Ballroom blitz その7
沙夜さんにはもう普通の人間に戻った...はず....
姉さんは一言も喋らず仁王立ちのまま、ただ自分の胸を親指で指して何かを訴えかけるようだった。
「姉さん!」
手を伸ばし触れようとすると、まばたきの間にあの姿は消えていた。
行き場を失くした手のひらをじっと見つめ、サムズアップを作り
そのまま通路を進んで後部貨物室の片隅で座り込む進と、その傍で何も言わず隣で見つめる沙夜さんが。
進はこちらに気づくと、口に出さないと不安でしかたない心情を吐露し始めた。
「俺は....この力を失いたくない。貴山 依由も同じだ。彼女はあの星での時間から離れられない。
失ったことや他人が怖いなんてただの誤魔化しだ。地球に戻れば何億、何十億の内の一人に過ぎない。
ただ特別でいたい、じゃなきゃ自分がなんでもない普通の人に戻ってしまう。それが何より怖い」
船の駆動音だけが鼓膜に鈍く響き、かける言葉を選んでいると沙夜さんは半ば自暴自棄になって声を荒げた。
『ずっっと!』
俺と進は驚いて顔を上げた。
『ずっと隠してた。大学生と付き合ってたなんて嘘』
『あんたが一向に仕掛けてこないから!友達まで騙してた!』
『進は私にとって特別なの。普通の冴えない、何の取り柄がないただの人間でも、それだけで特別なの!』
『それじゃダメ?』
彼は真剣な眼差しで向けられ混じりっけなしの愛に、自分がそれに値するのかまた不安に駆られており、背中を押すようにして言う。
「俺は飛びぬけて得意なこともないし、自分に自信もない。でもそんなことどうでもいい」
「地球に帰って、もしみんなが俺のことを忘れても、これまでのことは振り返るためじゃなく、前に進む支えになる」
「俺たちは充分満たされてるんだ」
それが俺たちの心の底に共通して持っていた、とても見えづらいものだった。
進はゆっくりと立ち上がって、迷いを振り切る様に首を振り、沙夜さんを強く抱きしめた。
二人はそれ以降一切の言葉を交わさず、互いの存在を確認するようにこれまでの空白を埋めていく。




