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鳥に生まれ変わってたけど、なんか聞きたいことある?

 前世は新米教師。


 男性、24歳。中肉中背の、どこにでもいる小学校教師。


 彼は、死んだ。


 死因は、火事。


 これは、死んだ男が異世界に転生する物語。彼が、生きる目的を見つけるまでの、短い物語。


◆◆◆ 


 遠藤宗一郎が、自我に目覚めたのは一年前のことだ。


 彼は、「鳥かご」の中で自我に目覚めた。


 餌と間違えて、緑色の石を食べた時に、自我に目覚めてしまったのだ。


 食べた緑色の石だが、実は“魔石”だった。別名、忘れな石。一見、ダジャレのような名前だが、この魔石は、忘れた記憶を呼び覚ます力を持っている。


 宗一郎は、この忘れな石を食べ、前世の記憶を呼び覚ましたのだ。


 食べられた魔石は脳に作用し、覚醒する。 


 その所為で、自我に突然目覚める宗一郎。


 いきなりな展開に、彼は当然困惑した。


『なんぞこれ?』


 遠藤宗一郎という男が、突然「鳥かご」のなかで記憶を取り戻す。


 これはめったに見られない奇跡的な現象である。


 前世の記憶を取り戻す。しかも鮮明に。


 いうなれば、神に与えれたセカンドチャンス。


 このチャンスが良いことか悪いことか分からないが、今の宗一郎にとっては悪いことに思えた。


 彼の体は今。

 

 残念ながら。


 人ではない。


 宗一郎は理解不能な状況に陥り、バタバタと暴れる。


 鉄製の“鳥かご”は天井からつるされており、ぐらぐらと揺れた。


『なんぞこれ!? なんぞぉお!?』


 自分の体が普通ではないことに気づき、大パニック。体は毛むくじゃら、手はなく、羽根がある。目の先にはくちばしがあり、唇はなかった。


『なんぞなんぞぉ!!』


「うるせぇ! クソ鳥がぁ! 静かにしろ!」


 エプロンを着た中年の男が、鳥かごを勢いよく蹴っ飛ばした。


「グエェェェ!!!」


 鳥かごはボールのように跳ねて天井に激突。そのままブランコのように空中で行ったり来たり。


 鳥かごの中にいた宗一郎は、ゴロンゴロンと転がり、体の各所を打ちつけた。


「クエェェェェ!!」


 宗一郎は泣き叫んだが、出した声は鳥のもの。誰も助けにはこない。


「クソが! いつになったら飛べるように成長するんだ? ブラックイーグルだろてめぇは!」


 飛べる? 成長? ブラックイーグル? 体の痛みを我慢しながら、宗一郎は首をかしげる。


「あーあ。せっかく高い金出して入荷したのに、来たのがてめぇみてぇな不良品とはな。もう殺処分すっかな」


 エプロンを着た中年の男が、怖いことを言っている。


 殺処分とは、豪気な。


 宗一郎は、混乱する頭の中、ようやく落ち着きを取り戻し、周りを見る。


 周りは、檻に囲まれており、さまざまな動物たちがいた。中には見たこともない動物がいくつもあったが、宗一郎はこれは夢だと思い、心を閉じた。


 どうせすぐに夢から覚めるだろう。宗一郎はそう考えていたが。


◆◆◆


 三時間後


◆◆◆


 嫌な獣臭に、腐った井戸水。糞尿だらけの鳥かごで、宗一郎はリアル真っ最中だった。


 夢のような不鮮明さがない。一秒一秒、時間が鮮明に流れていく。これは、妄想や夢ではないのか?


「クエェェ」


 マジかよ……。


 宗一郎はうなだれたが、現実は残酷だ。


 自分の体をいろいろと確認したが、やはり違う。


 人間ではなく、鳥になっている。カラスのようだが、どうやら違うようだ。足はまるで恐竜のようなカギヅメがある。体は少し大きいし、くちばしは先が下を向いている。どうやら自分は猛禽類のようだ。


 自分が人間でないことにひどいショックを受けたが、落ち込んでもいられない。

 

 宗一郎は檻の外を観察する。


 ここはペットショップか何かのようだ。宗一郎以外にも、たくさんの動物たちがいる。


 薄暗い店内である。とてもまっとうな店に見えない。店にいる獣たちは、ろくな餌を与えられていないのか、カゴや檻の中でぐったりしている。


 木製のカウンターに座って、本を読んでいる店員は、多分この店の人間だ。人相が悪く、髭面である。とても良い奴には見えない。エプロンを着ているが、そのエプロンは血だらけだ。


 一体何の血だ? まさか店の獣を殺している?


 店員は読んでいた本を閉じると、急に立ち上がり宗一郎の前まで来る。


「本を読んで調べたが、生後三か月で飛ばないブラックイーグルは、奇形種だとよ。てめぇは殺処分だ。魔石は質が良いから、多分もとはとれるだろ」


 何やら髭面店員が、宗一郎を見て言っている。


 まさか俺を、本当に殺処分に? 魔石を取るとか分けわからんが、冗談だろ? 


 こんなわけもわからないところで目覚めて、いきなり殺処分とはこれいかに。


「はぁーあ。ブラックイーグルは珍しい力を持っているみたいだから、高く売れると思ったんだがな。やっぱりよく分からない鳥なんぞ売れないか」


 …………。


 ふざけるなよ。


 宗一郎は、キレやすい現代っ子である。


 じっとしていることも苦手だ。こんな鳥かごに閉じ込められていられるほど、宗一郎は甘くない。


『グェェェエエ、グェェッェエ!!』


 おいクソ店員! 俺を舐めるなよ! 絶対に出てやるからな!


 宗一郎が睨みを利かせる。狭い鳥かごで無理やり羽根を広げる。拙い威嚇である。


「なんだ? いっちょまえに、死にたくねぇってか?」


 店員はたばこを咥え、紫煙を宗一郎に吹きかけた。


「グエッグエッ!」


 せき込む宗一郎。


「がっはははっは! 後でてめぇの内臓から、魔石を抉り出してやるからな! 覚悟してろ!」


 宗一郎はその言葉にクエスチョンマーク。内臓から魔石? 俺の内臓に魔石というものがあるのか? さっき言ってやつか?


 俺って、なんなんだ? カラスじゃないみたいだし。鷹か鷲か? フクロウじゃないよな? 鏡が欲しいぜ。


 うーむ。……、お?


 何の気なしに、宗一郎は一番近くにいた、ネズミような動物を見た。ガラスケースに入れられている、ハムスターのようなやつだ。


 あれ? あいつ、額に何かついているぞ? 


 見ると、ネズミのおでこに石のようなものがくっついている。


 なんだ? ありゃ。青い、宝石? ネズミに、宝石が生えてる?

 

 宗一郎は自分のおでこを触るが、そんなの物はない。


 まさかな。


 次に、ネズミ以外の動物を見てみる。ここには様々な種類の獣がいる。宗一郎は、獣を観察し始めた。


 ええと。あそこの棚にいる猿には、ない。床で寝ている犬には、ある。左奥のリスには、ある。


 どれもこれもなんとなく形が違う獣たち。一応はそれっぽい形はしているが、地球にはいそうにない動物だ。なにせ、犬の足が六つっておかしいだろう。小鳥も羽根が四つあるし、猿は手が四つあるぞ。一体なんだこれは。


 まぁ、そんなことはいい。ここは普通じゃない。まだ夢の世界というのも、捨てきれんしな。


 そういえば髭面のおやじは、内臓に魔石があると言っていたな。宗一郎は一応、体という体を確認してみる。


 羽根でおおわれていて、肌がよく見えなかった。


「クェェ……」


 宗一郎は次にふさふさのおなかを見た。真っ黒な羽根でおおわれている。自分の両翼を使って、お腹の羽根をかき分けてみる。


 地肌が見えた。鳥肌ってやつだ。


「グェ?」


 お腹に、何やら突起物。石のようなものが生えている。


 なんじゃこりゃ? 


 これが魔石か? 内臓にあるんじゃないのか? さっきのネズミのように、地肌に生えているものなのだろうか?


 宗一郎は自分の腹に生えている石を、触ってみる。


 ちょんちょん。ちょんちょん。こんにちは赤ちゃん。


 魔石をつっつく。


 すると。


「闇」が部屋を覆った。   


「クエ?」


 墨をぶちまけたように、黒のペンキを塗ったように、宗一郎がいたペットショップは、黒に染まった。


 突然、真昼にもかかわらず、店内は真っ黒になった。


 そう。真っ暗ではなく、“真っ黒”になった。


「な、なんだこりゃぁああ!」


 店員が喚いている。


「なんにも見えねぇ! どうしたんだこりゃぁ!」


 店員が盲目になったようだ。髭面の店員は慌てふためき、テーブルに足をぶつけて倒れた。


「イテェェェ! くそ! 誰の仕業だぁ!」


 宗一郎には、店員の馬鹿な行動が、すべて見えていた。


 暗闇の中にもかかわらず、宗一郎の眼は、ありとあらゆる動きをとらえていた。


 す、すごい。


 宗一郎は直感で理解した。


 あっそうだ。


 これで勝つる。


 それは力の解放だった。


 ブラックイーグルという、上位魔獣の、力の解放である。


 宗一郎は思うがまま、「黒」を操った。


 直感でわかる。俺、強い。


「グェェェェェエエエエエエエ!!!」


 死ねクソ店員んんんんんん!!!! 


 店員は無知であった。ブラックイーグルが、深淵の森の、レベルの高い魔獣だということを。


 人間が御することなど、できない魔獣だということを。


 宗一郎が雛だから、捕まえられたのだ。親のいない雛だから。


 幸か不幸か宗一郎は自我に目覚めてしまった。しかも、日本の知識を持っている大人だ。まだ精神は若いが、社会の荒波も知っている。


 頭のよいみんなならわかるだろう。


 人並みに頭のよい人間なら、力を使わずにはいられない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁあ、助けてくれぇぇぇぇ!!」


 店員に、黒の塊が押し寄せ、潰し、かき混ぜた。ミキサーで混ぜたように。店員は、めでたくハンバーグになりました。


「クェェェッェエエ!!」


 宗一郎が目覚めたその日。


 とある辺境の街の、闇の魔獣店は、めでたく“消滅”しました。


 ぽっかりと、隕石にでも振られたように、クレーターを残して消滅したのである。 


 宗一郎は、自我に目覚め、記憶を呼び覚ました。殺されるはずだったが、力を使って店ごと店長らしき男を殺す。


 この事件が、約一年前。


 宗一郎はそれから、人から身を隠し、静かに暮らす。ちゃくちゃくと力をつけて。


 月日はあっという間に経ち、宗一郎の現在は。


「俺、ブラックフェニックスに進化したって。あ、それと、人間としゃべれるようになりました。しかも人間に化けることもできるんです。俺ってチートだよな。テヘ☆」


 である。


◆◆◆


 宗一郎は、この世界についていろいろと調べた。


 結果、分かったことがある。


 この世界は“霧”に飲まれている世界だ。


 霧は“魔素”であり、毒物。人間が吸い込めばたちどころに死ぬ。そのような霧に飲まれている世界なのだ。


 人間たちは“霧”を応用し、数々の魔道具を作って生活している。魔獣が跋扈し、戦争が絶えない異世界。当然、冒険者ギルドもあり、宗一郎は迷わず登録した。


 宗一郎は人間に化けて登録。


 イケメンで背が高く、桁違いに強い。


 どこで眠っていた? この期待の新星は! ギルドマスターが大いに喜んだ。


 結果。


 宗一郎はギルドに登録して三か月で、Aランクに到達。無双の限りを尽くしていた。


「やっちまった。目立ち過ぎはよくないね。テヘ☆」


 ちなみに、ギルドの最高ランクはZである。神にも等しき者と揶揄され、現在は帝国の皇帝のみだ。もしかすると世界のどこかにZの保持者が隠れているかもしれないが、それは分からない。


 宗一郎は今、ギルド本部に来ている。ここエルドノア共和国の首都、レクセルにはギルド本部がある。


 ギルド本部はさすがに大きい。建物は地上五階建て。地下三階の巨大なショッピングモールのようになっている。武器屋、防具屋、鍛冶屋、錬金屋、すべての店が入っているギルドだ。娯楽施設や、酒場まで一緒になっている。


 今、酒場ではショーが開催されている。ステージで、ケモ耳少女が踊りの上手さを競っているのだ。うっとりするような舞いを披露している酒場では、職員が忙しそうに酒を運んでいる。


 宗一郎は酒場の隅っこにいた。丸いテーブルにつまみを置いて、エールを一人で飲んでいる。


 いきなり強くなって、ギルドマスターに認められた宗一郎。金も腐るほど手に入れているし、まだまだ強くなれる。


 宗一郎は思った。俺、フェニックスなんだよな? 化け物なんだよな? でも、冒険者なんだよな? 俺って、一体何なんだ? 


 ふと疑問に思う宗一郎。俺は昔、そういえば。


 考えていると、野太い声が前方からかけられる。声の主は顔見知りのギルド職員だ。


「宗一郎。お前に指名依頼入ってるぜ。ヒューベリオン牧場のミノタウロスたちの護衛だそうだ。どうする? 請け負うか?」


 宗一郎は思案する。


「ヒューベリオン? ああ。あのミルクが美味しい牧場か。そうか。あそこの護衛か。暇だしな。ちょうどいい。請け負うよ」


 運が良ければ、おっぱいから直で、ミルクを飲ませてくれる。ヒューベリオン牧場はとってもサービスが良いミノタウロスたちがいる。経営主もとっても良い奴だ。確かグルトという若い青年だ。


「依頼料はお前にとっちゃスズメの涙だろ? それでもいいのか?」


「関係ないな。あそこのミノタウロスたちのおっぱいは最高だ」


「……、はぁ。まったくお前は。本当にAランクの天才冒険者かよ?」


「俺は欲望に忠実だからな。さて、ミノタウロスちゃんのミルクが俺を待ってるぜ!」


 そうさ。今は冒険が楽しい。俺がなんなのかは、後で考えるさ。


 宗一郎はギルドを後にする。指名依頼をこなすために。


◆◆◆


 それから時は三年ほど過ぎる。エルドノア共和国は平和だが、ほかの大陸では戦争が激しい。


 空を自由に跳べる宗一郎にとって、世界を別つ海など取るに足らない存在だ。


 まだ誰も知らない大陸にだって言ったことがある。


 宗一郎は今や、幻獣となり、その名は「ファントムフェニックス」という伝説の鳥になっていた。冒険者ランクはSランクになっていたが、宗一郎にとってはもうどうでもよかった。


 無敵になり、宗一郎は考えていた。


 一体なぜ俺はこの世界に生まれ落ちたのか? なぜ自我がよみがえったのか。


 俺は日本にいた。確か俺は教師をしていた。小学校の教師だ。まだ若く、子供たちに教える喜びでいっぱいだった俺。どうして、死んだ? どうしてここにいる? なぜおれは?


 時間、金、力。すべてに余裕が出来て、宗一郎は考え込んだ。


 俺、何のためにここにいるんだ?


 考えながら、宗一郎は首都レクセルの城下町を歩いていた。


 イケメンで背が高く、べらぼうに強い冒険者。その実態は「幻の不死鳥」と言われる幻獣だが、誰もそのことは知らない。若い娘や、娼婦、冒険者の女性や貴族まで、宗一郎をうっとりした目で眺めている。


 宗一郎はいちいち手を振るのも飽きたので、無視して歩いていると、小さな少女とぶつかった。


 普段はこんなことは絶対にないが、考え込んでいた宗一郎は小さな存在に気付かなかった。


 ぶつかった少女はスリだった。コートのポケットから、さっと財布を抜き取る少女。


 もちろん宗一郎は抜き取られたことにはすぐに気付いたが、べつに財布くらいどうでもいい。今や宗一郎は億万長者。金など捨てるくらいある。


 金など……。


 そうだ。


 俺は、教師だったんじゃないか。


 金を稼ぐために働くのは当たり前だ。冒険者になって金を稼ぐのはいい。楽しいこともたくさんある。


 だけどそれは、俺が本当にやりたいことじゃない。


 今は鳥だけど、昔は教師だったんだ。


 教師なら、飢える子供を見捨ててはおけないな。助ける力があるならなおさらだぜ。


 俺は別に自己犠牲の精神があるとかじゃない。子供が好きなだけだ。変態じゃないぞ? 本当に、ただ、心から助けたいって思ったんだ。


 いや、思い出したんだ。


 俺は、スリの少女を追った。一体どこに向かうのか。金をどうするのか。確か俺の財布には金貨に相当する、共和国の紙幣が入っている。それも何十枚もだ。数年は食うに困らない金が、一つの財布に入っている。


 少女は小汚い。垢にまみれた顔に、泥にまみれた髪。白いワンピースは何日も洗っていないのか、茶色に染まっていた。


 こんな大通りでは珍しい少女だ。普段なら、裏通りにいるような子だ。どうして俺を狙った?


 少女は裏の路地に入っていったところで、誰かに蹴り飛ばされた。


「ぎゃっ!」


 痛々しい叫び声をあげ、少女は地面に転がった。


「おいクソガキ。言われた通り、あいつの財布、盗んだんだろうな?」


 俺は路地の陰に隠れ、少女と、少女に声をかけた人物を見る。


「は、はい。言われた通り、盗みました。これです」


 少女は懐から恐る恐る財布を出す。


「お! おお、おお! これだよコレ! あのクソ野郎! いつもいつも俺らの仕事取りやがって!」


 どうやら少女を使っていたのはギルドの冒険者のようだ。宗一郎にとって、見たこともないほどの、醜悪な面構えだ。 


 誰だあいつらは。それよりも、いたいけな少女を蹴り飛ばしたぞ。


 許せんな。あいつらは死刑決定だ。


 もはや人間など相手にならない。宗一郎には、ドラゴンの群れですら敵わない。


「おいお前ら。死ね」


 いきなり路地から現れる宗一郎。瞬時に冒険者の一人に近づくと、デコピンお見舞いする。彼らの頭部は、宗一郎の指一発で、吹き飛んだ。


 脳症をまき散らして、冒険者たちはこと切れる。


「ひぃぃぃいいい!!!」


 それをまじかで見ていた少女。かなりショッキングな光景だ。


「やべ。やっちまった。ファーストコンタクトは大失敗」 



◆◆◆


 


 殺すつもりはなかったんです。結果として殺してしまったんです。


 よく言われる言葉である。


 殺そうとして、もしくはそれに近い殺意をもってかからなければ、めったに人は死なない。


 本当に悪い運が重なれば、人は死ぬ。だが、ナイフを持って襲い掛かれば人は死ぬだろう。それを殺そうとは思っていませんでした。などと言う犯罪者は、うそつきである。


「そうです。殺そうとは思ってなかったんです。ちょっとデコピンして、気絶させるだけだったんです。それが頭を吹き飛ばしてしまって。そう。事故だったんです!」


 宗一郎は必死に少女に弁明した。おびえる少女は何もしゃべらない。


 うっ。これはダメなパターンだ。


 宗一郎ははなんとか少女を落ち着かせるため、食べ物で釣ることにした。ストリートチルドレンは、いつもおなかを空かせているはず。


 宗一郎はは虚空に手を突っ込むと、中から焼き鳥を数本取り出した。


 焼き鳥は出来立てほやほやの状態。彼の得意魔法、“ストレージ”である。状態保存が可能な、究極魔法の一つ。まさに利便性で言えば、最高クラス。


 少女に焼き鳥を渡すと、少女はツバをごくりと飲み込んだ。すぐさま焼き鳥にがっついて食べ始めた。


 なんだか子犬に餌付けしている感じだな。


 お腹が膨れて安心したのか、少女は宗一郎に対しておびえなくなった。かなり警戒はしているが。


◆◆◆


 少女に、どこに住んでいるか聞いてみる宗一郎。


 一瞬、訝しげな表情をするが、少女は「こっち」と言って、宗一郎を案内してくれた。


 財布を盗んだことに対しては、キチンと謝らせた。本当はやってはだめなことだと。そのうえで、宗一郎は財布の中身をすべて少女にあげた。


 贈与税とか、この世界にはないし? 好きなだけ少女にお金あげちゃうもんね! ヒャッハー!!


 宗一郎はダメな大人の見本として、少女にお金をあげた。少女は目を丸くして見ていたが、よく理解できずに、納得した。


 少女についていくと、そこにはぼろぼろに朽ちたマンションが何棟も建っていた。すでに廃墟となった団地だった。


 人が住めるような環境ではないが、子供たちには居場所がない。倒壊しそうな建物をねぐらとして、彼らは生活していた。


 ついでに言うと、彼らとは、子供たちのこと。少女一人ではなく、何人、何十人と子供がいた。


 一番年上の子供でも、十三歳くらいかと思われる。


 みな、汚らしい格好で、まともな食事など受けていないようだ。中には赤ん坊を抱える子供もいるくらいだ。どうやって生活しているのか気になる。


 それよりも、国は一体何をしているのだ。


 宗一郎はブラックイーグルに生まれてから、この世界を調べることで頭がいっぱいだった。自分がどういう種族で、どういう国があるのか。魔法とはなんなのか。世界を知ることで頭がいっぱいになっていた。


 宗一郎は、そのせいか、足元を見ていなかった。すぐそばに、飢える子供がいたのに。


「君たち! もう安心していいぞ! 俺がみんなを助けてやる!」


 宗一郎は大きな声で言い放った。


 団地で、四方を廃墟に囲まれているためか、宗一郎の声は反響して響いた。


 すると、出るわ出るわ、子供たちが。宗一郎の声を聴いて、見物しにやってきたのだ。


 一体どこに隠れていやがった? というくらいに、子供が廃墟から出てくる。二百はくだらない。


「お前、誰だ? 奴隷商人か? だったら、俺が殺す」


 十一歳くらいの少年が、宗一郎の前に出てくる。どうやら子供たちの代表らしい。こんな小さな子が代表とは、泣けてくる話だ。


 少年の手にはぼろぼろの剣が握られている。


「ほう? 俺を殺す? 腕に覚えがあるのか? だったらかかってこい! 今日からお前らの親父は俺だぞ!」  


「おやじ? 何言ってやがる奴隷商人」


 赤髪の少年だ。目には殺意が宿っている。握っている剣も、さびてぼろぼろだが、使い込まれているようだ。鍛えているらしい。


「ダメ! リュー兄ちゃんダメ! この人、化け物!」


 先ほど助けてあげた少女が言った。


 くぅ。化け物呼ばわりとは、おじさんきついなぁ。 


「その変態野郎から早く離れろ、リン」


「ダメ! たたかったら、リュー兄ちゃん、死んじゃう!」

 

 少女は両手を広げて俺の前に立つ。どうやらリューと呼ぶ少年を戦わせたくないようだ。


 当然ではある。デコピン一発で人間の頭部を吹き飛ばす男だ。子供が戦ったら、吐息だけでも殺してしまう。もう、戦いですらない。


「下がれリン! お前らを守るためだ!」


 なんという健気な少年と少女だ。絶対に助けなければならない。


「変態野郎! リンを盾にするな! 俺が相手だ!」


 くぅ。変態野郎は心に響くぜ。 


 宗一郎は少年に質問した。


「リューというのか? お前」


「そうだが、それがどうした」


「力が欲しいか?」


「は? 何言ってんだクソ野郎」


 今度はクソ野郎か。いい根性してるよこいつは。


「俺はこれでもかなり強いんだよ。この世界ではな」


 地球じゃまるっきり力なんてないけどな。この世界じゃ違うんだ。俺には、誰かを助けられる力あると思うんだ。


「何言ってやがる。さっさとリンから離れろ!」


「いいから答えろ!!!!!! 力が欲しいのか!!!!!」


 宗一郎は、強大な威圧を放った。びりびりと、大地が震動するほどの。


「うぐは」


 少年の息が詰まる。すごい気迫だ。この男、本当につよいんじゃ。


「少年。俺はお前を助けられる。力が欲しいのか?」


 宗一郎の言葉に、リュー少年はうつむいた。


 やがて、静かに口を開く。


「……ああ」


 リュー少年は、さびた剣を強く握った。なにか思うところがあるようだ。


「どんな力が欲しいんだ?」


「……みんなを奪うすべての敵から、守りたい。そのための力が欲しい」


 リュー少年は、力を込めて、悔しげに言った。彼は具体的な力までは考えていないんだろう。子供だし、思いつかないのかもしれない。それでも、おとぎ話のような力が、英雄のような力が欲しいのだ。なんでもいいから。


「なら、俺の力を一つ。くれてやる」


「え?」


 宗一郎は、背中から、黒い翼を出した。それも片方のみ。


 バサッと、翼がはためく男が響く。


「な! なんだ!」


「俺はな、ちょっと普通じゃないんだよ。だからお前に、不死の加護を与えてやる。黒き不死の加護をな」


 宗一郎は大きく翼をはためかせると、羽根を一枚、リュー少年のもとに飛ばした。


 黒い羽根が、ふわりふわりと、少年の前に落ちてくる。


「俺の眷属となれ、リュー。さすれば黒の力は、お前の物だ」  


 少年の前に舞い降りた一枚の羽根。


 少年はその美しい羽根を見つめ、力が欲しいと触ってしまった。


 彼は、その瞬間、「ブラックイーグル」に変化してしまった。


「クエ?」


 リュー少年は、フリーズした。鳩が豆鉄砲を食らったような状態になったのだ。 


「ふははは! ようし! みんなぁ! 俺がうまい飯食わせてやるぞ! ついてこい!!」


 シーン。


「グェェェェェェ!! クエエエエ!」


 バタバタ暴れる、元リュー君。カラスのような、黒い鳥になってしまいました。


「クェエエエエ!!」


 孤児の代表となるリュー少年が、魔法の力で鳥にされた。当然、子供たちはついてくるはずがない。逆に恐れをなした。


「うわーん!! リュー兄ちゃんが鳥になっちゃったぁーーー!!」


 リンと呼ばれていた少女が、泣き喚いた。


「あれ? 失敗した? いや俺の与えた力って、すごいんだよ? リュー君は今、変化しているだけで、ちゃんと人間に戻れるって、あれ?」


 孤児のみんなは、呪いの魔法かと思い、一目散に逃げて行った。たくさん集まった孤児たちは、蜘蛛の子を散らすように、逃げてしまったのだ。


 残ったのは、泣き喚くリンちゃんと、バタバタと暴れるリュー君のみ。


「セカンドコンタクトも大失敗」  


◆◆◆


 宗一郎は今、飛空艇ディーラーに来ていた。


「おい、営業。お前の会社で、一番デカい飛空艇を買ってやる。金額はいくらだ?」


「……はい?」


 飛空艇ディーラーの営業は、意味が分からず聞き返してしまった。


「だから、デカい飛空艇買うから、資料と金額を教えろっての」


「大きい、飛空艇ですか? どのくらいをおっしゃっているか分かりませんが……。お客様、一応言っておきますが……。一番大きければ最上級の飛空艇となりますので、当然金額はお高くなります。アーク級の飛空艇ですと、皆、個人では買われません。会社単位で買われます。なので金額ですが、数千億リラはかかりますよ?」 


「いくらだ? 今後のことを考えて、八千億までなら出せるぞ」


「…………はいぃ!?」


 


 三時間後。




「お客様、本当にお買いになるので? 維持費も馬鹿になりませんが。大丈夫なのですか?」


 担当営業の男は、宗一郎がどこかの社長や、投資家かと思ったが、恰好がおかしい。今の宗一郎の格好は、薄汚いシャツ一枚に、ハーフパンツ。サングラスにサンダルと、どこからどう見ても社会にグレた一般人である。


 どこかのお偉いさんとは、到底思えない格好だ。自己紹介もしないし、突然飛空艇買うの一点張り。意味が分からない。普通はアポイントメントを取ってから来るのだが。ここは魔石自動車ディーラーではないぞ。


「おい! 何度言わせる! 買うったら買うの!」


「で、では契約書をもってまいりますので、まずは身分証のコピーを取ります。恐れ入りますが、ご提示願います」


「ああ、はい。これしかないけど」


 宗一郎はギルドの会員証をだす。


 そこに記載されていたものは。


「え、Sランク冒険者!? え? 本当に!?」


 若い営業の男は、スーツに汗びっしょりで、宗一郎を見た。


「失礼な奴だな。金ならあるって。このまえ大きい魔石大量に売り払ったら、1兆リラほどくれたんだ。国家予算並だってよ」


「なんですと?」


 もう、営業は宗一郎の言葉にたじたじである。


 Sランク冒険者自体、国に数えるほどしかいない。それも、一人が国に匹敵するほどの化け物揃い。SSランクはさらに数はいないし、SSSランクになると、世界でも数名のみ。Zランクは世界に皇帝一人だし、それを超えるXランクは魔王認定のクラスだ。


 Sランクは、基本的に国が危険指定する人物であり、丁重なおもてなしが必要となる。まさに人外のクラスだ。


 営業は恐れをなして、会社の上司に連絡。すると上司は危険感じて、部長に連絡。そこから本部に連絡が行き、社長に連絡が言った。社長に連絡が言ったので、これは会社の一大事だと大ごとになる。するとすぐに飛空艇会社の社長がすっとんできた。それでも一時間は待たされた宗一郎だが。


「この旅はわが社、ディオーネの飛空艇を購入していただき……」


「能書きはいいからさっさと飛空艇のところに案内しろ」


 めんどくさくなった宗一郎は、喧嘩腰に言い放つ。


「はいいぃぃい! ただ今ご案内いたしますぅぅ!」


 ディオーネ飛空艇株式会社の社長は、平身低頭ですっ飛んで行った。


◆◆◆


 宗一郎は飛空艇が届くまでの間、子供たちの世話をすることにした。


 さすがに二百人を一気に泊める宿は、この世界にはない。もしかしたらどこかにはあるのかもしれないが、少なくともレクセルの街にはない。


 仕方がないので、簡易的な風呂を野外に用意し、寝床であるテントを張った。

 

 そこに簡易的な水道設備を用意して炊き出しを行った。


 巨大な鍋をいくつも用意し、子供たちに野菜の皮を剥かせて、水を汲ませた。子供たちはご飯が食べられると思って、活き活きとして働いた。


 炊き出しのメニューはカレー。宗一郎は、日本で唯一得意だった料理、カレーを作った。


 カレールーがないので、香辛料を混ぜてカレーもどきを作った。それなりにうまくいったが、米がないのでパンになったのは残念だった。


 宗一郎にとっては不完全なカレーだったが、子供たちは喜んで食べた。中には涙を流して喜ぶ子供もいた。


 なぜか赤ん坊もいたので、粉ミルクを用意して宗一郎が飲ませた。


 子供たちがおかわりを要求し、宗一郎は嬉々としてカレーを皿によそった。こんなカレーもどきでも、喜んでくれて嬉しい。


 子供たちの笑顔を見て、宗一郎は気づいた。 


 宗一郎は長らく忘れていた、本当にやりたいことを思い出したのだ。


「ソウイチロウ。どうしてあんたは俺らのことを助けてくれるんだ?」


 孤児たちの代表、リュー少年が宗一郎に聞いた。


「さぁな。よく分からない。ただ、昔を思い出したのは事実だ」


「昔を思い出した?」


「ああ。昔だ」


 銀河の中の、地球にいたころの話だ。


 確か、俺は前世、火事で死んだ。うまく思い出せないが、生徒を守るためだった気がする。


「何を思い出したんだよ」


「生徒たちさ。生徒の、顔を思い出していたんだよ」


「生徒?」


「ああ。俺は昔教師だったんだ。だから、出会ったときから、お前らの先生は、俺だぞ?」 


 リュー少年は、「あんたが教師? 嘘だろ? 人にものを教えるツラか? あんた?」とつぶやいた。それに対して、宗一郎は。


「あはは。そりゃ仕方ないな。俺ってばイケメンだからな」


「自分で言うか? 普通」


「俺は言うんだ。理解しろリュー」


「けっ。とんだ教師がいたもんだ」


◆◆◆


 宗一郎は、購入した飛空艇で、孤児たちを乗せて旅をした、


 飛空艇はまさに巨大。動く空中要塞だ。アーク級と呼ばれるサイズで、人間が三千人も乗って生活できる飛空艇である。


 孤児たちは全員で二百名ほど。臨時で雇った整備員を入れても、三百人くらいだ。購入した飛空艇のサイズが大きすぎた。もう少し考えて購入すべきだったと、宗一郎は後悔した。


 飛空艇の名前はプロメテウス。ありそうな名前で、宗一郎は閉口した。


 宗一郎は、かねてより計画していた、“学校”を、飛空艇の中に作った。職業あっせん所で教師も雇った。


 飛空艇の中には小さな商店街も作り、子供たちに運営させた。


 学校には当然、教室があり、職員室がある。さらには生徒会があり、部活がある。体育館やプールも必要だ。


 宗一郎はすべてを特注で飛空艇の中に作り、子供たちの学校生活を整えた。


 学校に住む。なんて楽しい響きなんだろう。


 学校には武器屋とか魔法屋があって、食料品や雑貨も変えてしまう。文化祭のような日が、毎日続く。楽しくて仕方ない。


 教師冥利に尽きる。……のか? 宗一郎は理想が現実となって、楽しくて仕方ない。


 毎日、空の上で授業をする宗一郎。


 子供たちを飛空艇に乗せてから半年がほどが過ぎる。もう、宗一郎を怖がる子供はいない。


 今は、子供たちみんなが宗一郎を、“先生”と呼ぶ。


 宗一郎は毎日が充実していた。冒険者稼業も辞めず、魔獣退治の訓練として、子供たちを課外授業に出すこともあった。


 空を旅しながら学校は飛び続ける。


 そんな中、宗一郎は戦火で両親を失った子供たちをたくさん見つけた。


 場所は、帝国領内。ギルドランクZの、皇帝がいる国だ。


 宗一郎はすぐさま飛空艇を着陸させ、戦火に焼かれた孤児たちを引き取った。飛空艇には空きが腐るほどある。金も、空を旅しながら稼ぎまくっている。


 子供たちを助けることにはなんら問題はないが、皇帝には問題があった。


「何だ? あの馬鹿でかい飛空艇は。我が国の子供を乗せているようだが?」 


 皇帝が城の小窓から、外を眺めて言った。皇帝は、豪華な玉座に座ったままだ。


「は? トール様? 今なんと?」


 トールのそば仕えの騎士が不思議な顔をする。


「だからあの馬鹿でかい飛空艇だよ。うちの国民たちをかっさらってる」


 戦地に取り残された孤児たちを、飛空艇の中に運び入れる宗一郎たち。トールには城の中から一歩も出ず、動かずにそれが見えている。


「トール様、もしかして、また魔眼を使って外を見てますね?」


「ん? おお、暇だからな」


「政務に差支えが出るので、やめてくださいと言っているでしょう」


「いやなぁ。政務つっても、俺に金の具申する貴族どもの相手だろう? 外くらい眺めてもいいだろう」


「それがうわの空で、ろくでもない貴族に金を貸してしまったのをお忘れですか?」


「あ? そうだっけ? まぁいい。んなことよりあの赤い飛空艇だ。知っているかフェリクス」


 フェリクスと呼ばれた、丸メガネのそば仕え騎士は、ため息をついて言った。


「はぁ。それなら知っています。無国籍の空中学校です。飛空艇に乗って、子供たちを救いながら学校をしているんです。話によると、Sランク冒険者が酔狂で作った、特殊飛空艇だとか」


「ほぉ?」


 トールはその話に食いついた。


「はっきり言っておきますが、あれは無害です。ほぼ死にかけの孤児たちを救っている、神様だと思ってください。我々にとって、死んだ子供たちが埋葬されず放置されることが問題です。死体は疫病の元ですからね。ですので、あの飛空艇はごみを拾ってくれていると、感謝しています」


「ほぉほぉ。それで、そのSランク冒険者は、強いのか?」


「…………」


 丸メガネのフェリクスは、眉間にしわを寄せた。


「皇帝陛下。馬鹿な考えはよしてくださいよ?」


「いや、もう遅い。ちょっくら言ってくる」


「ちょ! 陛下!! ま! まて、トール!!」


 フェリクスは皇帝を呼び捨てで叫んだが遅い。トールは稲妻のごとく速度で、城を跡にした。彼は、雷神。最強の冒険者ランクを持つ男。またの名を、バーサーカー。


◆◆◆


 

「で? てめぇがSランク冒険者か?」


 トール皇帝は、宗一郎と相対していた。場所は皇帝領内の北部、戦争で焼け焦げた、村の中である。


 宗一郎はその村に巨大な飛空艇を無理やり着陸させた。そのうえで生きている者たちに施しを授け、救えそうな者たちを全員飛空艇の中に搬入していた。


 世界を飛び回り、救えるものは救い続ける。日本の教育、知識を授けるために。


 すでに飛空艇は宗一郎の手で改造されまくっている。まさに魔改造というにふさわしい改造ぶりだ。豪華客船が売りの巨大飛空艇だが、今やその大きさは三倍に膨れ上がり、空中要塞とかしている。まるで天空の城である。


 現在、宗一郎は子供たちの手当てをしながら、飛空艇への搬入を急いでいた。そこへ、突然、稲光りとともに皇帝が現れた。最高級の装備をまとい、英雄のオーラむんむんで、宗一郎の前に現れたのだ。


「は? あんた誰だ?」


「俺を知らないのか? まぁいい。それで、てめぇがSランクの奴か? かなり強い魔力を持っているからな」


「あ? ああそうだ。俺がこの飛空艇の校長で、Sランク冒険者だ。なんだ? いちゃもんか? 子供たちを盗んでいるとでも思ってんのか?」


「いや違う。喧嘩しに来た」


「はぁ? 何言って、……んだ!! うお!!」 


 トール皇帝は雷をまとって突進。宗一郎は正面に立っていたので、皇帝の体当たりを受けて吹っ飛んだ。


 かなりの距離を吹き飛ばされ、近くにあった木に激突して止まった。木は、当然折れた。


「反応が遅い。それでもSランクか?」


 いきなり吹き飛ばされた宗一郎をみて、宗一郎の生徒たちは叫んだ。


「校長先生!!」


「先生!!」


 宗一郎を慕う生徒たちが、すぐに駆け寄ってくる。


「子供に助けられるだと? なんと期待はずれな。ここで消してやろうか? この飛空艇だけは、使い道がありそうだしな」


 邪悪な笑みを浮かべるトール。その笑みに、宗一郎は火がついた。


 アクセル全開。宗一郎のエンジンはトップギアに入った。


「おい、どこの誰だか知らないが、子供たちを巻き込むだろう。とっととここから出ていけ!!」


 宗一郎は小型の闇空間を展開。皇帝だけを包み込んだ。


「お? こりゃなんの魔法だ?」


「潰れろ」


 宗一郎は右手を突出し、握る動作をする。


 すると、皇帝を包み込んでいた闇の空間が小さくなり、一気に手のひら大の球状に圧縮された。皇帝の立っていた大地ごと、抉るように握りつぶす。


「闇の空間魔法だ。誰だか知らんが、死ね」


 圧縮された空間は黒いボールのようになる。


 一人の人間が小さな球状になったのだ。皇帝は完全につぶされたと思ったが。


「面白い魔法を使うな」


 そう言って、宗一郎が圧縮した空間が破裂した。


 周囲に爆風が吹き荒れ、子供たちがゴロゴロと転がっていった。


「お、お前たち!!」


 爆風で吹っ飛んで行った生徒を、闇の空間魔法で保護する。


「て、てめぇぇぇっぇぇ!!! 子供たちを! 許さんぞ!!!」


「いやいや、お前の魔法を壊しただけだ。お前の責任だろ」


「もういい。出し惜しみはなしだ。消えろ、クソ野郎」


 宗一郎は子供たちに危害が及ぶと判断し、奥の手をいきなり使った。


 それは、顕現。


 宗一郎は本当の姿を表す。


「ほぉ? お前。人間じゃなかったのか?」


 トールは嬉しそうに笑う。


「俺は黒の不死鳥。てめぇを闇の彼方ですり潰す」


 そこからは、もう人間の戦いではない。


 宗一郎は即座にトール皇帝を闇の空間へ引きずり込むと、戦闘を開始。


 誰にも迷惑のかからない亜空間で、戦闘を始めた。


 亜空間内は真空で無重力。本来は亜空間で人間が生きることは不可能だが、皇帝は雷をまとって生きている。


 宗一郎は今までで最大の敵と判断し、究極魔法を連発。亜空間は歪みにゆがんだ。


 当然、雷の化身、トールも本気を出す。


「はっははああ!!! これだよこれ! お前みたいなやつがいるから、冒険者ランクは捨てられない!」


「死ね。クソ野郎が」


 宗一郎はただ殺すことだけを頭に思い描く。扱う魔法はすべてが災害級。神すら恐れる魔法を放つ。


 これはまさに神域の戦い。


 光と闇の大激突である。二人が空間内でぶつかるだけで、空間に亀裂が入り、重力が乱れる。時がとまるかのような速さのぶつかり合いで、二人はただのエネルギー体と化した。


 三日。戦いは続いた。


 延々と繰り返される魔法と魔法の応酬で、トールは飽きた。


「止めだ止め。今の俺たちじゃ、決着がつかねぇ。喧嘩はまた後でやろうぜ」


 一体、なぜこいつは俺に突っかかってきた? 宗一郎は理解できない。


「……。お前、何しにきやがった? 俺と何がしたいんだ? 子供たちが狙いか?」


「いや。俺はただ喧嘩がしたいだけだ。実をいうと、お前の飛空艇にも子供にも、さして興味ない。興味はお前にある。お前、強いからな」


「……お前、馬鹿だろ?」



◆◆◆



「お前、女だったの?」


 宗一郎はトールが、女だったことに仰天した。お前、男だろどう見ても。


「ん? おお。そうだよ。髪を短くして、筋肉つけまくったら、女だと思われなくなった。顔も中性的だから、軍服着ると男に見えるらしい」


 今、トール皇帝と、宗一郎は飛空艇の中にいる。


 子供たちが作る給食を、大食堂で一緒に食べる皇帝様。


 トールはぐちゃぐちゃになったスパゲティ(ナポリタン)をかっ込んでいた。


「おかわりしたきゃ、自分で持って来いよ。ここじゃ身分は関係ないからな、皇帝様?」


「そんな怒るなよ。吹っ飛んだ子どもには謝っただろ? それよりもこれ、おお。美味いな。すぱげてぃ? いいなこれ」


 子供たちと一緒にテーブルで、給食をがっつく皇帝。軍服を着ているので、かなり浮いている。


「怪我は擦り傷程度だから許してやったんだ。で? なんでてめぇはうちで飯を食っている?」


「ああ。飯? 飯はついでだよ。理由は、金だ。お前に投資してやる。飛空艇の維持費、出してやるよ。この飛空艇。金かかるだろ?」


「あ? なんで投資? 意味が分からんが。維持費はかかるが、まぁ、俺が稼いでるからなんとかなる」


「お前一人じゃ無理だろ? これだけの規模だ。いくらSランクの収入でも限界がある。俺が支援してやるよ。だから、また喧嘩しようぜ。なんなら、別の喧嘩もしてやっていいぜ」


「また喧嘩? それに別の喧嘩だと?」


「おお。てめぇは初めて俺と引き分けた男だ。俺はまだ魔王たちとは戦ってねぇ。俺が世界最強か分からねぇが、今ンところ、おめぇが一番強ぇ」


「だから別の喧嘩ってなんだ」


「セックスだよセックス。化粧すれば、俺みたいなやつでもなかなかいけるんだぜ? フェリクスの奴は骨抜きにしてやったから、お前も骨抜きにしてやる」


「…………」


 宗一郎は言葉が出てこない。まだ年端もいかない子供たちと飯を食べてるのに、セックスの話しとは。こいつは教育上よろしくない。


「どうだ? すげぇぜ俺のテクニック」


 こいつは子作りをスポーツか何かだと勘違いしてないか?


 …………だがまぁ。悪くない。そろそろ息子が欲しいと思っていた。


「夜、校長室に来い。可愛がってやる」


「ほぉ。可愛がるだと? 面白い。受けて立ってやる」


 トールは軍服のボタンをはずし、さらしでつぶした胸を見せた。どうやらかなり巨乳らしい。


「夜にしろ! 子供たちがいるんだぞ! ここではよせ!」


「性教育だ。こっちにこいガキども! いいもんみせてやる!!」


「え!? マジで!? 止めてくださいトールさん!!」


 宗一郎は口調を変えて涙目で抗議したが、興味津々の子供たちは、鼻息荒くして集まってきた。


 そこからは、何も言うまい。日本の教育では許されないので、割愛しておく。


◆◆◆


「ソウイチロウ。お前、うちに来るきないか?」


 雷神、トール皇帝が言った。


 それは珍しい、彼女からの進言。プライドは低いが、彼女から何かを頼むなど、めったにないことだった。彼女は最強ゆえ、頼むことなどほとんどない。


「まだ、見ていない世界が一つだけある」


 世界を自由に飛び回る宗一郎でも、言ったことがない土地。


「魔王領か?」


「ああ」


 宗一郎は頷く。あそこは気流が乱れていて、宗一郎一人では飛んでいけない。空間魔法も拒絶される、不思議な大地だ。


「なら、なおさらだ。国民には悪いが、魔王とはいずれ戦争する。うちには戦争孤児がたくさんいるからな、お前の力が必要だ。それに、お前とのセックス、負けたままじゃ癪に障る」


「なんでセックスが喧嘩なんだよ……」


 宗一郎は飽きれた。こいつの脳内はお花畑で出来ている。


「だから、俺と来い宗一郎」


 差し伸べられる、暖かい手。少し静電気を帯びていたが、宗一郎は彼女の笑みにぐっと来た。


 宗一郎は一瞬だけ悩んだが、諦めた。これは、断る雰囲気じゃない。


 不死鳥も、体を休める止まり木が必要だ。それがたまたま、世界最強の称号を持つ女だっただけだ。みんな、男と勘違いしている、この変な女だ。


「なら、飛空艇をもう一隻用意してくれ。金はだすから」


「ふふ。いいぞ。お前の頼みなら何でも聞いてやる。いずれ、俺の夫になるんだからな」


「……はい!?」


 宗一郎はびっくりするが、数年後には皇帝の間に子供が生まれる。


 だが、その話はまた後の話し。


 これは、宗一郎が異世界に来て、生きる目的を見つけるまでの話しだ。


 一旦、この話は終わるが、世界はまだまわり続けている。


 物語は、終わらない。   

 



 おしまい。

 

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