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第五話 人間が少ない理由

人は、

自分の世界が普通だと思って生きている。

空は青くて、

街には人がいて、

家には家族がいる。

それが当たり前だと、

誰も疑わない。

でももし――

その“当たり前”が

最初から間違っていたとしたら。

もしこの世界が、

人間の世界じゃなかったとしたら。

私は、

その可能性に気づいてしまった。

その夜、私はほとんど眠れなかった。

ベッドに横になっても、

目を閉じることができない。

頭の中に、

何度もあの光景が浮かぶ。

長い腕。

長い足。

そして、

ありえないほど長い首。

兄が、

人を食べていた。

……そんなはずない。

そう思いたいのに、

体が震えて止まらない。

窓の外を見る。

まだ夜は深い。

家の中は静かだった。

父も母も、

もう寝ているはずだ。

でも――

私は突然、

一つのことに気づいた。

もし。

もし本当に、

兄が“あれ”だったとしたら。

父と母は……?

胸が強く締めつけられる。

考えたくない。

考えたくないのに。

頭の中で、

答えが勝手に形になっていく。

翌日。

学校へ向かう道は、

いつもと同じだった。

でも。

世界が違って見える。

すれ違う人。

バス停に立っている人。

店の前にいる人。

……本当に、

みんな人間なんだろうか。

そんなことを考えてしまう。

ふと。

前から歩いてくる人と目が合った。

その人は、

一瞬だけ笑った。

でも。

その笑顔が、

なぜか怖かった。

学校に着いても、

落ち着かなかった。

教室の中。

クラスメイトたちが話している。

笑っている。

普通の光景。

でも私は、

その中で一人だけ違う世界にいるみたいだった。

「元気ないね」

突然、

後ろから声がした。

振り向くと――

昨日のパーティーにいた女の子だった。

私は思わず立ち上がる。

「どうして……」

彼女は軽く首を傾けた。

「どうして?」

「どうしてここに……」

彼女はくすっと笑う。

「だって、同じ街だし」

そして。

私の目をじっと見て言った。

「昨日、見たでしょ?」

心臓が止まりそうになる。

「……何のこと」

私は必死に言う。

彼女は少しだけ近づいた。

そして、小さな声で囁く。

「お兄さん」

その一言で、

足の力が抜けそうになった。

彼女は続ける。

「びっくりした?」

私は何も言えない。

彼女は楽しそうだった。

まるで、

面白い秘密を共有しているみたいに。

「でも安心して」

彼女はそう言った。

「別に珍しくないから」

「……え?」

彼女は窓の外を見る。

街が見える。

人が歩いている。

車が走っている。

普通の世界。

その景色を見ながら、

彼女は静かに言った。

「この世界ってさ」

「人間の方が少ないんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、

世界がぐらりと揺れた気がした。

放課後。

私は一人で帰り道を歩いていた。

空は夕焼けで赤い。

街は、

いつもと同じはずなのに。

全部が違って見える。

人が歩いている。

笑っている。

話している。

でも――

もし。

もしこの中にいるのが、

人間じゃないとしたら。

私は立ち止まる。

そのとき、

後ろから声がした。

「帰ろう」

振り向く。

そこには――

兄が立っていた。

いつもと同じ笑顔で。

「待ってたぞ」

私は、

何も言えなかった。

だって私はもう知っている。

その優しい笑顔の下に、

何があるのかを。

そして、

ふと思う。

もしかして――

兄は最初から、

私が見ていたことを知っていたんじゃないかと。

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