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とうとう最後の村だ。西の端っこ海辺の村だと聞いて、物凄く楽しみにしている。海だよ海。日本でももう10年ぐらい行っていなかった。学生の時に地質調査で行った以来だ。
海にも魔物がいるという。だから沖には出ずに近場で漁をしているらしい。高級シャンプーとリンスの製造にメアリーさんが沖合の海龍の鱗を欲しがっていたけど、村の誰かが取りにいっているんだろうか。
葡萄畑を超えたら草原があって、いくつかめの丘の上から海が遠くに見えた。遠くで光ってきらきらしている。
もう少し近くに行くと潮の匂いがする。懐かしい海の香りだ。
海辺の村も400人規模だと聞いている。当然漁師が多い、その次は他の村もそうだけど、農業や牧畜をしている人や鍛冶屋や大工、もちろん、食堂も酒場がある。この村独自なのは船大工やロープ職人、干し物や燻製を作る人がいることかな。スペインのガリシア州の小さな港町に似ている気がする。端から端まで歩いて30分ほどで回れるそうだ。海から少しずつ高くなっているせいか、坂道や細い路地裏も多そうだ。日本にいる時、少し憧れて旅行に行こうかと調べたことがあったんだよね。1人で外国に行くのが怖くてやめてしまったけど。
今、その憧れだった港町に似た海辺の村に到着した。潮の香りがどこを歩いていてもする。宿屋に着くと、漁業組合に顔を出しに行く。この村の世話役はこの漁業組合長のトマスさんらしい。わたしたちを歓迎するために、世話役自ら魚を捕りに行ってくれているのだそうだ。
ざくっと砂浜を歩いていくと、一艘の船が戻ってきたところだ。
アーヴィンさんが船の前まで歩いていくと、船に乗っていた男性が気づいて言葉を探そうとしたのか少しぎこちなくなっている。
「アーヴィン様、ブライト様遠いところをようこそ。こちらは落ち人様でしょうか。はじめまして、海辺の村の世話役のトマスだ、いや、トマスでございます。」
潮の匂いが染みついたズボンで手を何度もこすって少しでも綺麗にしようとした日に焼けた細マッチョの漁師さんだ。三十代だろうか、今までの世話役の中では一番若い。丁寧に話そうと努力はされているようだけど、緊張もしているみたいだ。
「トマスはこの春から世話役になってくれたと聞いている。前の世話役のカネルに日本語が話せるからと押し付けられたとも聞いている。慣れないことが多いかと思うがよろしく頼む。」
「落ち人様の記録が読みたくて日本語を学びました。ハナ様とお会いできて光栄です。そ、粗末ですが、今魚を採ってきましたので、よろしければ召し上がって下さい。」
採ってきた魚は50~60cmはありそう。ぴちぴちしている。どこからか食堂のおかみさんみたいな人が来られて、「うちで料理しておくよ。」と豪快に魚を掴むと家のある方に戻られた。
残されたわたしたちは、浜の近くにある漁業組合に行くことにした。組合長のトマスさんにはお願いしたいことがある。
「トマスさん、お祭りの日にたこ焼きを作りたいので、たこ採ってきてもらうことはできます?」
「たこ?とは何ですか?」
あ、こっちではたこって言わないんだ。
「頭が丸くて足が八本ついていて、ぐねぐねしているものです。」
「え、丸くて足がたくさんついているとは・・デビルフィッシュですか、もしかして!あれをどうされるのですか!」
大変驚かれていますね・・・。どうしよ。たこ食べないの?
「ええっと。たこ焼きにして食べようと思っています。採れます?」
「採れるのは、採れますが、食べる?あれを?あれはデビルフィッシュですよ。魔物ですよ。丘のスライム程度とはいえ危険な海の魔物です!」
顔が青くなったようだけど、真剣に訴えるトマスさんに、もういいやここはニコッと笑って、
「大丈夫です。美味しいです。とてもとても美味しいです!!!」
ごり押しして採ってきてもらうことにした。落ち人様の言うことならばと決死の覚悟っぽい。ごめん。でもたこ焼き食べたい。
しばらくして、トマスさんが恐る恐るたこが採れたと報告してくれた。お祭りの準備は着々と進んでいるようだ。
焼きそばの屋台の横で、たこ焼きの屋台を設置する。たこの下ごしらえをしていると、トマスさんをはじめ、まわりの人がぎょっとしている。海辺の町でもたこは食べないのねー。
たこ焼きを焼きだすと「おかしい、あの穴に入れていただけなのに、いつの間にかボールになっている!魔法だ!」とか騒がしい。いや、魔法じゃなくて、周りの生地を集めて型に入れているだけなんだけどね、丸くなるのが不思議に見えるみたいだ。
最初に出来上がった分をトマスさん、アーヴィンさん、ブライトさん、側近の方々に手渡す。わたしも食べだす。みなさん、本当恐る恐るだけど、わたしは、はふはふと熱々をいただく。たこ焼きは熱いのが一番美味しいんだもの。
わたしが豪快に食べていたので、他の人も覚悟を決めて食べだすと、
「お、美味しいです。いや、これデビルフィッシュですか?いえ、見ていましたから、入っていました。でも、なに、これ本当に美味しいです。」
「この中の白いところは柔らかいですが、中までちゃんと火が通っているのでしょうか?」
「え?火は通っていますよ。クリームシチューも同じでしょ。とろとろしているけど、火が通っているんです。」
「ハナ様、くりーむしちゅうとは何でしょうか?」
「え?クリームシチュー知らない?えええ、じゃクラムチャウダーは?」
「申し訳ございません。くらむちゃうだというものはわかりません。」
「ええええ。こっちの世界ポトフとかあるのに?放牧もしているのに?クラムチャウダーは海辺の村には絶対必要だと思う。トマスさん、あさりとベーコン、ジャガイモと玉ねぎ、バターと小麦粉、牛乳と塩、胡椒ありますか?無い分はわたしが準備します。どうでしょう?」
「ハナ様、あさりとベーコン、ジャガイモ、玉ねぎ、バター、小麦粉、牛乳と塩はあります。胡椒は多分この村にはないと思います。」
あ。胡椒はまだ贅沢品だった。ごめん。恐縮しているトマスさん大丈夫だから。
「あるものだけでいいので、持って来てください。」
トマスさんも、周りにいた漁業組合の人たちも材料を買いに出ていったので、厨房に案内してもらう。お祭りの準備も進んでいると思うけど、ここは是非クラムチャウダーを味わってもらいたい。胡椒は魔法袋に入れていたものがあったので取り出しておく。
トマスさんたちが戻ってきたので、さぁ作ろう。
鍋にあさりをいれて火にかけ、口が開いたら取り出し、その時の出汁は取っておいて、ベーコン、玉ねぎ、ジャガイモを切って炒めて小麦粉をまぶして、さっきの出汁と牛乳を入れて、口の開いたあさりを戻して塩胡椒を入れたら出来上がり!簡単でもの凄く美味しい。
「さぁこれがクラムチャウダーです。あさりの出汁がとても美味しいのです。」
トマスさん、アーヴィンさん、ブライトさん、側近さんたちに器に入れて渡していく。作っているところも見ていたので、皆で一斉に食べる。もう毒見してなくない?まぁいいのか。
トマスさんは、自分が食べているものが信じられないといった感じだ。みんなも目を見開いている。
「スープに牛乳を入れるなんて・・。でも美味しい。」
「ハナ様、これ物凄く美味しいです。くらむちゃうだですか。あさりって美味しいんですね。」
たこ焼きも公爵領の料理人さんがどんどん作ってくれている。漁業組合の人たちもデビルフィッシュがこんなに美味しくなるなんてと驚いている。
たこ焼きとクラムチャウダーは海辺の村にぴったりだと思う。
「このたこ焼きは日本のお祭りには欠かせないものでした。わたしの大好きな食べ物です。クラムチャウダーはお祭り用ではないですが、わたしの好きなスープです。あさりが美味しいので、是非、この村のみなさんで食べて下さい。」
今回、採ってきていただいたたこは1匹だけだったので、村民全員には行き渡らないだろうけど、雰囲気だけでも知っていてもらいたいな。このたこ焼きの屋台はこの村に置いていくつもりだ。トマスさんこの村でたこ焼き広めて下さい。クラムチャウダーも広がるといいな。
試食会をしていたけど、お祭りの準備もできたそうだ。さぁ本番だ。収穫祭もこの村が最後。楽しい時間になりますように。
エール、かぼちゃのスープ、クラムチャウダー、焼きそば、たこ焼き、ベビーカステラ、紐飴、村の屋台が、焼きソーセージ、串焼き、豆のスープ、焼き蛤、焼き魚、薄めたワイン等出ている。領主の準備したものは全部無料だ。最後だからか、他の町や村からの噂が既に流れていて、皆、どんどん食べていく。この村でしかないクラムチャウダーとたこ焼きは最初遠巻きにされていたけど、やはり一口食べるとその美味しさがわかる。
1人が食べたら後は行列だった。
「あちっ。でも、外はカリカリで中はとろとろなんだ!この身がうまい!」
「あさりだよね。このスープ。白くて濁っているスープは初めてだ。でも、美味しい。旨味が凝縮しているね。」
「この小さなかすてらというものも美味しい。甘いしふわふわだわ。」
「いや、噂に聞いていたけど焼きそばというものも美味しいな。これココスの町でこれから屋台出すらしいな。また食べにいかないとな。」
「エールも美味い!このなんだ今までのエールよりすっきりしているのにガツンとくる。このエールはこの村でも作れないか!」
まぁどの村でも絶賛されているものは絶賛される。ジョアンナさんが嬉しそうに通訳してくれる。わたしも嬉しい。ふふふ。お祭りは成功だね。嬉しい。ここずっと町や村を回ってきて、楽しいことばかりだ。日本にいた時は企画立案しても、いつの間にか他の人がリーダーをしていて携われなかったから、今回みたいに最初から最後まで関われたのは大変だったけど、楽しかった。
ブライトさんといつものように踊って広場の端っこに戻ってくると、アーヴィンさんとトマスさんがお話していたので、隣に座らせてもらう。
「ハナ様、楽しまれていますか?」
少しほろ酔い感じのアーヴィンさんが片手にエールを持ちながら笑う。
「ええ、最初の町から最後の村までずっと楽しく過ごせています。ついてきて良かったです。ありがとうございます。」
「わたしもハナ様のお陰で今年の収穫祭は楽できました。税の計算はすべて表計算ソフトに入力してきたのです。表計算ソフトは素晴らしいです。あっと言う間に計算出来てしまうのです。側近も今年は物凄く楽が出来たと喜んでいますよ。例年は宿屋で計算ばかりしていましたよ。」
「税収入ですか、そういえば、収穫時に収穫量を立ち会って徴収額を決めるというお話でしたね。」
「ええ、公爵領は、農民は収穫量の十分の1を納めてもらっています。たとえば小麦なら一区画で100袋採れたら、10袋が税として徴収ですね。」
「ああ、不作の場合は税収入も減るのですね。農民に優しい仕組みですね。では、農民以外の方はどんな感じなのですか?」
「店をやっているもの、物を売っているものは、売り上げの1割いただいています。」
「お店を持っていない人、雇われている人とかはどうなるんですか?」
「見習いや住み込み、賃金を貰っているものは、店が売り上げを納めているから払わなくていいんですよ。」
そうなんだ。結構この世界優しい。頑張ったら頑張った分収入が増える仕組みだ。
「このうちいくらかを王宮に上納するんですよね?」
「ええ、3割を納税しています。野菜など現物で納めてもらった分は現金に置きなおして支払いをしています。」
「トマスさんところは?」
「わたしは干した魚や新鮮な魚を領主館へ定期的に納めています。漁は天候に左右されるので、日々ではなく漁業組合でまとめてお支払もしています。」
「では、今後たこやいか、あさり昆布、赤味の魚、白身の魚、青魚とか取れたら魔法袋渡しておきますので領主館に送ってもらえますか。海鮮は本当好きなんです。これはわたしからお支払します!」
「いえいえ、ハナ様、領主館に送ってもらう分はうちでお支払いします。トマス美味しそうなものが採れたらハナ様によろしく頼む。」
「了解しました。ハナ様のために頑張ります!」
やはり既に酔っているトマスさんは緊張もほぐれたのか豪快に笑いながら了解してもらった。新鮮な海鮮が食べられるのは嬉しい。素直にのっておこう。
「よろしくお願いします。」
楽しい夜は終わって、次の日、トマスさんはスマホの使い方に四苦八苦しておられたが、わかるようになったら目が輝きだした。憧れの落ち人の情報が手にはいるのだ。落ち人の記録が読みたいばかりに日本語を勉強したトマスさんにはスマホの魅力は大きいだろう。
注意事項も念押しもして、トークルームの登録も済ませて、村を去る。
今回の大勢の人が見送りに来てくれた。
収穫祭が終れば冬だ。みんなに手を振りながら馬車で出発した。




