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桜が植わっているところはわたしの部屋から歩いて5分ぐらいのところなので、毎朝、桜を見に来ているところ、ソメイヨシノがほぼ満開だ。まだまだ細くてひょろひょろだけど、精一杯咲いているところを見ると涙が出そうだ。一緒にいるジョアンナさんとアビゲイルさんも「美しいですね。」と見入ってくれている。領主館に住む人働く人も領主館と領都を繋ぐ道沿いの桜並木を楽しんでくれているようだ。
八重桜も早いものは咲きだした。八重はそれぞれ個性があるので、一斉に咲いたりはしないけど、咲く時期がズレるから長く楽しめると思う。
祭りは明日だ。
町や村の世話役や屋台の担当さん等が前入りされた。屋台の出す場所など確認されている。時間のある時にと声をかけて、全員で桜並木を案内した。今が見ごろといえば見ごろ。ソメイヨシノが満開で八重桜が咲き初めだ。雨情枝垂れ桜は7分咲きだ。まだ小さいけど綺麗だ。
「おお、これがソメイヨシノですか。綺麗ですね。うちの町に植えて下さった桜も咲きかけていました。また少し種類が違うのですね。」
「これはこれで美しいものですね。」
「白くて淡くて優しい感じがします。」
「うちにある雨情枝垂れ桜も美しいです。こちらのお祭りが終ったら、うちの桜も町の皆で楽しむことにします。」
「それにしても、ここ良い感じになりましたね。前は何もなかった場所がハナ様の思い出の場所になりましたか。」
「これが落ち人様の世界なんですね。」
皆さん興味津々で桜を見ておられる。まだ細くて1本では、ひょろひょろで圧倒的な物量がないのと、それに、まだ200本ぐらいしか植えていないから日本の桜の名所ほどの見ごたえはない。でも100本のソメイヨシノが満開だ。桜が異世界で咲いているという事実がわたしの心を温かくする。日本に未練はあまりないと思っていたけど、春に桜が見ることが出来るのは嬉しい。
昔小さかった頃、毎年某有名な通り抜けに連れて行ってもらっていた。小さい頃は人が多いし、桜はよくわからないし、何が何だかわからないままだったけど、人が多いせいで、いつもは手のかからない大人しい子だと認識されて放置気味のわたしも、迷子になっては困ると、父が、母が、手を繋いでくれた。
賑やかな人込みに、温かい手、桜の思い出は日本で唯一といってもいいぐらい家族を感じた瞬間だったなと。しっかり握ってくれた手に人込みに紛れないように必死に歩いた日、桜より自分の足しか見ることができなかったけど、焼きそばの匂い、騒がしい人々、お兄ちゃんが強請って遊んでいた射的、ひとりでも大丈夫だと思っていたけど、家族で幸せだった経験が今の自分を支えてくれているのかもしれない。
わたしの次の落ち人が、この桜を見て懐かしいと心が慰められるといいな。
世話役たちと200本の桜の遊歩道を歩く。
まだどの桜の細くてひょろひょろだけど、いつか立派な大木になるだろう。来年も再来年も見ることができますように。
こっちの世界での思い出が増えますように。




