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さぁ1個目のサッチの町へ行こう。領都から南に向かう。秋だというのにまだ暑い。こっちは公爵領きっての穀倉地帯だ。どこまでも広がる小麦畑になんだかんだといっても豊かさを感じる。収穫されて干されている小麦を見ると、海外の田舎に来ているような気がする。都会育ちなのに、何故か懐かしい故郷に帰った気もする。実際120年前の保存食の落ち人のおばあちゃんは、領都ではなく、この先の村に住んでいたそうだ。今のその家は保存されていると聞いたので、今回そこへいくのも楽しみのひとつだ。
町に着くと収穫祭の準備がされつつあるのか、町全体がうきうきわくわくした雰囲気が伝わってくる。誰もが嬉しい。楽しいっていう顔をしている。町の広場にも飾りがされて、町の屋台も並び始めている。町一番の立派な宿屋に入ってちょっと休憩をする。アーヴィンさんはこの町の世話役に会いに行っている。
わたしは時間まで自由なので、ジョアンナさんとアビゲイルさんと町を探索する。領都が2万人規模で、こっちは3,000人ぐらい。10分の1ぐらいの大きさだけど、必要なものはだいたい揃っていてそんなに困ることはないだろう。今年はオリバーさんのテコ入れもあって豊作だと聞いている。町の半分ぐらいは農業に従事しているので今日の収穫祭は賑わうだろう。
「ハナ様、こちらはご準備できました。」
ジョアンナさんが他の侍女や料理人とてきぱき準備をしてくれている。広場に領主館の屋台が準備されていた。
今日は収穫祭だから、広場でいつも露店を出している人たちもひとまずお休みで場所を広く開けてくれている。
領主のエールとスープの台が作られ、だんだんお祭りの雰囲気になってきた。
少し上等の服を着た住民が一人2人と広場に集まってくる。子どもの嬉しそうな声が聞こえる。
世話役に頼んで広場のどこかに桜の木を植えさせてもらおうといたところ、中心ど真ん中を指定された。おお。
護衛の中で土魔法の使える人と植物魔法の使い手のナナシ―ノさんと一緒に中心へ行く。広場は石畳が敷いてあるが、ど真ん中のそれを外して土を掘る。腐葉土と堆肥を混ぜて、真ん中に直径2cm高さ30cmの苗を植え、ナナシーノさんが魔法を使う。苗はきらりと光り根付いたようだ。それを生活魔法の成長促進をかける。うううううんん。と張り切って魔法をかけると、直径5cm高さ1mほどに成長した。支柱も立てて、藁も敷いた。これで大丈夫だ。
世話役に、定期的に成長促進かけて下さいとお願いしておく。
「落ち人様からの苗の贈呈ありがとうございます。この木が成長すれば皆が落ち人様のことを思い出すでしょう。良い記念になります。」
にこにこ顔の世話役マイクさんはアーヴィンさんの部下の1人でこの町に出向しているそうだ。ばりばりのエリートだけど、人の良いおじさんのように見える。
さぁお祭りを始めよう!
アーヴィンさんの挨拶に、住民の歓声。エールやスープの振る舞いはいつものこと。そしていつもと違う、焼きそばとベビーカステラと紐飴。さぁどうだ。どうするみんな。
やっぱり見慣れない焼きそばとベビーカステラと紐飴は遠巻きにされていたけど、無料なので少し貧しい世帯の子どもが恐る恐る手を出したところ「お、美味しい!」とがつがつ食べだした頃から他に人も並びだした。ベビーカステラは甘い匂いに負けた女子が無料だしと手を出して陥落するといった感じでこちらも列が伸びる。紐飴は飴って何?っていうところから、甘くて美味しいよと手伝いの侍女さんが宣伝してくれてようやく子ども達が手を出し始めた。
1人が美味しいと言い出したら後は続く。
やっとやれやれ。良かった。みんな笑顔だ。美味しいものを食べると笑顔になるよねー。どの屋台も大盛況だ。
ブライトさんがここでも踊りだしたくなるような音楽をBGMに流しているのもあって、広場で踊りだす人も多い。
ブライトさんは音楽が好きなんだな。
ブライトさんが悩んで考えて勉強して買ったポータブル電源に繋いだ音楽プレーヤーとスピーカーの横に座って、時々流す音楽を変更している。
ブライトさんと個人的に話すことは少ないけど、音楽愛に溢れている人だなっていうのはわかる。
「ハナ様のお陰でわたしは今幸せです。」
お祭りの賑わいの中でブライトさんから恍惚とした顔でそんな告白されても、どうしようか戸惑う。でも、わたしの動揺なんてほっといてブライトさんは話続けた。
「わたしは公爵家の次男で当主にもなれなければ、だからといって好きなことをするために家から出ることもできず、父上や兄上の手伝いをして一生を陰で生きていくのだと思っていました。でも、ハナ様が来られて、パソコンやスマホを与えてくださって、世界が変わりました。大好きな音楽を仕事にして良くなったのです。歌劇団、音楽の学校。楽譜の紹介、毎日が溢れるぐらいの音楽に満たされています。もちろん、公爵家の中でという枠付きは変りませんが、次男の責任で好きなことを出来ることが増えたのです。ユリアーナと毎日違う音楽を聴くことができることがどれだけ幸せなことか。本当にハナ様には感謝しています。」
うっとり一気に思いを吐きだされたブライトさんは清々しい顔をされていた。広場で踊りだす人々の笑顔を見ながら、ブライトさんも始終笑顔だ。
「ハナ様、わたし達も踊りましょうか。」
音痴で運動神経があまり発達していないわたしになんていうお誘いだ。できればほっといて欲しいんだけど、主賓だものね・・・。
「大丈夫ですよ。庶民の踊りは、振り付けはあってないようなものなんです。音楽を全身で楽しめばそれでいいんですよ。」
そう言われてしぶしぶ踊りの輪に入る。踊りだすと下手でも面白い。昔子どもの頃に踊った盆踊りやマイムマイムを思い出す。みんなで輪になって手を繋いでどこまでもぐるぐる回る。何が面白いのかわからないのに、何故か面白い。くたくたになるまで踊ってしまった。
お腹いっぱい食べて、飲んで、歌って、踊って、収穫祭は成功かな。
踊り疲れて休憩に戻ってきて、まだ踊っている人たちを、にこにこ見ていたら、アーヴィンさんと世話役マイクさんがやってくる。ん?
「ハナ様、どうか、ベビーカステラをこの町で今後売らせて下さい。これは売れます。この町は穀倉地帯で小麦は取れますが、これといった小麦を使った特産物は無かったので、このベビーカステラを小麦の町の特産物にしたいのです。」
人の良いおじさんのマイクさんが必死に訴える。アーヴィンさん的には良いようで、ハナ様さえ良ければということになったらしい。わたしは良いよ。日本の屋台が受け入れられるのは嬉しい。60年後やってくる落ち人さんがこのベビーカステラ見て懐かしんでくれると嬉しいかな。
せっかくだからと、屋台丸ごと1台をコピーし複製した。使っている材料も一式提供しレシピも渡した。このベビーカステラ用のミックス粉に何が入っているのかは、この町の鑑定士さんと味が近づけられるように頑張るそうだ。屋台も金型も町の大工さんや町工房の親方に相談して再現したいと張り切っておられる。
この町は南の公爵領にも近いから砂糖はあまり高くない値段で手に入れられるのと、南にある森に行く冒険者にはちみつを依頼すれば材料はなんとかなりそう。
これだけの材料が揃うなら、ホットケーキに、パンケーキ、アメリカンドックなどのレシピの料理本もついでに渡しておいた。この世界スイーツは少ないものね。増えて欲しい。
落ち人様のふわふわケーキの町として呼ばれるかもしれない。ただ、小麦粉の名産地、粉もんといえば、焼きそばの方じゃないかとか、関西人のハナは少し納得がいかなかったとかそうじゃなかったとか。
最初の町の賑やかな祭りの夜はこうして終わった。
次の日も良いお天気だ。アーヴィンさんは世話役のマイクさんにスマホの使い方、検索時の注意事項、ソーラーバッテリーの説明、予備を渡して、トークルームのやり取りを終わらせた。マイクさんもかなりのエリートで日本語の読み書きもばっちりなので、大丈夫だ。
若干テンションが高めだったけど、使いこなしてくれるだろう。「おお、落ち人様の英知が!!!」と叫んでおられたけど、さぁ次の村に向けて出発だ。
宿屋から出発した後、馬車が通る道すがら、手を振ってくれる住民が多い。「美味しいものをありがとうございました!」「めちゃくちゃ美味しかったです!」「また、来てください!」「踊りも楽しかったです。」こっちの言葉で嬉しそうな声が聞こえてきた。残念ながら何を言っているのかわからなくてアーヴィンさんに通訳してもらった。日本語は上流貴族と領主館で働くものは必須だったけど、地方の町や村人はこっちの言葉が主流だそうだ。わたしの周りの人は全員日本語ぺらぺらで歓迎されているのは嬉しい。でも、こっちの言葉もいつか覚えたいなと素直な喜びの色の見える言葉をそのまま受け取れなくて少し残念だった。




