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第七話 夜の街

夜の街は、

昼よりも静かだ。

人の声も、

車の音も、

どこか遠くに消えていく。

でも――

静かな夜ほど、

世界の本当の姿が見えることがある。

それを知ったのは、

全部を知ってしまった後だった。

あの夜から、

家の空気は変わらなかった。

父も母も、

いつも通りだった。

夕食を作って、

テレビを見て、

普通に笑う。

兄も同じだった。

学校へ行き、

帰ってきて、

私に「おかえり」と言う。

まるで、

何も起きていないみたいに。

でも私は知っている。

この家の優しさの裏に、

何があるのかを。

あの日。

あの女の子は、

最後にこう言った。

「あなたは特別なんだよ」

どういう意味か、

私は聞かなかった。

聞くのが怖かった。

その代わり。

私は夜、

一人で外に出るようになった。

家の中にいると、

息が詰まりそうだったから。

その日も、

夜の街を歩いていた。

街灯が少なくて、

道は少し暗い。

人はほとんどいない。

静かな夜。

でも。

遠くの路地から、

小さな音が聞こえた。

ぐちゃ。

何かが潰れるような音。

私は思わず足を止めた。

暗い路地。

そこに――

何かが動いている。

最初はよく見えなかった。

でも。

街灯の光が、

ほんの少しだけ届いた。

長い腕。

異様に長い首。

そして、

ゆっくり回る頭。

私は息を止める。

その怪物は、

何かを食べていた。

地面には、

誰かのバッグが落ちている。

見覚えがあった。

学校で、

よく見たバッグ。

私は一歩、

後ろに下がる。

そのとき。

怪物の頭が、

ゆっくりこちらを向いた。

首が回る。

ぐるりと。

人間ではありえない角度で。

私は動けなかった。

でも。

怪物は、

私を見て――

何もしなかった。

ただ、

静かに見ているだけだった。

まるで。

「食べなくてもいいもの」を

見ているみたいに。

数秒。

それとも数分。

時間の感覚が消える。

そして怪物は、

またゆっくりと食事を続けた。

私は、

逃げた。

必死に。

振り向かずに。

家に着くまで、

ずっと走り続けた。

玄関の前で、

息が切れる。

手が震えて、

ドアノブを掴めない。

そのとき。

ドアが開いた。

「遅かったな」

兄だった。

いつもの声。

いつもの顔。

優しい笑顔。

私は何も言えない。

兄は私を見て、

少しだけ首を傾げた。

「どうした?」

私は、

さっき見たものを思い出す。

長い首。

回る頭。

そして、

食べられていた人。

兄は静かに言った。

「夜は危ないぞ」

その言葉は、

とても普通だった。

まるで、

本当に私を心配しているみたいだった。

兄は少しだけ笑う。

そして言う。

「ほら、入れよ」

私は、

その家を見た。

暖かい光。

家族がいる場所。

でも。

その中にいるのは――

本当に、

家族なんだろうか。

私は、

ゆっくり一歩踏み出した。

家の中へ入る。

それが正しいのか、

間違っているのか。

もう、

分からなかった。

その夜。

ベッドの中で、

私は天井を見ていた。

静かな家。

隣の部屋には、

兄がいる。

下には、

父と母がいる。

優しい家族。

でも私は知っている。

この世界では――

人間の方が少ない。

そして私は、

まだ生きている。

どうしてなのか。

兄が言っていた言葉が、

頭の中で何度も響く。

「お前は人間だ」

そして、

もう一つの言葉。

「特別なんだよ」

私は目を閉じる。

もしかしたら。

私は――

ただの“餌”じゃないのかもしれない。

それとも。

まだ“食べる時”じゃないだけなのか。

答えは、

誰も教えてくれない。

でも。

一つだけ分かることがある。

この家族は、

私を愛している。

そして同時に。

いつか――

私を食べるかもしれない。

夜の静けさの中で、

私はそう思った。

―完―

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