しようが一度考えたことは離れることはなかった。
「ここに居ちゃダメ、出よう。家に帰らないと殺されちゃう」
部屋に戻らず、こっそりと玄関から出る。
外は暗く街灯がないので先が見えない、怖さが増すが家に居たくない一心で夜道を歩く。
6月28日20時に投稿します