第12章 『 もう一度、やり直そう』 (1)
深く息をついて、今夜泊まる場所を探して歩き回る覚悟を決めた。幸い、お金なら少しはあったから、選択肢がまったくないわけではない。ただ、経験のなさと、人に話しかけるときの生来の臆病さが、怒りを行動に変えるのを邪魔していた。
最初に思いついたのはネットカフェだった。手頃な料金で時間を潰せる場所。昔、家出した人がよく駆け込む場所だと、どこかで読んだことがある。
本当に家出するつもりなのか、と問われれば、正直、僕にも分からなかった。ただ、頭の中は怒りでいっぱいで、まともに考えられる状態じゃなかった。思春期の少年なんて、そんなものだ。混乱して、結局ろくでもない決断を下す。
スマートフォンで検索して、最寄りの店を見つけた。けれど、時刻はすでに午後三時近く。暑さに体がだるく、眠気も酷い。朝から何も食べていなかったこともあって、力が抜ける。仕方なく、途中の公園で見つけたベンチに腰を下ろした。ちょうど木々の枝が覆いかぶさっていて、木陰が心地よかった。
行く場所は決めたのだから、急ぐ必要もない。体の重みをベンチに預け、風に揺れる枝葉をぼんやり眺めているうちに、まぶたが自然と重くなっていった。
だが、目を閉じるたびに、優一とお母さん、そして麗華の顔が次々と浮かんでくる。眠気を振り払おうと、鞄の中に残っていた飴を一つ口に放り込んだ。
少しして、一人の少女が大きな袋を抱えて通りかかった。その袋からパンが一つ、ビニールに包まれたまま落ちた。彼女は一瞬だけそれを見つめ、無造作に蹴り飛ばすと、そのまま立ち去った。
僕は動かなかった。
次に通りかかったのは犬を連れた婦人で、犬が落ちたパンに飛びついた。婦人は犬を叱り、抱き上げてそのまま歩き去る。
続いてやって来たのは恋人同士。二人は互いに夢中で、僕の存在など目にも入らない。木立の陰に消えていく彼らを、僕はただ無表情に見送った。
やがて、娘のリュックを背負った母親と、孫に買い物籠を持たせた老人が通り過ぎる。皆、僕の前を通っていくが、誰もこちらを見ようとしない。僕もまた、彼らとは無縁の存在だった。もし「世界なんてどうでもいい」と言えば、それは嘘になる。正しくは――世界の方が、僕をどうでもいいと思っていたのだ。
……ただ、一人の女性だけが違った。地面に落ちていたパンを拾い上げ、僕に向かって言った。
「ちょっと! 自分のゴミは自分で拾いなさい!」
――ああ、少なくとも叱られる程度には、世界に認識されているらしい。
なんて、くだらない一日だろう。
気がつけば、街灯が灯り始めていた。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。顔を上げると、目の前に立っていたのは――麗華だった。
彼女は少し疲れたような表情で、顔色もどこか青白い。何かを言っているように唇が動いたが、僕にはそれを聞き取れなかった。夢の中でも、彼女はやはり美しかった。
だから、思わず微笑んでしまった。こんな馬鹿げた一日の終わりに、見知った顔を見られただけで、それが妙に嬉しかったのだ。




