第四話 見てはいけないもの
本当に恐ろしいものは、
最初から怪物の姿をしているわけじゃない。
優しい声で笑い、
家族の顔をして、
当たり前のように隣にいる。
だからこそ――
それが“本当の姿”を見せたとき、
人は何も言えなくなる。
あの夜、
私は見てしまった。
絶対に、
見てはいけないものを。
パーティーのあと、
兄と私は家へ帰った。
夜はもう遅く、
街は静まり返っている。
「先に帰ってて」
家の前で、兄がそう言った。
「ちょっと寄るところがある」
「え?」
私は首をかしげる。
「すぐ戻る」
兄は軽く笑った。
「危ないから家で待ってろ」
そう言って、
兄は暗い路地の方へ歩いていった。
私は少し迷った。
でも――
なぜか、
胸騒ぎがした。
だから私は、
こっそり兄の後を追った。
路地は暗く、
街灯の光もほとんど届かない。
足音を立てないように歩く。
その先で、
誰かの声が聞こえた。
「……た、助けて」
男の声だった。
震えている。
私は思わず立ち止まった。
その瞬間――
ぐしゃり。
何かが潰れる音がした。
そして。
ゆっくりと、
影が動く。
私は壁の隙間から、
そっと覗いた。
そこにいたのは――
兄だった。
でも。
それは、
私が知っている兄じゃなかった。
兄の体は、
異様に大きくなっていた。
腕が長い。
足も長い。
まるで人間じゃないみたいに、
関節が不自然に伸びている。
そして――
首。
首だけが、
異様に長かった。
ゆらりと揺れながら、
ゆっくりと動く。
その先にある顔が、
こちらを向く。
ぎり……。
ぎり……。
首が回る。
回る。
回る。
まるで壊れた人形みたいに。
そして――
完全に、
後ろまで回った。
三百六十度。
その口元には、
赤いものがついていた。
足元には、
さっきの男が倒れている。
動かない。
兄はその体を持ち上げた。
まるで、
何でもないものみたいに。
そして。
噛みついた。
骨が砕ける音がした。
私は息を止めた。
心臓がうるさい。
頭が真っ白になる。
見間違いだ。
そう思いたかった。
でも。
兄はゆっくり顔を上げた。
その口から、
赤いものが垂れている。
そして。
兄は――
笑った。
そのとき、
兄の首がゆっくり動いた。
ぎり……。
ぎり……。
そして。
私が隠れている方へ――
向いた。
目が合った。
一瞬だった。
でも確かに、
兄は私を見ていた。
そして。
いつもの優しい声で、
こう言った。
「……そこにいるのか?」
その声は、
いつもの兄と同じだった。
でも私はもう、
知ってしまった。
この家族は――
人間じゃない。




