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翌朝、ジョアンナさんに西の公爵領の記録を読みたいと頼んでみた。何がわたしにできるかわからないけど、縁があってここに来たのだから、協力できることはしたい。
物心ついてからずっと心の奥底にあった、ここではないどこかへ飛んでいってしまうようなふよふよした地に足が着かない、なんだか落ち着かないような感じが、ここに着いてから無くなっている。昨晩は心の中で自分の気持ち的に日本にお別れが出来た。ここがわたしの終着点なんだと覚悟が決まっていく感じがしている。
西の公爵領の記録はアーヴィンさんが直接説明したいということだったので、執務室まで足を運んだ。執務室ではオリバーさんとブライトさんがパソコンに集中されていた。まだまだパソコンを手にして1週間も経っていない楽しい時期だと思う。
アーヴィンさんから聞いた西の公爵領は、この国の中心王都から西の方角にあり、やや西南に広がっている細長い領地で王都に一番近いところに領都が1個あり、後は少し小さな町が2個、村が4つ、1個の村は海沿いにあるらしい。気候も温暖ということだったけど、海もあり、農地も広くあり、飢えるほどではないけど、これっといった特産物はなく、落ち人は120年前のおばあちゃんの知恵袋のスキル持ちの主婦が直近で、保存食をメインに伝授されたのが唯一の特産品ともいえる。梅干しもどきやお漬物、味噌にラッキョ、切り干し大根、干し柿などあるという。結構あるよね。売り方によっては特産物になるだろうけど、当の落ち人のおばあちゃんがのんびりされていて、保存食は自分の分を少しだけ作っていたそうだ。76歳の時に肺炎になり、死にかけたところ、肺炎になる前の健康な体に再構築されて75歳になって落ちて来られて、83歳で亡くなられるまで、日本にいた時と同じ生活を望まれたらしい。
日本食が食べたい。ゆったりした服でいたい。静かな家で家庭菜園しながらのんびり暮らしたい。これがおばあちゃんの希望だったらしい。今はやりの異世界スローライフを実現されたのね。
保存食については、レシピも現物も残していただけたので、おばあちゃんの自給自足の生活を陰ながらフォローして、お手伝いさんとして見守りもしていたそうだ。
わたしがこっちに来た当初、日本食が出たり、楽なワンピースだったりしたのも、おばあちゃんのお陰だったのか。120年前の記録なのに、本当に有難い。わたしも次に落ちてくる落ち人のためにも、良い環境を作っておきたい。
アーヴィンさんが今、パソコンでどんどんお酒造りを勉強しているのも、特産物を作るためだという。こちらにあるお酒は、エールとワイン、これ以外はないのだそうだ。酒精の強い、日本酒、焼酎、ウイスキー、ブランデー、ジンやラムなど、通販サイトでいろんなお酒を買っているようで、一番この地に合うものを探しているという。執務室の後ろの棚にずらりと並ぶ酒瓶がここはバーではないかと思ったりするぐらいだけど、基本アーヴィンさんは真面目なんだろうと思う。どれも飲み干したりするほど飲んではいないみたいだ。
でもお酒好きなんだろうな。あらゆる種類のものが増えている。わたしも日本で好きだった銘柄を教えておいた、これだけは飲んで欲しいというものは渡しておいた。こっちの国は18歳になれば大人でちゃんとしたお酒が堂々と飲めるようになる。
わたしの体は今17歳だから来年が楽しみだ。
マルミヤ医師が、水を飲むなら沸かして飲みなさい!と言ってくれる前は、小さな子どももエールを飲んだり、薄めたワインを飲んだりしていたそうだ。庶民は水をそのまま飲んでお腹を壊すことも多かったと聞いた。
沸かした水のお陰で随分お腹を壊す子が減ったときいた。公爵領内では周知され実行されるようになったけど、公爵領外では、やっぱりエールも薄めたワインも沸かした水も飲めない子がいると聞く。小さな国だけど一気には難しいらしい。薪や魔石を買うのもお金がいるしね。
オリバーさんは農作物の収穫の増加を勉強しているそうだ。60年前の落ち人のファーマーのスキルの農家の人の品種改良された種籾は保護された領地優先ということで南の公爵家の領地分を賄う分の余剰分だけが、他の地域に売られているそうだ。耕作方法や肥料の知識は秘匿されず公開されているので、昔よりは全体的にましにはなっているらしい。通販サイトで種や苗を取り寄せたり、腐葉土や鶏糞や貝殻で出来る肥料も南の公爵領から文字としてざっくりしかなかったものの資料を探してより広く研究しているという、裏庭で実験農地を作り出したらしい。まずは主食の小麦とお米から手をつけるらしいけど、種を買うのが面白いのでついついいろいろ買ってしまうのだと苦笑されていた。成長促進の魔法あるもんね。「植えれば植えるほど実るのが面白くてついつい夢中になってしまうのです。領地の町や村でも実験していきたいですね。」と笑っておられた。
ブライトさんは、音楽が中心のミュージカル等が再現できないかと思案しているそうだ。楽譜や楽器を買って、自分でも再現しているとのこと。奥さんのユリアーナさんも音楽大好きらしくて、「2人で寝る前にパソコンで音楽を流しながら構想を話している時がとても楽しいです。」と答えてくれた。箱モノの少女歌劇団とか出現する日も近いのか?ちょっと楽しみだな。
公爵領の特産を考えていくと、公爵領は魔物が結構出るというが、お肉や皮や魔石が取れるので、生活のため有難いそうだ。ただし、強い魔物もいるので、体を鍛えないといけない。魔物は魔素の多い場所、森やダンジョンで発生しているそうだ。公爵領の南側は深い森で、西側に小さなダンジョンがある。ダンジョンから魔物が溢れたりすることもあるらしくて、
魔物退治のための騎士団や兵は許可されているそうだ。
小さな魔物は庶民も狩って良くて、スライムは子どもでも退治できる。それに、こっちの世界はレベルがある。レベル1の場合、スライムを10匹ぐらい倒せば天の声が聞こえ、レベルがあがるそうだ。レベルがあがれば力も増える。生き延びる手段が増えることから、親や大人のもと、子ども達も格下の魔物狩りをしてレベルを上げるそうだ。アーヴィンさんもオリバーさんもブライトさんもゼブランさんも、もちろんレベル上げをされていて、現在レベル20ぐらいと結構お強いらしい。女性陣はレベル5ぐらいだけど、護衛の方々はレベル30前後、騎士団の団長クラスだとレベル40に届くらしい。ゼブランさんもレベル40を目指しているという。今はアーヴィンさんたちより少し下の16ぐらいだそうだ。人が強くなって、魔物からはお肉や皮や魔石が得られる。魔物はこっちの世界の脅威ではあるけど、食料でもあるんだよね。魔素がある限り根絶やしにできないこと。魔素は魔力の素だからこの地にいる限り無くならない。この環境に付き合っていくしかないんだよね。
わたしはまだ魔物の脅威はわからない。だから、異世界あるあるの、スライム狩りにいつか行ってみたいなと思っている。
後、砂糖が作れたらいろいろなスィーツが作れる。南の公爵領でプロ農家の方が野生のサトウキビを栽培して砂糖はある程度販売されているらしいけど、まだ南の公爵領でしか栽培されていないから、お高い。サトウキビの苗は南の公爵領優先が続いているらしい。オリバーさんの実験農地でサトウキビを西の公爵領の南側で作れるように試してもらおうかな。わたしがいる間は通販アプリで砂糖を大量に買って厨房の料理人さんに預けたい。南の公爵領と問題にならない程度にセーブした方がいいのだろうか。少しならいいだろう。スイーツのレシピ本を大量に買って厨房休憩室に備え付けたい。
まずはプリンを作りに厨房に遊びに行こう。
ただ、わたしは一人暮らしが長かったから料理は一通りできるけど、お菓子はクッキーとプリンぐらいしか作ったことがないんだよね。
やはりスーツのレシピ本と砂糖の差し入れだよね。そおっと、こっそり?いやアーヴィンさんに許可してもらって堂々と。後でお願いしておこう。
ちなみに作ったプリンは絶賛された!プリン美味しいものね。
こっちの世界の料理は、薄味の豆のスープに少し固いパンとソーセージが多い。ポトフみたいなのもある。時々卵料理や魔物のお肉のステーキが出たりする。
毎日、日本食を提供してもらうのも悪いから最近はこっちの料理を一緒に食べている。味がちょっと薄いんだよねー。
素材は悪くないけど。野菜が少ないような気がするので、「ジャガイモやトウモロコシ、トマトやなすにキュウリを育てるのはどうですか?」と聞くと庶民はジャガイモもトウモロコシも食べているそうだ。トマトとなすとキュウリは見たことないそうだ。うーん。お貴族様もジャガイモ料理食べようよ。美味しいよ。
後はオリバーさんの実験農場にトマトとなすとキュウリを植えにいこう。
料理人にスイーツだけじゃなくて普通の美味しい料理の本を提供してみよう。
海といえば、海産物だけど、保冷の設備があまりなく干したものが多いらしい、領都まで生の海産物は出回っていないようだ。わたしが朝食で食べた焼き魚は魔法袋に入れてられて、運ばれた貴重なものらしい。魚は海沿いの村以外の人はあまり食べないらしい。勿体ない。塩も海からは取っていないという。まぁ塩は岩塩が多くて、西の公爵領でも取れるらしいので後回しにしているらしい。海産物。海まで馬車で2日ぐらいなので物凄く遠いわけではない。でも、今のわたしは一人で海辺まで行けない。まだまだ手が回らないところ。考えるだけ考えておこう。あー考えることが多すぎる!スイーツも料理も海鮮も無理のないところで話を進めたいな。んー。いい方法ないかな。あ。
「いつか領地の町や村にも行ってみたいです。」
「ええ、では、わたしが収穫祭の時にすべての町と村を回る時に一緒に行ってみませんか。」
「いいんですか。是非お願いします!」
やった!領地の町や村で美味しい物があるかもしれないし、いろいろヒントもあるかもしれない。スイーツに料理に海鮮だ!
「領地の皆も落ち人様の噂を聞いてお会いしたいと思っているはずなので歓迎されますよ。」
いや、歓迎されるのは恥ずかしいからこそっと見に行きたいんだけど、仕方ないか。収穫祭の季節までに各町と村についてもう少し勉強しよう。事前準備大事!備えあれば憂いなしだよ。




