表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もふもふ中毒精霊遣いは夢を見る  作者: 和葉 流
第一章 世界にハローグッバイ編
1/1

第一話 ハロー、ニューワールド

はじめまして、和葉流と申します。なろうに投稿するのは初めてで不慣れなところもありますが、よろしくお願い致します。

「今日のホームルームはこれまでだ、各自進路調査の紙書いとけよ」

  機械的なチャイムの音の直後、疲れが溜まっているのか気怠げな担任の声を合図に、帰りの支度を始める生徒達。至って普通の、何処にでもある高校の一場面。そこに突如として床、さらに言うなら教室の中心から桃色の光が走る。最初は一本の線だったそれは、水面に広がる波紋のように広がり、教室をまるごと包みこめる大きさになる。

 そして円の中にひとりでに、桃色の光で描かれる図案。三角形、星、未知の文字などで構成された魔法陣だ。光の筆が止まって魔法陣が完成すると同時に、生徒達の身体がぷかぷかと浮かび始める。

 当初はふざけ半分で、興味と驚きから上げられていた声が恐怖の混じったものに変わっていく。生徒がいくら抵抗しても地面に着地することはなく、少しづつ高度を上げていくのみだった。数人の生徒が天井につくかつかないかのところで、教室の天井が、段ボール箱をあけるかのように開く。

「宇宙……?」

  一人の少年がつぶやく。教室という箱を除いて、あるのは右を向こうが左を向こうが大口を開けている紺碧の空間と、様々な色に輝く星々だけだった。しかしその雄大な景色を眺められたのは一瞬だけで、程なくして生徒達は意識を失った。


 少年――前原圭(まえはらけい)が目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは、おそらく漆喰で出来た真っ白な天井だった。全く見覚えのない光景に、ケイは驚き、はね起きる。ぼやけた視界で、枕元におかれた濃い灰縁のメガネをかける。服は先程まで着ていたブレザーのままだ。周りを見渡す限り、ここは病院か、それに類する施設のようだ。見知った顔が等間隔に並べられたベッドの上で寝息を立てているのが見える。いくつか空のベッドがあることから、もう既に目覚めた者もいるということが分かった。

「お目覚めになりましたか、勇者様!」

  声をかけてきたのは、さらさらとした長い金髪と澄み渡る青空のような目が目立つ、見るからにファンタジーに出てくる神官という服を着た若い女性だった。

「お体の方はいかがでしょうか」

「え、えーっと……特にどこが痛いとかは、ないです」

(勇者……? どういうことだろう?)

  神官の屈託のない笑顔に気圧されてやや噛んでしまったケイは、顔を赤面させる。神官の笑顔に見惚れたのではなく、噛んでしまった自分が恥ずかしいためだ。ケイの様子に気付かず神官は続ける。

「では、(わたくし)について来て頂けますか? 他の勇者の方々もそこにいらっしゃいます」

「はぁ……」

「突然わけのわからない場所に呼び寄せてしまって申し訳ありません。お気持ちお察し致します。後ほどきちんと説明致しますので、今は私についてきて頂けますか……?」

 神官の表情は、今にも泣き出しそうなのをこらえているような、痛切なものだった。ケイはそれを見て、何かただ事ではない事態が起きていることを悟った。断ったところでメリットもないと判断する。

「……分かりました」

 神官の後について歩き出したケイは、石で出来たアーチ状の天井の廊下を進む。無論床は石畳だ。カツンカツンと無機質な音が交互に二つ響く。その度に壁にかけてあるランタンの火は、作り出す影の形を変えて言った。

「ここは……何処なんですか?」

「そういった質問は勇者の方々が全員目覚めてから言えと申し付けられております」

「そう、なんですか」

 一人一人に個別に説明するより、全員まとめて説明した方が効率がいい。少し頭をひねれば分かることだと、ケイは自分の至らなさにため息をつく。

 目の前にいる神官の応対が丁寧なのと、元々感情を表に出さないという性格もあるが、動転しそうな状況にも関わらずケイが比較的落ち着いていて冷静なのは他に大きな理由があった。

(これ、いわゆる異世界転移じゃないか? 異世界転移もので読んでいたシリーズ、まだ完結まで読んでないんだよなぁ、でも確か……ううん、今はこんなこと考えてたって仕方ないか。事実は小説よりも奇なりって、ほんとだったんだなぁ…)

 ケイは二日に一冊のペースで本を読む高校生にしてはかなりの読書家だ。ジャンル問わず、それこそ純文学からラノベエッセイ自己啓発本まで、目につくものを手当たり次第に乱読するタイプの人間だった。そんな彼は数日前から友人に進められ、ネット小説、それも異世界転移ものを読み進めていたのであった。彼にとって今の状況は、小説で予習をしたような状況になってくる。

 再び二つの足音だけが廊下に響く。重苦しいような、少し気まずい雰囲気が流れる。ケイはたまらず口を開いた。

「あなたの、お名前は?」

 ここまで言ってしばらくしてからケイは、自分の非礼に気づき慌てて自分から名乗る。

「僕は前原圭です。前原が名字で、圭が名前、です」

「ケイ様とおっしゃるんですね、私はイリーナと申します」

 ケイの方を振り向き微笑むイリーナに、ケイは軽く会釈を返す。と、その拍子にケイはバランスを崩し、前のめりになって転び、したたかに両膝を打ちつけた。

「ケイ様、お怪我はありませんか?」

 駆け寄って手を差し伸べるイリーナの手を取って、ケイは立ち上がる。そして膝に傷がないかを確認すると、イリーナの手を離した。

「ええ、大丈夫みたいです。ありがとうございます」

「それはなによりです」

 ケイと離れ再び歩きだそうとしたイリーナはケイの()()()()()()()()()()()()ことに気がついた。本来ならば、歩くときや立つときの人間の足は、外側を向いているのが当然にも関わらずだ。

(あの方、まさか……お父様に報告しなくては)

 イリーナの動転など、思考など、イリーナの顔が見えないケイには知る由もなかった。


 ケイが通された部屋は、石造りの、大宴会場ほどの広さのある部屋だった。廊下と同じように灯りがともされているだけで、窓も小さく、ずいぶんと薄暗い。何人か生徒達が集まっているが、半分にも満たないようだった。

「おい、ケイ!」

「その声、ヨーヘイか?」

「おうとも」

  ケイはヨーヘイと呼んだ少年の元へ急ぐ。名前を神崎陽平といい、ケイが校内で一番親交があり、ケイに異世界転移ものを勧めた張本人である。

「なんなんだ、この部屋」

「なんか待合室? みたいに言われた。これから王に謁見するのでその準備とかなんとか……」

「事前にしとけよ、と思う」

「ほんとそれな」

 軽口を叩きあう少年二名。その話題はだんだんと「ロマンの方へ」切り替わっていく。

「こういうのってやっぱり、ロマンだよなぁっ」

「あんまり浮かれるなよ、えーっと、誰だっけ、小説の……リーダー格のアイツみたいになっても知らないからな」

「はは、気をつける」

 この小説、というのはヨーヘイがケイに勧めた(実際には読めとゴリ押しした)ネット小説のことである。

「やっぱり勇者になってくださいとかそういうお願いかね」

「そうなんじゃない? 起きて早々勇者様って言われたし」

「おお……あ、俺この中で一番早く起きたらしい」

「さすが脳筋は違うな」

「おい」 

「勇者になって世界を救うか……やっぱり冒険に出たいよね、男のロマンだよ」

「スルーかよ」

「植生とか気になるし、もちろん……」

ケイの言葉を遮る形で、メイドらしき女性が王の準備が整ったことを告げる。二人はほどほどに会話を切り上げ、指示に従った。

 謁見の間は、病院のような場所と同じ漆喰の真っ白な壁に、あそこの素朴な灯りとは正反対の豪奢なシャンデリア、様々な壁画が施されていた。ケイ達はその中央にて、整列し空の玉座を見上げる形で座っている。

(ううん、趣味が悪い。成金じみてる)

 ケイはどこを向いてもシャンデリアの強い光を反射する壁に目をしばたたかせながら、少し失礼なことを考えていた。突如ラッパが吹き鳴らされ、王が来ることを告げる。何人かはあまりの音量にビクリと肩をはね上げていた。王であろう冠をかぶった老人が玉座に腰掛けると起立の命があり、王が口を開く。

「儂はヴォルグ・フォス・アムヤリス、アムヤリス国王である」

 長い演説のあとようやくなぜ生徒達は勇者としてこの世界に呼び出されたのかを知ることとなった。校長先生のお話しかり、この演説しかり、どの世界であろうとも権力者の御高説から逃れるのは難しいようだ。

 曰く、この世界は世界をまるごと覆う大陸、通称統一大陸と少数の島々から成り立っており、ここアムヤリス王国は統一大陸の北西に位置している。アムヤリスから更に西には魔族の島があり、そこに住んでいる魔族がアムヤリスをはじめ周囲の国々に攻撃をしかけているとのことだった。魔族は好戦的かつ傲慢で、非道なことを嬉々として行える人を人とも思わない種族だという。この世界には魔法があり、体内の魔力が多くなるほど使える魔法の種類、威力なども向上するのだが、魔族は体内の魔力含有量が生まれつき高い種族であり、それゆえ強力な魔法を行使できる。それに大打撃を受けた人間の国であるアムヤリスは、魔族の魔法に対抗できる術を失いつつあるという話だった。

「であるからして、貴殿達には魔族の討伐、我が国の守護を頼みたい。急に故郷から呼び出されて戸惑っておるものが殆どのことだろうが、こちらもなるべく配慮はする。勝手に連れて来てしまったことへの詫びだ」

(信用……ならないな)

 歴史は勝者が作るものだという有名な言葉があるが、必ずしも勝者のみが歴史を作るとは限らないとケイは考えている。未来の視点から見れば抹消された歴史があるということは、過去、抹消するに値する歴史があったということになるからだ。歴史は視点によっていかようにも変わる。正義の英雄が大量殺戮者になることだって有りうるのである。何が言いたいかと言えば、この国王が言っていることは果たして真か、ということである。国王が見ていることは、果たして事実なのか。怨恨と怒りに塗れた手で作った「歪んだ歴史」ではないのかということである。

「もとの世界には戻れるんですか?」

「帰れるとも。安心するが良い」

 ヴォルグ王の顔に一瞬小さな陰りが見えたが、それに勘づいたのはケイを含め呼び出された勇者のうち5人ほどおらず、そのいずれも、言葉に出来ない違和感に留まり、その違和感もすぐに忘却の波に飲まれていった。

 ヴォルグ王は周辺諸国と在位三十年あまりの間渡り合ってきた手腕を持っている。それほどの腕を持つ人物がたかが素人の学生に違和感を抱かせるほど動揺している理由。その一つには勇者を元の世界に返す方法がないということである。彼は目的の為なら手段を選ばないが、冷酷ではなかった。

「長い話に付き合わせて悪かった。貴殿らはもう休まれよ。部屋は既に用意してある」

 ヴォルグ王は立ち上がろうとするが、それをやめ、ふたたび深く腰掛ける。

「最後に一つ、貴殿らに質問がある。この中に、生まれつき、もしくは怪我で、十全な身体ではないものはおるか? 手足が動かない、目が見えない、耳が聞こえない。そういった障りがあるものは今ここで申すが良い」

 今ヴォルグ王が言った言葉を簡潔にするならば、「障害者がいるならば、名乗り出よ」である。この世界には障害という言葉がないのでこのような回りくどい言い方になったのだ。その意味を察し一人の少年が手を挙げ、静かに申し出た。

「あの、それは……どこかに障害があるかって意味ですよね? なら、僕がそうです」

 ケイだった。ケイは先天性の脳性まひであり、きちんと障害者手帳も持っている。先程ケイのつま先が内側を向いていたのは尖足(せんそく)という麻痺の症状の一つだ。意識すれば健常者のように外側に開くことが出来るが、基本内向きである。

 驚いて顔を見合わせる神官達。その顔には何故か喜びがあった。

(障害者って言って喜ばれるって、一体どういうことだ?)

「今手を挙げた少年以外はおらぬか?」

 ヴォルグ王が再度問うが、勇者達は静まったままだ。勇者の中で障害者はケイだけだからである。

「では、ケイ様、()()私のあとについて来て下さいね。少しお話がございます」

 そう声をかけたのはイリーナだった。ケイは見知った顔を見て少し不安を和らげる。先程までこわばっていた足も少しはほぐれた気がした。

「他のものは下女が部屋へ案内する。下がるがよい」

 ヴォルグ王の声を合図にヨーヘイを含めた勇者は下女に連れられ、玉座正面の大きな扉から出ていく。ケイはそれを見送ったあと、玉座から見て右奥にある扉からイリーナとともに謁見の間を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ