第5章 『 結婚 』(1)
正直に言うと、美しい女性――つまり、僕の妻になるはずだった人――が現れてからというもの、状況は悪化の一途をたどっていた。
麗華――確かそんな名前だったと思う――は、長いあいだ黙ったままだった。
その顔には笑みひとつなく、むしろ唇が複雑にゆがんでいた。
だが、目だけは相変わらず冷たかった。
嫌悪や不快感というより、どこか困惑と疲労の色があった。
まるで頭から冷水を浴びせられたように。
まるで、目の前の相手があまりに若すぎて、現実を受け入れられないとでもいうように。
とにかく、お互いにとってあまりにも気まずい時間だった。
もう気づいている人もいるだろうが、僕はずっと麗華を見つめていた。
こんなに長く人の目を見るのは、これが初めてだった。
彼女の顔は……なんと言えばいいのだろう。魅惑的? 美しい? それとも苛立たしい?
いや、どれも違う。
ただ一つ確かなのは、目を逸らす方が怖かったということだ。
その顔立ちは、決して若い娘のものではなく、成熟した大人の女性そのものだった。
だが、そのわずかな見惚れの時間も終わりを告げた。
麗華が額に手を当て、こう呟いたのだ。
「はあ……お母さん、いったい何を考えてたのよ……」
その冷たい声に我を取り戻し、火に触れた手を引くように、慌てて視線をそらした。
――な、なんでこんなに見つめてたんだ、僕!?
どんな顔をしていたのか分からないが、少なくとも耳が熱くなっているのは確かだった。
額に手を当てたまま、麗華はヒールの先で床を小刻みに叩き、舌で「チッ」と音を立てた。
その瞬間、部屋中の視線が一斉にこちらへ向かうのを感じ、背筋がぞくりとした。
――な、何か言った方がいいのか? でも、何を?
麗華は気にする様子もなく、僕だけが息苦しくなっていく。
それでも、何か言わなければと思った。たとえどもっても。
「っあ……えっと、その……」
しかし、僕の言葉を遮るように、麗華が口を開いた。
「ごめんなさい。……はあ、こんなの、どう考えてもおかしいわ。間違ってる。」
僕は怯えた小動物みたいに固まった。
とはいえ、彼女の言うことには何一つ反論できなかった。
政略結婚であることを抜きにしても、年齢差はあまりに大きかった。
彼女の年齢は分からないが、二十七か三十くらいだろう。
僕はまだ十六。
つまり、年の差は少なく見積もっても十一歳、多ければ十四歳。
想像できるだろうか? 十四歳の差だ。
彼女が高校生だったころ、僕はまだこの世にいなかった。
それを「正しい」と言い切れる人間がいるなら、その頭の中を疑う。
いや、そもそも金のために政略結婚を受け入れた時点で、まともじゃないのかもしれない。
結局のところ――僕もまた、偽善者の一人にすぎない。




