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第六話 優しい怪物

人は時々、

真実よりも恐ろしいものに出会う。

それは――

優しさだ。

もし怪物が最初から怪物の顔をしていたら、

人は簡単に逃げることができる。

でも。

もしその怪物が、

大切な家族の顔をしていたら。

そのとき人は、

どこへ逃げればいいのだろう。

「遅かったな」

家の玄関を開けると、

兄がリビングに座っていた。

まるで、

ずっと待っていたみたいに。

テレビはついていない。

部屋は静かだった。

「……ただいま」

私は小さく言う。

兄はゆっくり立ち上がった。

その動きは、

いつもと同じだった。

優しくて、

落ち着いていて、

何も変わらない。

それなのに。

私は一歩、

後ろに下がってしまう。

兄はそれに気づいた。

そして――

少しだけ悲しそうに笑った。

「怖いのか?」

胸が締めつけられる。

何も言えない。

兄はゆっくり近づく。

「昨日の夜」

その言葉に、

体が固まった。

「見たんだろ」

否定できなかった。

沈黙が、

重く部屋に落ちる。

兄は深く息をついた。

「……そっか」

それだけ言った。

怒っていない。

焦ってもいない。

ただ、

少し寂しそうだった。

「嫌いになった?」

その言葉は、

あまりにも普通で。

あまりにも、

優しかった。

私は震える声で聞く。

「……あれは、何?」

兄は少し考える。

そして答えた。

「俺たちだよ」

その言葉は、

あまりにも簡単だった。

「人間じゃないってこと?」

兄は静かにうなずいた。

「そうだな」

世界が、

音を失ったみたいだった。

私はもう一つ聞く。

一番聞きたくないことを。

「……じゃあ私も?」

兄はすぐに首を振った。

「いや」

その言葉に、

ほんの少しだけ安心する。

でも。

兄は続けた。

「お前は人間だ」

その声は、

とても優しかった。

まるで、

子どもに何かを説明するみたいに。

「じゃあ……」

私は聞く。

「どうして私はこの家にいるの?」

兄は答えなかった。

ただ、

私を見ていた。

長い沈黙。

そして。

兄はゆっくり言った。

「……それは」

そのとき。

玄関のチャイムが鳴った。

ピンポーン。

兄の動きが止まる。

私も動けない。

もう一度。

ピンポーン。

兄は玄関の方を見る。

そして、

静かに言った。

「来たか」

その言葉に、

胸が冷たくなる。

「誰?」

私は聞く。

兄は少しだけ笑った。

「昨日の子だよ」

ドアが開く音がした。

足音。

そして。

あの女の子が、

リビングの入口に立っていた。

「こんばんは」

彼女は楽しそうに言う。

そして。

私を見て、

優しく微笑んだ。

「やっと知ったんだね」

その目は、

まるで何かを期待しているみたいだった。

女の子はゆっくり部屋に入る。

そして兄の隣に立った。

二人とも、

私を見ている。

まるで、

何かを待っているみたいに。

私はその視線の意味が分からなかった。

逃げるべきなのか。

話すべきなのか。

それとも――

そのとき、

女の子が静かに言った。

「ねえ」

私は顔を上げる。

彼女は笑った。

そして。

とても優しい声で、

こう聞いた。

「あなた、自分がどうして今まで食べられなかったか……考えたことある?」

その言葉を聞いた瞬間、

背筋が凍った。

そして私は、

初めて気づいた。

この話はまだ、

終わっていない。

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