第1首 天智天皇と山部赤人とすれ違い
和「『秋の田のかりほの庵の苫をあらみ 我が衣手は露にぬれつつ』」
歌「まぁた、百人一首か。」
和「いいやんけ、好きなんやから。」
歌「そやかて、何で百人分も歌を集めようと思ったんやろな?」
和「そりゃあ、藤原定家が編纂を命じられたからやない?」
百人一首のことが大好きな関西の美少女、百田和美。そして、その幼馴染の藤原歌衣。今年晴れて高校生になった二人は、いつものようにイチャイチャしながら、入学式に参加するために、未だ着慣れない制服を身にまとい登校していた。
歌「百人一首の何が面白いん?」歌衣は和美の顔を伺いながら聞く。
和「一首も覚えきれなかった歌衣に言われとぉないなぁ。」
歌「やかましいなぁ、将来何の役にも立たなさそうやし、覚えるだけ無駄やと思うたんや。」
和「そんなことないで?楽しいし。」和美は少し照れくさそうに言う。
歌「そんなら、何で和美が百人一首を好きになったか、百字以内で説明しいや。」歌衣が和美を困らせようと、意地悪を仕掛ける。が、
和「それぞれの歌に個性があって、時代を超えて選ばれた百首の中には切ない恋の歌も一杯あって、どの時代にも日本人は芸術を忘れないというか、一見不規則な歌選びの中にも、一つの物語が隠されとるところが大好きやな!」
何と和美、しっかりと百字ちょうどで返してくる。さすがは百人一首マニアである。
歌「くっ・・・。そ、そんなこと言うても、俺は百人一首なんて好きにはならへんで・・・!」歌衣は悔しそうな顔をしながら言う。
歌衣は勉強嫌いなスポーツ系男子。そんな彼だが、春休みを利用して、百人一首を頑張って暗記した。歌だけでなく、作者や背景まで、頭に詰め込んだ。なぜ彼がそんなことをしたのか、それは純情な恋心だった。遡ること、数週間前、中学最後の登校日のこと・・・。
和「将来は、百人一首が大好きで、お金持ちなお婿さん探すんや!」
歌「急に何を言い出すんや?お前のこともろぉてくれるような男なんていやせぇへんで?」
和「そ、そんなことないもん!ほら私、美少女やから!卒業式で、後輩から告られたくらいなんやで!」
歌「はぁ~?誰や!?」
和「二年生の山田くん。カッコいいしなぁ。でも、断ったで。」
歌「(あの顔だけイケメンの性格ヤバ男か!あいつ、後で痛めつけたる・・・)何で断ったん?」
和「そりゃあ、」と言いながら、和美は顔を赤くする。
和「好きな人、おるし?・・・そ、それに卒業だから会えなくなるしなぁ!」照れ隠ししたつもりだが、全く機能していない。
歌「好きな人!?誰や!?」
和「それは・・・、教えられへんよ。」教えられないよ、だってあなたのことだもん。
歌「何、顔赤うしとるんや。ま、まさか、好きな人のこと考えてるんか?」
和「違うし!」そうだよ、とは言えない、甘酸っぱい思春期。
そう、実はこの二人、両想い。でも、二人ともヘタレで「好きだ!」なんて言えるわけもなく、相手の恋心にも全く気付くことができない幸せ者。
楓「はいはい、夫婦喧嘩はそこまでや!最終日いうのに、学校遅れるで!」
和・歌「夫婦やないし!」
楓「おお、さすがやな、ハモった!」
和「うるさいなぁ。もう、楓ちゃんも私達をからかうの、いい加減止めてぇなぁ。。」
楓「いやや~、楽しいんやもん。」
櫛田楓、二人の小学校からの同級生。和美と歌衣の両想いに気づきながらも、二人にそのことを伝えることなく、面白がってからかっている。
歌「櫛田さん、おはよう。」と言って、歌衣は楓に律儀に挨拶する。
楓「おはようさん、藤原くん。」
和「ふーん、私には『おはよう』なんて言うたことないくせに、楓ちゃんには言うんや。鼻の下伸ばして、嫌な男やわ~。」和美は歌衣の楓に対する言動にヤキモチをやいてしまったよう。
楓「いや、和美ちゃんに言わへんのは、一緒に住んどるからやろ。」
和「いやいや、一緒に住んでないし!隣や、隣!」
楓「隣も同居も同じことやろ、あんたたちは。」
和「違うわ!何言うてんの!」
和美と楓の会話に割り込んだ歌衣は、呆れたように口に出した。
歌「お前に挨拶しないのは、もう言い飽きたからや。生まれて十五年、毎日のように顔を合わせてんやで?毎日挨拶するなんて、それこそ時間の無駄やわ。」
和「ちょ、言い飽きたって何?それに、生まれてから毎日会うなんて、そんなわけあるか!もう、歌衣なんて大嫌いや!」
歌「おうおう、こっちこそ絶交や!」
とにかく二人は仲がいい。
楓「それで、和美と藤原くんは、朝からなして喧嘩してたん?」
和「そうそう、それがなぁ、歌衣が、私に結婚相手なんてできないって言うんや!」
歌「そやかて、百人一首好きで、金持ちな人なんてそうそういないと思うで?」
和「お金持ちは妥協してもえぇけど、やっぱり百人一首は・・・。」
楓「ふぅーん、じゃあ、和美は百人一首が好きな男の人がいいんやな?」と歌衣の方をチラリと見ながら言った。
和「うん!一緒に百人一首についてお話して〜、カルタもして〜、あぁ〜、今から楽しみやわ!」
歌(そうか、俺が百人一首好きになれば、和美も俺のこと・・・!)
楓(これで、藤原くんも百人一首覚えだすかもしれへんな。)
こうして、単純な歌衣は、和美の結婚相手になるべく、百人一首を覚え始めたのだった。
さて、話は冒頭に戻る。
歌「天智天皇の歌か。百人一首の一番に載っとるやつやな。」
和「へぇ、一首ぐらいは覚えとったんやねぇ?この前まで一つも覚えてへんかったのに。成長したなぁ(笑)」
歌「うるさいなぁ!・・・それで、何で天智天皇の歌なんか口ずさんどったん?」
和「あぁ、雨が降っとるからや。」
歌「そんだけ!?よくそれで和歌なんて思いつくな(笑)」
和「『秋の田のそばに建てた仮の小屋に泊まってみたら、屋根をふ
いた苫の目が粗いので、その隙間から冷たい夜露が入ってきて、着
とま
物の袖を濡らしてしまっている。』なんか風情あるやないか!雨の日に
ぴったりやで!」
歌「雨の日に詠まれた歌なんやから、ぴったりなんは当たり前やないか(笑)」
和「そやけど、私は好きなんや!」和美は顔を膨らませて言う。
歌「俺のことが?」歌衣はニヤニヤしながら和美をからかうが、
和「アホ。百人一首に決まってるやろ!」和美は顔を赤らめ、(そりゃあ、歌衣のことが一番好きやけど、簡単に言えるわけないやろ・・・)ボソッと歌衣に聞こえない程度に呟いた。
歌「まぁ、俺は山部赤人の歌が好きやけどなぁ。」と言って、歌衣は百人一首第四番に収められた歌を口ずさんだ。
歌「田子の浦にうち出てみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ」
和「『田子の浦の海岸に出てみると、雪を被った純白の富士山が見事に見えるが、その高い峰には、今も雪が降り続けている。あぁ、なんと素晴らしい景色なのだろう。』か。でも何で歌衣が今さら百人一首なんか覚え始めたん?」
歌「それは・・・まぁ、内緒や。(お前に好かれたいから、なんて言えるわけないやろ・・・)」
和「内緒って何!?教えてや~!」
両想いなのに、すれ違う和美と歌衣。百人一首を巡る二人の恋物語は、まだ始まったばかりだ。
藤原定家が撰者の歌集、百人一首をご存じでしょうか。100首それぞれに別の面白さがあり、「百首百色」の物語があります。その面白さを私たちに伝えるのは、主人公の百田和美と、その幼馴染の藤原歌衣。
お気づきだとは思いますが、二人の名前を縦に並べれば、「和歌」の2文字が。この名前にも、知られざる秘密が・・・?
2人の恋路は、まだまだ目が離せません。