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その頃日本では
「尾上さんから、休みの連絡あった?」
「無いです。でも、数日前物凄く体調悪そうで早退されていました。」
「そうか、君尾上さんと仲良かったよね。連絡取れるなら確認しておいてくれる?」
仲が良いっていうほどではない。ただ隣に座っているだけの同僚だけど、上司に言われたらしかたがない。尾上さん、先日本当に気分悪そうだったから、寝込んでいるんだろうか。もう3日も出勤されていない。真面目な尾上さんだからてっきり休暇連絡出されているのだと思っていた。
上司に頼まれてから、何度連絡しても電話が繋がらない。トークルームもショートメッセージも反応なしだ。おかしい。尾上さんめちゃくちゃ真面目な人なのに。責任感も強くて遅刻もしないし、ずるもしない。仕事も丁寧だし、人の悪口も言わないし仕事の愚痴も言わない。ただただ淡々と仕事をされていた。どこか壁があって近寄りがたい雰囲気があって仲良くはなれなかったけど、あんな真面目な尾上さんがこれだけ連絡しているのに反応がないのがおかしい。
人事に連絡して尾上さんの自宅の住所を教えてもらう。個人情報だから最近厳しいけど、倒れているからもしれないと言うと教えてくれた。小さい会社だからある程度融通利くよね。
教えてもらった住所は意外と会社から近くて助かった。住所にある場所に建つ小さな古いコーポに着いた、玄関に尾上と手書きの表札が貼ってある。何度ブザーを鳴らしても誰も出ない。応答なし。これはおかしい。
会社の上司に連絡する。警察に連絡してくれるそうだ。尾上さんの自宅の前で待っていると、警察が着てくれた。大家さんも一緒みたいで、マスターキーで扉を開けると誰もいない。真っ暗だ。部屋は綺麗に片付いている。尾上さんの性格のままだ。
警察の方が部屋を見て、水回りが乾いているのでここ数日は家に帰ってなさそうだと教えてくれた。尾上さんは1人暮らしでご実家は新幹線に乗る距離だと聞いている。親しい友達も聞いたことがない。3日前物凄く体調が悪くて早退していたと伝えると、尾上さんが行きそうな病院をいくつか確認されたところ、1か所ビンゴだったようだ。
末期癌だと診断されたそうだ。それも余命がほぼ無いとか。いいのか個人情報。わたしが知ってしまっても。尾上さんと親しい人だと思われたのだろうか。
警察の方は事件が発生していないし、捜索依頼も出ていないので、ここまでしかできないと帰られた。
上司に連絡する。家で倒れていないどころか帰ってもいなかったこと、末期癌だと診断されていたこと。どこへいっちゃったんだろう。
失踪。余命がないことでショックを受けてどこか遠くへ行ってしまったんだろうか。
人事からご両親へ連絡が行く。電話に出たお母さんからは、「いい年した大人だからしばらく様子をみてください。」と、こっちに来るとも言わず電話が切れたそうだ。
末期癌で三日も行方不明なのに、自分の娘なのに気にならないんだろうか。
尾上さんは自分のことをほとんど話さない人だった。隣でもくもくと仕事をしていた横顔ぐらいしか印象がない。
あ、そういえば、昼休みにキャンプ用品をスマホで見ていたのを思い出した。なんだかいつも無表情の尾上さんらしくない、柔らかい笑顔だったのが印象に残っている。
あの時、「キャンプがお好きなんですか」って声かけたら良かったのかな。あれから1か月経っても尾上さんの消息は不明のままだ。警察からもご家族には連絡がいったはずだ。会社の方は無断欠勤扱いだ。
真面目で仕事のできた尾上さんがいない穴を埋めるのは大変だった。でも、文句は言えない。あの時、あんなに体調が悪そうだったのに、何故一緒に病院へ付き添わなかったんだろう。いつも一人で孤高の人だった。嫌な人でも悪い人でもなくただただ真面目で無口な人だっただけなのに、何故あれほど孤高だったのだろう。
末期癌だと聞かされて怖かっただろう。誰にも相談できなかったのだろうか。
隣に座っていたのに。もしまた会えたらキャンプの話がしたい。空いたままの席が目に入るたびに、わたしをはじめ残された人は1人1人だんだん罪悪感と後悔で胸が痛くなってきた。
尾上さんどこにいるのかわからないけど、幸せでいてください。
まったくあの子は何をやったのか。警察から連絡があった時、詐欺電話かと思ってしまった。小さい頃は手がかからず大人しい子だったのに。
失踪だなんて、なんて馬鹿なことをしたのだろう。
携帯に連絡しても、反応がない。
末期癌だと診断されたことも聞いた。保険は入っていたのだろうか。
あの子の一人暮らしの部屋にお父さんとお兄ちゃんと行くことになった。失踪してから1か月経つ。
大家さんに頼んで中に入れてもらう。綺麗に片付いた部屋には余計なものはない。普通と違うのは本がたくさんあるぐらいだろうか。
20代だというのになんて寂しい部屋なんだろうか。手掛かりになりそうなものを探すが、写真も友達の連絡先もないし、SNSもしていない。通帳もないし。あの子どうやって暮らしていたのだろう。
高校を卒業して県外の大学へ勝手に決めて勝手に出ていった。大学の費用は自分で出しなさいと言ったきりだ。お兄ちゃんの私大の学費が高くて、あの子には仕送りもしなかった。
大学卒業して勝手にそのまま県外の会社に就職して10年以上、家にも帰ってきていない?そう、あの子を10年以上見ていない。本当に?
お父さんもお兄ちゃんもだんだん気づいてきたのだろう。あの子とまったく連絡を取っていなかったことを。お兄ちゃんが大学卒業して、いい会社入って、結婚して、もうお兄ちゃんだけが自分の子どものように思っていた。電話やトークルームには時々連絡を入れていたけど、会ってはいない。
何故、大学の費用も出さず、仕送りさえしてあげなかったんだろう。
何故、こんなにも会わずに今まできたのだろう。
あの子もわたしの子どもだったのに。あの子は手がかからない、いてもいなくてもわからないような子だった。お兄ちゃんはやんちゃで手がかかって、気が取られて、本当?それだけだったのだろうか。虐待。わたしあの子を放置していた。ずっと意識の上から外れていた。今更、後悔しているのか。いなくなってしまった。わたしの娘。
末期癌で余命がなくて、どれだけ絶望しただろう。それでもあの子はわたしたちに連絡ひとつよこさなかった。それだけ頼られていなかったのだろう。
失踪してから1か月、あの子の余命も1か月だったそうだ。あの子は絶望のまま一人で逝かせてしまったのだろうか。
あの子の顔が見たい。声が聞きたい。なんでもっと早く探してあげなかったのか。なんで大人なんだからとほっておいたんだろう。
主のいなくなった部屋で、出てくる涙を止めることができなくなった。お父さんもお兄ちゃんも一緒に泣いている。今になってはじめてあの子を永遠に失ったのだと実感した。
この世界にあの子はいない。喪って初めてあの子を強く感じることができた気がした。
いま、どこにいるのだろうか、ほんの少しでも幸せでいてくれたらと祈るばかりだ。
地球と何故か縁が薄くて希薄な存在だったハナが異世界に落ちて異世界に受け入れられたことによって、存在感が増したことで、結局最後、残った日本の人たちの意識に強い印象を残してしまった。
日本でその存在を惜しまれている時、ハナは異世界で何も知らず幸せに熟睡していた。




