表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/30

第2章 『恐れ』(2)

「僕……どうして……僕なんだ。」

「そんなのどうでもいいだろ。向こうが望んだ。それだけだ。」


優一が僕の肩を掴んだ。


「海斗、こっちとしても悪い話じゃない。断れば、本家に話が行ってたかもしれない。黒田の方がしつこかったんだ。分かるか?」

「で、でも……僕、まだ十六で……。」


――そうだ。政府がなんとかしてくれるかもしれない。

けれど、優一は首を振った。


「この国じゃ、親の同意があれば十六で結婚できる。法律的には問題ない。」


馬鹿げている。

未成年を守るための制度じゃないのか。

どうしてこんな理不尽がまかり通るんだ。

心の中で、何度も毒づいた。


「海斗、見ろ。」


優一が僕の頬を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「向こうは了承した。しかも、すぐに式を挙げたいって言ってきた。……明日だ。」

「……明日?」

「理由は分からんし、知りたくもない。だが、条件はそれだけだった。両家にとって悪い話じゃない。」


僕は頭を振った。もう理解の限界だった。

額に汗が滲み、目が泳ぐ。

優一は深く息を吐いた。


「そんなに嫌か? 何をそこまで恐れてるんだ?」


すぐには答えられなかった。

僕には、いくつもの“恐れ”があった。


一つ目は――失敗。

期待を裏切り、家の恥になること。想像するだけで胃が痛くなった。


二つ目は――知らない人と暮らすこと。

一見、夢のように思う人もいるかもしれない。けれど現実は違う。性格も過去も知らない相手。優しい人か、恐ろしい人かも分からない。

中には、結婚してすぐ他の男と関係を持つ者もいたという。

昔、本家の誰かがテレビ業界の女性と結婚したが、彼女は式の日にカメラマンと二人関係を持った――そんな噂さえあった。

だが、その男は何も言えず、黙って受け入れるしかなかった。


それがこの世界の掟だ。政略結婚に“離婚”など存在しない。

つまり、三つ目の恐れ――結婚が永遠に続くということ。

もし相手が僕を嫌っていたら? もし僕が嫌悪の対象だったら?

ある女は、結婚初日に夫を十メートル以内に近づけなかったという。

吐き気を催して、夫の目の前で嘔吐し、「これを浴びせられたくなければ見るな」と言い放ったらしい。


そして最後の恐れ。

それは、僕自身の問題――人が怖いということ。

話すことも、反論することもできない。

何より、兄の目すらまともに見られない僕が、どうやって知らない人と暮らせるというのか。

金持ちの女の中には、鬼より怖い人間だっている。


「海斗、本当にやるんだな?」


優一の手が頬を強く掴む。顎が痛い。


「絶対に失敗するな。約束しろ。」


目を細めた瞬間、彼の瞳の中に“光”というものがなかった。

――やっぱり、僕は人の顔を見るのが怖い。

だから、静かに頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ