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次の村は120年前の保存食を伝えた落ち人さん、馬淵絹さんが落ちてから亡くなるまで過ごされた村だ。落ちる前に住んでいた場所に似た雰囲気だったので、そこに住まれると決められたと記録が残っていた。


のどかな田園風景が見えてきた。絹さんがいた場所というのもあって、ここは西の公爵家の米の産地だ。絹さんにお米を食べてもらいたいという一心でこの村には米農家が増えたそうだ。建物自体はアルプスの裾野にあるような石造りの建物が並んでいるのに、妙に日本の風景に見えるのは、大根が干されて、軒下には干し柿も吊られているからだろうか。


村の宿屋に案内され、アーヴィンさん、ブライトさん、その他側近護衛の方々大勢と一緒に世話役のヨハンさんに会う。小柄でにこにこしている可愛らしいおじいちゃんだ。70代ぐらいだろうか。綺麗な白髪頭はつんつん立っていて、柔和な感じが全身から醸し出されている。おじいちゃんは絹さんの記録を整理して後世に残す仕事もされているそうで、絹さんのことならなんでも聞いて欲しいと胸を張って言い切ったのがやっぱり可愛かった。


絹さんは落ちてくる前は田舎の主婦でご主人に先立たれて一人暮らしをしていたそうだ。肺炎で苦しい夜を過ごされたかと思ったら、こっちに落ちてきたみたいだ。絹さんは70代というお年だったせいもあって、できるだけ元の生活に近い、米農家の集落の近くに住み、保存食を作り、家庭菜園をしてゆっくり暮らしたいということで、この地を選ばれた。


もちろん、公爵家関連の人が一緒に住みお手伝いすることになったそうだ。その人と絹さんは気があったのか、娘のようだと喜んでいたという。

絹さんは、自分が食べる分だけと、梅干しを漬けたいという時には、村総出で、梅に似た果実を探し回り、ラッキョを漬けたいといえば、ラッキョに似たものを探し、干し柿、お漬物、味噌とひとつひとつ、絹さんと村人の努力で日本の保存食がこの村に誕生したそうだ。


最初は梅干しもラッキョも干し柿もお漬物も絹さんだけが食べていたけど、お手伝いの方が一緒に食べだし、村の人も総出で手伝ったので、恐る恐る食べて、意外と美味しい。それに保存食。冬の食料が少ない時に非常に役立つ。ガラス工房が保存用の瓶を作り、木工工房が樽をつくり、少しずつ保存食を増やしていって、村だけで消費するだけではなく公爵領全体で作られ売れるようになってきたという。

これも全部絹様のお陰ですとヨハンさんは力説される。


「絹様に畳を作ってさしあげられなかったのがこの村の後悔の1つですね。絹様はご説明してくださったのですが、どうしても想像することができず作ることができなかったのです。」


そう残念無念といった表情でぽつりと呟かれた。絹さんの住んでいた家にぞろぞろ全員案内していただいたけど、石造りの家で、一部板が敷かれていて、その上に布団を敷いて寝ていたそうだ。


「小さな家だね。」と、ブライトさんが呟かれたけど、日本人から見たら十分大きい。平屋の100平米ぐらいはありそうだ。厨房もリビングも一部屋ずつが広い。絹さんが寝ていたという寝室に案内してもらった。床は石で絨毯が敷かれている。素朴な木のテーブルと椅子が置いてある。どこか田舎の家のようにも見える。置いてある小箱とか視線が低い。

絹さんはベッドが苦手だと言っておられたそうだ。

石の床なら、板を敷いても寒かっただろう。

だから畳か。


宿屋に戻ってから、ジョアンナさんと今日泊まる部屋に案内してもらった。部屋に入って、パソコンを起動し、謎空間から出せる大きさ、琉球畳の一番小さいサイズ50cm四方のものと、畳の作り方の本と、畳の材料となる葦の苗や種を買うことにした。

琉球畳は複製で10枚ぐらい増やし、魔法袋に入れて、再度ヨハンさんを探す。ヨハンさんは村の広場で祭りの準備をされていたけど、もう一度絹さんの家に行きたいというと、喜んでついて来てくれた。なんだなんだとアーヴィンさんとブライトさんも一緒についてこられた。大所帯のまま村の中を歩く。


家について寝室までまた戻ってきたので、魔法袋から畳や材料を取り出していく。


「ヨハンさん、これが畳です。そして、これが畳の材料で、この本が畳の作り方が載っています。」


せっせと絹さんの家の板が敷いてある上にアビゲイルさんに頼んで琉球畳を並べてもらう。10枚も並べたら人が一人ぐらい眠れる広さになった気がする。目を見開いたヨハンさん。ん?大丈夫?


「こ、これは、ハ、ハナ様、畳なのですか!?ああ。これが畳。絹様!!」


畳に頬ずりしながら、ヨハンさんが壊れかけた?


「ハナ様、ありがとうございます。絹様はこの地で幸せに暮らされましたが、畳と梅酒が作られなかったことだけが心残りだったと日記に残っておりました。後悔のひとつ畳が、これで作れそうです。いや、この村で畳を作っていきます!」


「梅酒はどうして作れなかったのですか?」


「材料のしょうちゅうといったお酒が見つからなかったのです。絹様もしょうちゅうの作り方をご存じではなくて、残念でした・・・。」


またしょんぼりされたので、アーヴィンさんの顔を見て良いですか?と目で了解を取ると、パソコンを立ち上げ通販サイトで焼酎を数本と焼酎や梅酒の造り方の本を購入する。謎空間から箱を受け取ると、


「ハ、ハナ様、そ、それは?!」


びっくりしているヨハンさんはやっぱり可愛らしいおじいちゃんだ。


「これはわたしのスキルです。公爵領では使っています。今日植えたい桜の苗もこうして買っています。いずれ公爵領で周知されるでしょうけど、まだまだ周知はしていないのです。今日は先代の落ち人の絹さんの後悔の解消なので使わせてもらいました。」


「もしかして畳もですか?」


「そうです。わたしが出来ることで絹さんを受け入れてくれた村の後悔が減るのであれば嬉しいです。」


「あ、ありがとうございます。絹様の生きておられた期間は短かったですが、それでも村人は絹様からいろんなことを教えていただき、この村は豊かになりました。食べるものにも困っていた冬も保存食のお陰で怯えることなく安心して過ごせるようになりました。

この村では落ち人様、絹様はやはり大事な大事なお客様であり恩恵であったのです。わたしも小さな頃から絹様のことをご存じのお年寄りからたくさん話を聞いてきました。絹様はこの村の光でした。今回絹様の後悔を解消していただく手段を与えてくださってありがとうございます。ハナ様の恩恵も今後語っていきたいと思います。」


真剣な目はうるうるさせていて、感動されているヨハンさんに、


「焼酎をいちから作るのは大変だと思いますが、何冊は製造方法の本を読めばわかると思います。梅酒は焼酎があれば梅もどきの実で大丈夫ですよ。畳も出せたいのは小さいものですが、大きなサイズも作れると思います。こっちも作り方の本も置いておきます。皆さんで頑張ってみてください。」


「ええ、梅酒も畳も絹様のためにも、この村一丸となって作ってみせます!」


「ヨハン、ハナ様の恩恵だ。公爵領をみんなで良くしていこう。」


「領主様、本当に有難いことです。絹様が亡くなられて百年と少し、わたしが世話役になって30年ぐらいです。ようやく長い後悔が解消されそうでとても嬉しいです。」


感動しているヨハンさんと、それを見守るアーヴィンさん、畳の上でごろごろ感触を楽しんでおられるブライトさんだ。畳はいいぞ。

あ、そうだ。大容量の焼酎と美味しい梅酒も梅の木の苗もいくつか参考にお渡ししておこう。通販サイトで自分が日本にいた時に好んで飲んでいた梅酒をいくつか選択して購入する。これ美味しかったんだよね。梅酒作りに最適の焼酎は大容量で3本ぐらい梅の木の苗も育て方の本と一緒に手渡す。植物魔法使い手がいるから大丈夫だろう。


「梅酒は酒精が強いので、水やお湯で割ったりして飲んで下さい。そのまま飲むのであれば氷を入れると美味しいです。」


一番好きな梅酒の飲んでもらいたい。ヨハンさんの後ろにいたお手伝いさんに声掛けしてコップとお湯をいただく。このお湯割りの飲み方がわたしは一番好きだ。体に良さそうだし。


「どうぞ、これを飲んでみてください。」


梅酒のお湯割り、わたしの一番好きなものをヨハンさんに手渡す。ヨハンさんは恐る恐る口に付けたあと、ほう、と声が出た。もちろん、アーヴィンさん、ブライトさんも飲みたいと要望される。


「これは、絹様がお好きそうな味です。心も体もほっとする味です。ああ。これがこの村で作ることができるようになれば!ハナ様ありがとうございます。村で頑張ってみます。」


にこにこ顔になられてヨハンさんと一緒にお祭り広場に戻ってきた。梅酒を飲んでご満悦のアーヴィンさんから、


「ハナ様、良いことをなされましたね。うちとしては大事な落ち人様の絹様の心残りを解消していただき感謝します。新しいお酒の可能性も増えました。ありがとうございました。」


にっこりされたアーヴィンさんと、大したことしていないのに褒められて少し恥ずかしくなったので、そそくさと今日のお祭りの準備をすることにした。

120年前絹さんは、見知らぬ土地にたった一人で落ちてきてどれだけ心細かっただろう。そしてそんな絹さんに寄り添ってくれた村人のことをどれだけ嬉しかっただろう。絹さんが住んでいた家の保存状態はとても良かった。絹さんのことを本当に大事にお話されるヨハンさんをはじめ、梅に似た実を探し、一緒にお漬物を作り、村全体で干し柿を作って、絹さんが寂しくないように、絹さんが住んでいた場所に寄せようと努力された姿が見える。

肺炎で死にかけた絹さんも、2度目の人生楽しめたのだろう。


アーヴィンさんにお願いして、エールの横に梅酒を置かせていただいた。この村は400人ぐらいだと聞いたので、瓶で40本もあればみんな味見できるよね。


桜の木も広場に植えさせていただいて、祭りは大成功した。ブライトさんとヨハンさんとも一緒に踊った。美味しいものを食べて、飲んで、歌って踊って、楽しい夜が過ぎ、梅酒も絹様の梅酒だと周知され、今後この村で作っていこうと一致団結された。良かった。


畳も梅酒も困ったらまた連絡してねと、ヨハンさんが渡されたスマホのトークルームにわたしも登録してもらった。「うまくいってもうまくいかなくても必ず連絡いたします!」ヨハンさんからそんな言葉をいただき、村民の皆さんの温かい声と惜しまれながら絹さんの村を離れた。



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