創世遊戯
クトゥルフ神話関連の創作神話です。
内容の壮大さに比べて、非常に短い話になっています。
「カクヨム」にも投稿しています。
超古代、火山が噴火した。
空前絶後――そう形容するしかない大噴火だった。
雷を纏った噴煙は、高々と伸び上がり、天空へと広がると、その影で大地を覆いつくした。
その雄大な情景を、遙か高みから見つめる存在があった。
灰色の髪と髭を蓄えた老人で、筋骨隆々たる体躯には、ゆったりとした一枚布を羽織っている。
その御名をノーデンス。
その姿は、人類と見紛うほどによく似ていた。
ノーデンスの眉間には、皺が深く刻まれていた。
巨大火山が織りなす、一大スペクタルを鑑賞しに来たのだが、ふと地上に目を転じれば、枯野が急速に広がり、次に人類、動物が倒れ伏し、骸から白骨へと変じていくのに気付いたのである。
ノーデンスは、しばし沈黙した。
矮小な存在。
だが、自らに酷似し、よく懐く生き物。
救うことは容易い。
天変地変を鎮め、環境を整えてやればよい。
住まいを与え、食料を望むだけ与えてやれる。
しかし思いとどまった。
ナイアルラトホテプ。あれが大喜びで介入してくる。
お互いが、力の行使に加減を加えぬともなれば、地球はもつまい。
全ての努力を、台無しにされるのは、面白くなかった。
地球を俯瞰すれば、アフリカの南方には、比較的安寧に暮らしている人類の一団があった。
しかし、その暮らしぶりを見れば、自分達が生きるのに精一杯だ。他の集団を受け入れる余裕はないであろう。
ノーデンスは、地球に見切りをつけた。
そして遥か彼方、我らが太陽系とは異なる恒星系に目を転じた。
そこは、ノーデンスが知る限り、環境が地球に最も近い惑星があるのだ。
何よりも、そこには、ナイアルラトホテプの手が及んでいない。
絶望に追い詰められた人々の移住先として、これ以上にマシな場所はあるまい。
そこには、原住生物がいた。
彼らは自分達が住まう地を「ザモンド」と呼んでいる。
しばらく考えを巡らしていたノーデンスは満足げに頷いた。
「実に良い。やはり、あそこで良かろう。」
環境が地球に近いと言っても、そのままでは人類は生存できない。
ならば環境に手を加えねばならないが、そうなると、原住生物が急激な環境変化に適応できない。彼らを無碍に扱っては片手落ちである。
そう考えたノーデンスは、ザモンドの魔王と話し合いを持つ事にした。
魔王は、全ザモンドを飲み込まんと暴虐を働く存在だったが、生態系の崩壊を危惧したノーデンスが、懲罰を与えたことで、その性向はだいぶ丸くなっているはずである。
ノーデンスほどの神ともなれば、別の恒星系の惑星に、顕現するのは造作もない。
闇の中にあった魔王の宮殿に、突如として破裂したように光が広がった。
その光は輝きを増し、やがてノーデンスの姿へと変貌していく。
この煌々とした輝きは、周囲を照らし出した。
それは、広大な広間、林立する巨大な石柱群、そして玉座を露わにした。
惑星ザモンドを支配している種族は、他の原住生物と異なり、有機質の身体を持たない。
魔力が自由意思を持ち、具現化した存在だ。大気が凝縮したような身体を持ち、それぞれが思い思いの形を取っている。
彼らは、惑星に充満している魔力を思いのままに操り、他の生き物を圧倒してきたのだ。
そして、魔王と呼ばれる存在は、その中でも最強の個体である。
それは、闇の塊のような巨大な球体から、無数の触手が四方八方へと生え伸び、フワリ、フワリと宙に浮いていた。
その下に、床に彫り込まれた奇怪な意匠の円陣が、赤々とした光を放っているが、それが玉座である。
魔王は、ノーデンスの顕現を認識すると、忙しなく動き始めた。
無数の触手が、細くなり太くなり、長くなり短くなり、消えたり現れたりと目まぐるしく変化している。球体の奥に見え隠れする無数の光点は、大きくなり小さくなり、点いたり消えたり、直進しあるいは円弧を描いたりと、慌ただしく蠢いていた。
「お前は、お前は、何しに来た。俺は、俺は、言いつけを守っているぞ。世界に、何が起きても、何があっても、手を出していない。何で、何で、ここに来た。」
ノーデンスは、のっしのっしと、魔王へと歩を進めながら言った。
「殊勝な心掛けである。褒美を与えよう。この世界の半分だ。我を唸らせるような、素晴らしい統治を期待する。」
魔王の動きの全てが止まった。
「統治、統治だと。俺は、手を出してもいいのか?世界に。」
「だが、世界の残り半分は我が領分だ。もちろん、こちらへの手出しは無用である。異存はないな。」
魔王は、一も二もなく承諾した。
その球体の奥に見え隠れする無数の光点は、色を変え変え振動していた。
ノーデンスはザモンドを二つに分けた。
本来なら神と言えども、困難極まる作業である。
しかし、この惑星に満ち溢れる魔力、これを利用することで楽々と成し遂げた。
もちろん、惑星を物理的に真っ二つにしたのではない。ザモンドの時空を分断して並行世界を作り上げたのだ。
ザモンドの魔王以下、原住生物が棲む世界を「始原界」、地球からの移住者が住むべき新たな世界を「人界」。ノーデンスはそう名付けた。
グズグズしていたためか、人類の生き残りは、大きく減じている。
かろうじて千人に届くだろうか。
梃入れが必要だ。
充分な食料と資材、それに知恵を与えた。
今、ノーデンスの眼下には、テラフォーミングされた人界で、いそいそと活動を始めた人類がいる。
彼らは勝手に増え、勝手に築く。
人界に、火が灯った。
道具を使い、集まり、言葉を交わし、いよいよ文明の形を作り始める。
だが、たどたどしい。
未熟であり、愚かですらある。
――これは、楽しい。
時折、ほんのわずかに手を加える。
少しの導き。少しの試練。
すると彼らは、必死に抗い、考え、進んでいく。
――これは、実に楽しい。
ノーデンスは、豪快に笑った。




