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私は、念願を叶え死ぬことが出来た。
だというのに、私の意識は定まらぬ不定形な不可思議で真っ白い空間に残されていた。
意識だけではない。肉体もある。此処は力場を持たぬ不安定な場所ではあるが、私は懸命に姿勢を維持し直立する。
「なんだ、意外と冷静じゃん」
声。私の脳内に直接響いてくる、声。機械的な、感情の篭らない声。
目の前の空間に、複雑な文字が発生し絡み合いやがて生物の形となる。
「よ、っと」
……ペンギンだ。ツヤツヤした毛並みだ。可愛い。そして皇帝ペンギンだ。胸元まで伸びている黄色の模様が王様ペンギンではないと教えてくれる。
私の前に現れたペンギン。つぶらな瞳で私を見つめてくる。
「死を体験してどうだった、分身よ」
「……ああ、創造主様か」
私を創った、私が干渉できるわけがない存在―――物語の作者。
私のこの語りすらもきっと奴の掌の上。だからここからは……モノローグで語る必要はない。
「正解。お前はやっぱり賢いな」
「で、創造主様がいったい今更何用ですか?」
「はははは。死にたがりの金髪幼女を笑いにきた」
「なら笑うといい。私はようやく私の目的を叶えて健やかに眠りにつけるんだ。それこそ枕も布団もいらないほどに」
「はははははははははははははははははははは」
「……嗚呼。思った以上に不快だね。愛らしいペンペンの姿かたちをしているのに中身は酷く下衆いんだね」
「そりゃあお前を創ったくらいだから」
「ごもっとも」
「いやーしっかし、試してみて面白かったぞお前」
「ほう」
「俺の予定通りに飽きて、予定通りに英雄を考えて、予定通りに英雄に殺されたんだから。少し展開を早めすぎた気もするけど、ほんと、予定通りすぎて笑える」
「笑えよ」
「ぎゃはははははははははははははははははは」
「ええい無表情で笑うなものすごく不気味だっ!」
「いやー。いやー……あっちで死にたくなってる分こっちでは気楽に浸っていたいんでね。仕方ない仕方ない」
「……で、創造主様は私に何を求めてるんだい? まさか本当に私を笑うためだけに消えたはずの私の意識をこうやって対話の舞台に呼び起こしたのかい?」
「いやいや。お前に旅をしてもらおうと思って」
「……は?」
「俺が友人と喋ってるうちに思いついた奴をな、新しい物語にほうってみた。するとどうだろう……物語が破綻しそうです!」
「お前なにしてんの?」
「何してるんだろうねぇ。思考が馬鹿すぎて狂っちゃった?」
「はぁ……本当に私そっくりだ」
「だろ? パパだぞ、パパ」
「ワーイ、ワタシ、パパダイスキー」
「やったぜ」
「喜ぶのか」
「金髪幼女にパパって慕われるんだぞ? ロリコンで何が悪い! 本当は青髪にしようとか思ったけどやっぱり金髪だな! 何処となく特別な存在っぽいし!」
「駄目だこいつ早くなんとかしないと」
「なんとかするべきは新しい物語だろ。英雄だってまだお前との戦いの傷癒してる最中なんだし」
「だったら私ではなく適当な英雄でも創ればいいだろうに。お前の中にはまだまだ無数の英雄の設定があるだろ?」
「……いやいや。お前だから意味がある。お前だから面白く出来る。そう思ったからこうしてお前を引っ張り上げたんだ」
「……私を主人公にしようって? それには無理があるだろ。私は面倒くさがりで死にたがりで飽き性だ」
「知ってるさ。俺なんだから。お前は俺なんだから。まあ俺はお前じゃないけど」
「……わかってはいる。私の意志というもの全てが実際はお前の思考だということも」
「偉い偉い。だからこそ、だ。俺が面白いと思ったんだ。だからきっと誰かも『お前が主人公』の物語を面白いと感じてくれる」
「…………」
「英雄になれと言わない。むしろ悪を貫け。そしてこの旅でお前に感動を与えてやる。それも普通じゃない、な」
「気に喰わないが、拒否権はどうせないのだろう」
「もちろん」
「……で、私をその物語に送るにして、私への見返りは?」
「まずは先に言った『感動』。そして管理者の力の複製をお前に与える。英雄に言ったオリジナルほど影響力がない、物語世界の中でしか使えない、ペナルティが発生しない管理者の力だ」
「で、それで何をしろと?」
「俺が放り出した『語喰』を取り込むといい。そうすれば全部わかる。語喰の細かい設定は教えないけど」
「そのほうが面白いから、か?」
「あと此処で説明するのが面倒だ。どうしても必要ならどこかに書いておくさ」
「……やれやれ。本当に私そっくりのものぐさだ」
「そうとも。お前と英雄は二人とも俺の『理想』だからな。かつて俺がイメージし憧れて創り上げた英雄と悪の象徴」
「もう十年くらいの付き合いになるのかね」
「多分な」
「はぁ……わかったよ。で、私はどう復活すればいい。創造主様の力でいきなりその世界に行けるのかい?」
「いいや。お前が残した伏線を使って蘇ってもらう。それでマクラを連れて行けばいい」
「……使うのかい? あれはもっと醜悪な展開をするために残したのだが」
「いいんだよ。その方が盛り上がる」
「やれやれだ。やれやれすぎる。わかったよ。やればいいんだろやれば。はー、早速疲れそうだ」
「盛大にマクラ抱きしめて癒してもらえばいいだろ。俺はお前にこういう形で干渉することは二度とないと思うから、あと、よろしく」
「それもそうか。清々するね」
……では、此処から先は私が語ろう。消えたペンギン―――私の創造主は、私に後を託して姿を消す。
仕方ない。本当に仕方ない。では、伏線を語るとしよう。私が残した、いつか使うかわからない、ふざけたふざけた伏線を、語ろうではないか。
「『転生させる側だって癒しが欲しいんです』―――『悪を貫き、理を超えし者よ』より『伏線』を回収する」
管理者としてではなく、私のための伏線。いつか、何処かで、創造主が使えるように残しておいた、『私を蘇らせる伏線』。
それは一枚の頁として、あの空間に放置した。
「『本を開いて、頁を一枚破り、それを餞として放り投げる』」
私の、獅子王雅の情報を詰め込んだ頁。私の空間が消え去っても、書き換えられた英雄の空間に残るよう情報を刻み込んだ頁。
さあ、奴の物となった物語を犯そう。
そして私は、蘇る。