第7章 『 罪 』(2)
海斗の視点
正直に言って、これは最悪の状況だと思う。
優一に半ば強引に家まで連れて行かれ、必要最低限の荷物だけをまとめている僕が、まるで捨てられる寸前の犬のように感じられた。
本当に必要だと思うものだけを手に取った。どうせ、一晩だけのことだと思っていたから。
それにしても……この家は、とにかく広かった。
道中で優一から聞いた話では、麗華は一人暮らしらしい。それなのに、どうしてこんなに大きな家に?
そう考えても気分が晴れるわけもなく、むしろ気持ちは沈んでいく一方だった。
知らない人の家に泊まらなければならないという事実が、何よりも重くのしかかっていた。
気まずいに決まってる。
彼女はどう思っているんだろう。どんな反応をするだろう。
そんなことを考えるだけで、胃がきりきりと痛んだ。いや、正確には痛みというより、変な音が鳴っている。空腹ではない。完全にストレスのせいだ。
「落ち着けよ、海斗。言っただろ? 一晩だけだって」
優一の言葉に、混乱した頭のままうなずいた。
でも、何をどう言えばいいんだ?
そもそも麗華に、僕が来ることをちゃんと伝えてあるのか?
もし知らされていなかったら、どうすれば……?
「なんで出ないんだ? お母さんの話だと、今は家にいるはずなのに。チッ、もう一回鳴らすか」
優一がインターホンに指を伸ばしたその瞬間、ようやく扉が開いた。
「お待たせしました。少し、大事な電話をしていまして」
門の向こうに麗華が現れた瞬間、体が固まった。
いつものように見えたけれど、どこか顔色が悪いような気がした。
……くそ、なんでこんなに見つめてしまうんだ。やめろよ、僕。麗華、ごめん、でも目が離せない。
「こちらこそ、突然押しかけてすみません」
優一が頭を下げ、僕も慌ててそれに続いた。
「す、すみません……ご迷惑を」
「いえ、その……どうぞ、中へ」
麗華の声には、明らかな戸惑いがあった。
分かってた。これは絶対に、いい考えなんかじゃない。
思い出せ、なんで僕は来るって言ってしまった?
ああ、そうだ。あのとき、勇気を出して“行きたくない”って言えなかったからだ。
自分自身への嫌悪が静かに膨らんでいく。
自分の弱さが、心の奥で重くのしかかってきた。
僕が悪いんだ。
最初にうなずいてしまった僕が。
こんなにも臆病な僕が。
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麗華の視点
胸の奥に、どうしようもない罪悪感が広がっていた。
この状況を作り出したのは、他でもない私だ。
だけど、正直に言うと、どう受け止めればいいのかわからない。
……なんて情けない大人になってしまったんだろう。
目の前の海斗が、はっきりとこの状況に反発しているのは見て取れた。
その唇がかすかに動いて、「こんなの嫌だ」と呟いた気がした。
ごめんなさい。私も、嫌よ。
はあ……私は一体、何をしてしまったの?
きっとこの新しい生活は、私のせいで、二人にとって耐えがたいほど気まずいものになる。
衝動に任せて感情のままに動いた、その報いを、今まさに受けている。




