特別編:夢の記録
あれは、ただの夢だったはずだ。
でも――
どうしても忘れられなかった。
目が覚めたとき、
部屋はいつも通りだった。
天井も。
壁も。
静かな朝の空気も。
全部、現実だった。
それなのに。
胸の奥だけが、妙に冷たかった。
まるで、何かを置いてきてしまったみたいに。
思い出そうとすると、
少しずつ形になっていく。
優しい家族。
穏やかな日常。
笑ってくれる兄。
どこにでもある、普通の景色。
でも。
その全部が、
どこかおかしかった。
夢の中の私は、
それに気づいていた気がする。
でも、気づかないふりをしていた。
気づいてしまったら、
終わってしまうから。
――そんな感覚だけが残っている。
断片的な記憶。
夜。
静かな廊下。
誰もいないはずの場所。
なのに、
確かに“何か”がいた気がする。
振り返ってはいけないと、
本能で分かっていた。
それでも。
夢の中の私は、
振り返ってしまった。
その先に、何があったのかは――
思い出せない。
いや。
思い出してはいけないのかもしれない。
ただ一つだけ、はっきり覚えていることがある。
優しかった。
本当に、優しかったんだ。
だからこそ、怖かった。
目が覚めたあとも、
その感覚だけが残り続けている。
あの家族は、何だったのか。
あの世界は、どこだったのか。
そして。
あの“私”は、
最後にどうなったのか。
答えは、分からない。
でも。
書かなければいけないと思った。
忘れてしまう前に。
形にしてしまわないと、
どこかに消えてしまいそうだったから。
これは物語なんかじゃない。
ただの記録だ。
夢の、記録。
もし、この話を読んだ誰かが、
同じような違和感を感じたのなら――
それはきっと、気のせいじゃない。
もしかすると。
あなたも、どこかで――
あの世界を見ているのかもしれない。




