第4首 名前の秘密と乙女の姿/二人の進路と宇治の庵(いおり)
ある日、和美の母である明美と、歌衣の母芽衣芽衣が子供たちについて話していた。
明「いよいよ、二人も高校生やねぇ。」
芽「ほんまや、子供の成長は早いなぁ。」
明「この二人で子供たちの名前付けたなんて、二人も思ってへんやろうけど。」
芽「ほんまや〜!二人がいつも一緒にいて、幸せになってほしい言うて付けたんやったなぁ。」
明「二人の名前の頭文字は、うちらが好きな和歌。それに、それぞれの下の名前のうちどちらかをつけて名付ける。自分で言うのも何やけど、よく考えたもんや。」
芽「そんで、子供たちも和歌が大好き。本当、どんな巡り合わせやって思うわ。」
明「歌衣ちゃんも和歌好きなん?」
芽「そうなんや〜。なんや知らんけど、近頃覚え始めたみたいやで。」
明「ほんまかぁ!良かったなぁ!」
芽「どうせ和美ちゃんに何や言われたんとちゃう?」
明「両想いなんやろ?二人とも。」
芽「みたいやなぁ。歌衣は隠してるつもりみたいやけど、全く隠しきれてへんよね(笑)」
明「そやな(笑)まだまだ、和美は渡さへんで!」
芽「せめて高校の間は、ちゃんと勉強させんとなぁ。」
明「とか言うて、ほんとは歌衣くんを手放したくないんとちゃうん?」
芽「それはあんたやろ!」
明「天つ風雲のかよひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ」
芽「ほら、やっぱり。」
明「でも、この気持ちはどこの親御さんでも同じなんとちゃう?」
芽「そやな。」
(和歌の解釈)
『空を吹く風よ、雲の中にあるという天に通じる道を、吹いて閉じてくれないだろうか。(天に帰っていく乙女たちの姿を、ここに引き留めておきたいのだ。)』僧正遍昭 作
その頃、和美と歌衣は将来の進路について考えていた。
和「あんた、高校卒業したらどうするん?」
歌「そやな・・・、大学行って、東京で大儲けやな。」
和「帰ってけぇへんの?」
歌「さぁな。阿倍仲麻呂みたいになるかも知れへんな。」
和「あぁ、百人一首の歌か。」
歌「天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも」
和「『大空を振り仰いで眺めると美しい月が出ているが、あの月はきっと故郷である春日の三笠の山に出た月と、同じ月だろう。ああ、本当に恋しいことだなあ。』」
歌「ま、お前を置いてどっかに言ってまうことはないけぇ、心配すんなや。」
和「はぁ!?あんた何言って・・・!?」
歌「本気やで?お前、俺がいないとなんもできへんやん。料理も掃除も。できるのは勉強だけやんけ!」
和「そ、そんなことあらへん!(告白されたかと、期待したうちがバカやった・・・)」
和「ちゃんと、料理もできますぅ~!味がちょっと悪いだけやもん。」
歌「ちょっと~?食べれる代物やないやんけ!」
和「そ、そんなに不味いんか、うちの料理!?」
歌「あぁ!不味い!(作ってくれる分には嬉しいんやけど)」
和「もういい!」
歌「ごめん、ごめんて!・・・それで、和美はどうするつもりなんや?」
和「んー、宇治にある大学に行きたいなぁと思うてるんや。百人一首について研究してはる先生がいてはるから。」
歌「ほぉ、宇治か。喜撰法師みたいやな。」
和「なぁ、あんたこの前から、百人一首のことばっかりやな。どうしたん?」
歌「それを言うなら、お前なんか小さいころから百人一首ばっかりやないか。」
和「そりゃあそうやけど・・・。まぁ、ええわ。そんで、何で喜撰法師なん?大学の先生は喜撰法師には似てへんで?」
歌「アホか。宇治や、宇治。」
和「あぁ、そういうことか。」
和「わが庵は都のたつみしかぞすむ 世をうぢ山と人はいふなり」
歌「『私の草庵は都の東南にあり、そこで静かに暮らしている。しかし世間の人々は、世の中から隠れてこの宇治の山に住んでいるのだと、噂しているようだ。』これがお前の夢なんやろ?」
和「いや、別にそんな意味で言ったわけやないし。」
歌「まぁ、夢を追いかけてどこまでも走っていくお前は、いいと思うけどな。」
和「あんたみたいに、なにも考えずに突っ走るのもいいかもしれへんな(笑)」
歌「ちょっとぐらい考えとるわ!」