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第14章 『 ひと休みしよう 』 (2)

前回と違う、いつものオフィススーツではない服装の麗華を見て気まずい思いをした後、彼女は僕をソファに座らせた。


「お腹空いてるでしょ。何か頼むね。ごめんね、起こさないことにしたの。休んでた方がいいと思ったから。学校に支障は出ない?」


「い、いいえ……もうその件は……片づけました」


彼女の声にはわずかな罪悪感が混じっていたので、僕は慌てて釈明した。麗華はまばたきして、驚いたように微笑みを浮かべた。


「じゃ、何にするか探そうか」


彼女はスマートフォンを取り出して文字を打ち始めた。


「何か食べたいものある?」


正直に言うと、彼女との接し方に悩んでいた。もっと堂々と話すべきか、自由に話しかけるべきか、それとも言葉に気をつけ続けるべきか。麗華がそれを口に出さなくても、どこか距離を感じた。冷たいわけではないが、親しげな響きが欠けている。うまく説明できないが、常に敬意を払う口調で、近づこうとする気配や打ち解けようとする素振りが見えないのだ。


僕が長いこと考え込んでいたのに気づいたのか、麗華は好奇そうにこちらを見ていた。僕は急いで答えた。


「何でも……大丈夫です」


「本当に?」


彼女は眉を上げた。


僕は頷いた。あまりわがままに見えたくなかっただけだ。麗華は肩をすくめた。


「まだ無理かな。カツ丼でいい?」


また頷いた。


注文を済ませると、彼女は片手で扇ぐように手を動かした。運動でもしていたのだろうか。それにしても、僕が学校を休んだように、麗華も仕事を休んでいるのが不思議だった。汗が滲んでいて、僕は落ち着かなかった。


僕は庭に出た。少し空気を吸いたかったのもあるが、優一にメッセージを送らなければならなかったからだ。


家を追い出されたあの日、荷物を詰める暇すらなかった。翌日の制服と替えの服一着だけで、他には何も持っていなかった。長く出ているつもりはなかったが、この服の少なさは問題だった。


そして、臨時の使いっ走り――つまり優一に頼めばいいと思った。復讐のつもりで頼んでやるのだ。そんな風に怒っている自分は、本当に子どもの駄々に見えていたと認めざるを得ない。


メッセージを送った後、好奇心と小心者特有の慎重さで、僕は横の車庫へ向かった。見たいものがあったからだ。美しいものを眺めたかった――麗華の車。


昨晩が初めての対面だった。「ただの車だろ」と思われるかもしれない。でも、ただの車ではなかった。家が一軒買えるほどの値段がするような車の一台だった。


全身真っ黒のスポーツカー――若い男なら誰でも見惚れるだろう。幅広の低扁平タイヤは急なコーナーで路面に吸い付くようで、ガレージの光にホイールが鈍く光っている。流線的で攻撃的なラインのボディ、さりげないリアスポイラー。要するに、端的に言って美しかった。もちろん触るつもりはなかった。指紋一つ付けるのが怖かったのだ。


車庫にはもう一台、普通のワンボックスがあったが、そちらは父の車と似ていて興味が続かなかった。目を奪うのはあの黒いスポーツカーだけだった。


                *********


車庫から僕を引き戻したのはチャイムの音だった。塀の隙間から顔を出すと、配達員が麗華の注文した料理を抱えて立っていた。


「よし、海斗、臆病者はやめろ」


普段、僕は見知らぬ人に自分から話しかけたりしない。配達員に対しても同じだ。それが僕の性分だった。だが麗華がなかなか出てこないので、仕方なく受け取ることにした。


「黒田麗華さん宛てです」


頷き、僕は無理に口を開いた。


「え、あ、ここです」


配達員の目はまともに見られず、箱だけを見つめた。


「ご注文のお品です」


僕はスマホで送金しようとした。ついにできた。自分を少し褒めてやりたかった。こんなに臆病な自分でも、小さな勇気を出せたのだ。勇気の価値を理解する者だけが、このささやかな達成感を分かってくれるだろう。恥ずかしいと思う人は思えばいい。


その時、麗華が現れた。髪は濡れていて、入浴したばかりのようだった。朝とは違い、服は少しゆったりしたものに替わっており、それでも彼女の自然な美しさは損なわれていなかった。僕は箱を差し出した。


「払ったの?」


実は払うこと自体は問題ではなかった。無限の貯金があるわけではないけれど、僕を家に置いてくれているのだから当然だと思っていた。


「じゃあ振り込むよ」


「いいえ……」と言いかけたとき、麗華は手で制した。


「僕がおごる。払わせない」


僕はしばらく彼女を説き伏せようと無駄に格闘した。麗華は頑固で、僕は説得が下手だった。結果、時間がかかりすぎて料理が冷めてしまった。


麗華と一緒に食べるのは決して居心地が悪いというほどではなかった。彼女は沈黙の多いタイプだ。だが、会話を始めたいという気持ちは確かにあった。何を話せばいいのか分からなかっただけだ。


知りたいことはいくつかあったが、どれも個人的すぎて場の雰囲気を壊しかねない。例えば――


「この結婚は黒田家にとってどんなメリットがあるのか」

「親は僕に変なことを頼んでないか」

「本当にここにいていいのか」

「本当に娘さんがいるのか」


僕が見すぎていたのかもしれない。麗華が尋ねた。


「海斗さん、何かあるの?」


その声は嫌味ではなく、むしろ純粋な好奇心に満ちていた。聞くべきだろうか。正しいだろうか。沈黙を埋めるため、僕は最悪の選択をしてしまった。


「……麗華さん、ひ、失礼な質問してもいいですか……ちょっと……」


麗華はあっさり頷いた。まるでこうした質問を待っていたかのように。しかし僕の次の言葉で彼女は耳を疑ったようだった。


「麗華さん、あ、あの……誰かを――愛している人はいますか?」


主な質問はあまりに踏み込んだものだと悟った僕は、会話を軽くするために別の話題に変えようとしたのだが、経験不足のためにうまくいかなかったのだ。


麗華は答えをためらい、その表情は困惑から怒り、そしてすぐに憂鬱へと変わった。待ってくれ、本当にそうなのか。もし「いる」と答えられたら、僕はどう反応すればいいかわからなかった。結論として、もし彼女に好きな人がいるなら、僕はここを去るつもりだった。家族のことさえどうでもよくなるほど、その種のややこしさには関与したくなかったのだ。


彼女はポケットに手を伸ばす素振りをしたが、入浴後の服にはポケットがなく、舌打ちのように呟いた。


「しまった、タバコが」


ため息をついた。


「どうしてそんなことを聞くの?」


「えっと……」


僕はとっさに不器用な言い訳を作った。


「もしそうなら、恋人みたいな立場になるってことだと思って。変だと思って」


それだけだ、と小声で付け加えた。麗華の顔に後悔の色が走った。彼女は眉間を押さえ、頭が痛むように見えた。そして何か結論に達したかのように、ひとり笑った。


「いいえ、誰も愛していないわ」


彼女は断固として、今まで僕が見た中で最も真剣な表情で首を振った。


「今、特に気持ちがある男性もいない」


僕は肩の荷が下りるのを感じ、謝ろうとした。


「ぼ、僕……あの、聞くべきじゃなかった……!」


「あなたにそういう人はいるの? もしそうなら、僕のことは気にしないで……」


彼女は途中で言葉を切った。


「いいえ……特に誰かに興味があるというわけではない」


麗華は頷き、彼女自身も安堵のような表情を見せた。何か罪の意識が少し消えたのだろうか。会話は危険な領域に入りかけていた。僕にはこういう場面の経験が乏しく、何とかその場を切り抜けたかった。


「麗華さん……」


「何?」


「何か他に欲しいものはない?例えば食べ物とか、買ってくるよ」


彼女は笑った。


「僕の方が言うべきよ」


どことなく、緊張はほぐれたように見えた。それでも、さっきの会話のもやもやが胃のあたりに残ったままだった。


こうして僕の休日は終わった。安らげるかと思った矢先に、兄の悪魔がやってきて週末を台無しにしに来た。あまり嬉しくない話なので、手短に済ませる。


                *********


頼んだ通り、優一は僕の学校欠席をでっち上げてくれた。彼の作った言い訳は僕が急に病気になったというものだった。夜のうちに急変して母が慌てて病院へ運んだ――という筋書きだ。家族は僕を心配して一刻も離れず、朝一で学校に連絡する余裕もなかった、という設定になっていた。


最悪だったのは、実在の医師の署名入りの診断書まで用意していたことだ。内容は――真夜中に裸でプールに飛び込み、裸のまま庭を走って見えないホタルを追いかけていたために低体温症になった、というものだった。しかも最後に「精神状態の悪化に注意」といった医学的所見まで付いていた。


くそったれ!


その診断書を院長に直接渡し、欠席した授業の先生方にもコピーを配る羽目になった。なんて野郎だ、優一!いったい誰に金を渡してあんな診断書に署名させたのか。病院の印鑑まで押されている。国が腐っているとしか思えない。


絶対に許さない、優一。お前にはこの借りを返してやる。

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