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次の日の朝、目が覚めた。自分の家ではない場所でしばらく頭が働かなかった。ああ。落ち人として異世界に落ちてきたんだ、わたし。
落ちる前、あんなにここではないどこかへ飛ばされる日が来ると準備していたのに、実際飛ばされて?落とされてか、心も頭もついてきていない部分がある。
17歳になったのもそうだ。癌についてもまだわからない。
物を手に持つとなんでもかんでもいつでも『コピーアンドペーストしますか?』の表示が頭に浮かび続けるんだろうか。そうだとちょっと面倒かなとか考えたりもしていた。
今日は落ち人の記録を書いた記録が読みたい。自分のスキルの確認もしたいし、落ちてきて2日目少しやりたいことばかりで気が焦る。焦ってもどうしようもないのに。
目が覚めたら侍女を呼んで下さいとアーヴィンさんに言われていたので、ベッドの傍のベルを鳴らす。と、すぐに昨日の侍女さんが部屋に入ってきた。
着替えたショーツとブラにスーツの下に着込んでいたタンクトップとブラウスを洗いたいと申し出たら、即座に奪い取られてどこかに持っていかれてしまった。スーツはどうしよう。洗濯したら型が崩れそうだ。生活魔法の浄化を使ってみようか。悩んでいたら、すぐに侍女さんは戻ってこられて、「朝食は食堂かお部屋のどちらにいたしましょうか。」と尋ねられた。今は頭の整理もいるので、「部屋で食べたい。」と言うと、頷かれ、部屋からすぐに出てすぐに戻ってこられた。外にいる誰かに言付けられたのかもしれない。
その侍女さんと一緒に顔を洗い、楽な服が着たいと言うと、ワンピースが出てきた。割とゆったりとしたフリーサイズ系のものだ。へー。楽な服あったんだ。これは良いな。
スーツについて、生活魔法の浄化が使えるのか聞いてみたら、使えるそうだ。後で使ってみよう。
朝の着替えが終った頃に、朝食が届いた。え?和食?
ご飯に、お味噌汁に、焼き魚に、お漬物、梅干しまで??
「こ、これは和食ですか!」
「ハナ様、こちらでは日本食と呼んでおります。以前の落ち人様たちのご要望やお知恵を集約して作っております。落ち人様が初めてお越しになった場合は、しばらく間は日本食をご提供することとこちらでは決められております。お気に召されたでしょうか。」
少しにこりとされた侍女さんからの説明で、この国の落ち人の保護のレベルを知る。良いところに落ちたものだ。
「ありがとうございます。今日の気分にぴったりでとても嬉しいです。アーヴィンさんにも感謝を!」
侍女さんが頷いて給仕をしてくれる。お茶だけは紅茶だったが、旅館の朝食みたいでテンションがあがる。今ここどこにいるのか少し混乱しそうだ。
梅干しは少し梅ではない梅もどきだったし(味は梅だったけど、見かけが直径5センチほどあった。でかい)、お米は完璧な一等級のものではなかったけど、お漬物は白菜でちゃんとしたお漬物だったし、お味噌汁はちゃんと出汁も入っていた菜っ葉も味噌も日本の味がした。まぎれもなく日本食だった。ほっとするような朝食を食べた後、侍女さんに少し質問とお願いをする。
「ごちそうさまでした。どれもとても美味しかったです。いくつか質問したいのですが、まずお名前教えていただいて良いですか?」
上品な30代半ばぐらいの美人の侍女さんが、あら?というような顔をされた。
「ジョアンナと申します。ハナ様の専属として仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします。」
ジョアンナさんね。日本にいた時のわたしより少し年上という感じがする。優しそうで温かい頼れるお姉様という感じだ。
「ジョアンナさんね、よろしくお願いします。まずは、アーヴィンさんに教えてもらっていた落ち人の記録が読みたいです。あと、MPって寝たら復活するものですか?」
「落ち人様の記録紙はすぐにお持ちいたします。申し訳ございませんが、えむぴとは何でしょうか?」
不思議そうな顔で疑問を返される。え?MP通じないのか。そういえばステータスに記載されていなかったね。
「MPというのは、魔力というのでしょうか。魔法を使う力のことです。」
「ああ。魔力のことならわかります。魔力は寝ると復活します。お昼寝ぐらいの睡眠でも普通に起きているよりは回復します。数値ではわからないのですが、ほとんどの人は体感でわかるようになります。」
「限界まで使ったら、増えたりします?」
「こどものうちは増えるといいますが、20歳を超えた大人は固定されると考えられています。」
そうか、今、17歳と出ているなら、まだ増えるかもしれないんだ。
「ジョアンナさん、ありがとう。アーヴィンさんには、今日は一日落ち人の記録を読んだり、自分のスキルの使い方とか調べたいから、わかってから報告したいって伝えてもらえますか。」
「かしこまりました。」
朝食のトレイを持って、すっと部屋から出て行かれ、すぐに落ち人の記録簿が届けられた。手元に直近の60年前の2人、120年前の1人、180年前の2人の記録。合計5人分だ。
ざくっと流し読みをしてみると、60年前は南の公爵領に40代のプロ農家の人がスキルファーマーとして保護され、東の公爵領に80代のご老人が細工師のスキル持ちで保護。120年前が西の公爵領に70代の主婦がおばあちゃんの知恵袋というスキル名だったらしい。スキルの名前が面白い。180年前は北の公爵領で40代の医師の方で、スキルが錬金術師とあった。凄い、もう一人が東の公爵領の保護で、50代の保育園の保育士さんのスキルはなんと聖女だ。おお聖女って本当にあったスキルなんだな。
直近から読んでいくと、農家の人はこの国の農業の発展に大いに寄与したみたいで、小麦やお米の収穫量を増やしたり野生のサトウキビを見つけて栽培を始めたり、スキルファームで品種改良をしたりと農作物チートを実行したらしい。南の公爵領からは順に良い肥料や耕作方法や品種改良した種籾が広がってきているようだ。東のご老人は囲碁と将棋がお好きだったようで、細工師として囲碁と将棋を作り、それを文化として広げられたそうだ。リバーシはもっと古い時代の落ち人が伝授したらしい。今回の記録にはなかったけど、囲碁、将棋がリバーシと並ぶのではないかという記述があった。こっちはご高齢だったこともありほのぼのしていた。おばあちゃんの知恵袋という変わったスキルの女性は、主に保存食を中心に知恵を伝授したとある。今回の日本食の朝食の梅干しやお漬物や味噌はこの方の功績だった。
そして一番参考になったのは、錬金術師のスキルを得た医師の方だ。この方は180年前に落ちてこられたあと、医療についても手洗いうがいを周知し、石鹸や消毒液も作られたみたいだけど、最終エリクサーのレシピも発見し作成したとあるが、それよりも何より、落ち人の謎についてかなり追求されている。
この方も、末期癌だったようだ。医師なのに激務のせいで気がついたら遅かったというやつだったらしい。死にそうになった日は55歳だったのに、こっちに落ちてきた時は43歳だったとある。12歳若返っている。それについて、こっちの世界に落ちる時に、健康になるために体を再構築しているのではないかと推測されている。癌細胞が出来る前の体に戻っているというのではないかと。他の落ち人にも言えることだけど、みんな死にそうな瞬間に落ちたのではないかと書かれている。そして死ぬ前の健康体に戻っていると。死にそうになったことで、地球からの繋がりが薄くなって落ちやすくなったのではないかと。80代のご老人の記載を読み直すと老衰だったのではないかと思い返されている。落ちる前は89歳だったけど、こっちには86歳だったらしい。細工師としてご活躍されて92歳で、再度老衰で亡くなられたそうだけど、癌ではないのなら戻りも数年といったところなんだろうか。
保存食の主婦の方は肺炎、プロ農家の方は熱中症で亡くなりかけたらこっちに落ちてきたらしい。やはり死にかけの人が落ちているのは正解かもしれない。死にかけだから全体的に高齢の方が多いような気もする。ちなみに50代の聖女さんは、保育園で勤務されていたそうだけど、過労死っぽい。
わたしも末期癌で余命がわずかだったから、落ちてしまったんだろうか。
医師の方の記録に戻ると、この医師の方の見立てでは、落ちてきてから癌症状はなく、こっちの世界で82歳まで幸せに暮らしたとある。こちらの世界に落ちてくる60年に一度というのもすべて丙午だったと記載があり、代々丙午の年に死にかかった人が落ちてくるのではないかと推測までされていた。ああ。この人と話がしたかったな。180年前の人だけど、同年代を生きたような記述も多い。パソコンが欲しかったとか独り言が記録に残されていたりするもの。落ちてくる時空が歪んでいるのかな。北の公爵領で暮らされていたらしいから、そっちにいけば、もっと日記など残っているかもしれない、あれば読みたい。でも、昨日ホールで見た嫌な感じの人が今の北の公爵領の領主なら、行きたくないなとも思ってしまう。
それにしても、直近で聖女と医師の錬金術師、保存食作り、農業改革に囲碁将棋といった娯楽の提供は既に先代の落ち人さんたちによってある程度恩恵がこの国にもたらされている。
わたしに何ができるんだろうか。
そもそも、600年以上前、当初は落ち人の間のホールはなく、ただの東の公爵領の草むらに黒目黒髪の人が突如現れ、言葉も通じず奴隷にされたり、魔物に襲われたり、黒目黒髪と忌避されたりしていたそうだ。そのうち、頭の良い落ち人が、片言を覚え、意思疎通に努力したり、こっちの世界ではない凄いスキルを持った人が現れ、国に恩恵をもたらすことがわかりだすと、当時の領主に黒目黒髪の人は落ち人だと伝えられ、落ち人の言葉を覚え、王家も手を出し、他の公爵領も乗り出してきて、今の形になったという。
そう、4大公爵家と王家とそこで働く人は日本語が話せるし、領主クラスは読み書きも可能。だから記録が日本語で残っていて、わたしが読めるのだ。本当に凄い。歴代の方々ありがとうございます。
この国の落ち人保護対策も記載されていた。
1.落ち人様に無理強いをしてはいけない。
2.落ち人様を大事に特別に保護すること。
3.保護の当番は四大公爵家で交代に行うこと。その際、技術恩恵は秘匿してはならない。それらは王家に献上すること。ただし技術恩恵の伝授については領地を優先しても良い。
ここまで整備されてから落ちてきて本当に良かった。残り少ない命も健康にしてもらったし、ここで第二の人生を生きよう。
ジョアンナさんに、アーヴィンさんに、「医師の方の記録が他に手にはいれば教えて下さい。」と伝えてもらうことにした。
「ハナ様もマルミヤ医師様のファンですか?」
にっこりジョアンナさんが微笑む。ファン?そんな日本語も伝わっているんだ。
「ファンというのか、落ち人のことについていろいろ考察されているところが興味があって、追加で知りたいと思ったのです。」
「そうなんですね。マルミヤ医師様は石鹸を作り、手洗いうがいを推奨され、消毒液も作られ、エリクサーのレシピまで見つけられたのです!どれだけの子どもが助けられたのか。本当に素晴しい方だと思います。」
「優秀な方だったんでしょうね。わたしも何か残せないか頑張りたいところです。」
「あ、ハナ様、何か残していただくために落ち人様のお世話をしているんじゃないのです。落ち人様がご家族やお友達と離れてたったひとりぼっちでこの世界に辿り着かれることは皆知っています。お寂しいのを我慢して笑顔でいて下さるハナ様。わたしたちはずっとおそばにいます。」
ジョアンナさんにそっと抱きかかえられた?!「たったお1人になってしまったハナ様を、わたしたちがお守りします。だからただ好きに生きて下さい。」頭も撫でられてしまった!何年振り?いや人に頭を撫でられるなんて記憶にないや・・・。わたしって少し不憫だった?
どういう反応を返していいのか戸惑っていたら「ハナ様、大丈夫ですよ。マルミヤ医師様の件はご主人様にちゃんとお伝えしておきます。」と言うとすっと部屋から出ていかれた。




