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第7章 『 罪 』(1)

麗華の視点


今日はいつもより早く目が覚めた。

理由はわからないが、生まれてからずっと付きまとう、あの説明のつかない空虚感が、今日はいつもより強く私を支配していたからだ。


それでも、日中は自分を律した。背筋を伸ばし、表情を変えず、常に完璧な姿を演じようとした。


だけど、私は完璧なんかじゃない。いい人にだって、到底なれない。


夜も更けて、ようやく帰宅した。

あの日一日のすべてを忘れたいという欲が、胸の奥で渦巻いていた。結婚なんて、最初からなかったことにしたい。


どうにかこうにか重い身体を引きずって居間へ向かい、ハイヒールを脱ぎ捨ててソファに沈み込んだ。無意識に火を灯し、一本のタバコをくわえる。


「禁煙するはずだったのに、ははっ……」


煙を肺に満たし、口の中に溜めながら、私の手の中で転がる婚約指輪をぼんやりと見つめた。ゆっくりと息を吐いたけれど、気持ちはまったく落ち着かなかった。


苦しさが声に滲んで出た。

「台無しにした。こんなはずじゃなかった……」


言っていたのは結婚のこと。だけど、責められるなら私以外に誰がいるというのか。


「すべて、私が始めたことなんだから……」


その瞬間の怒りに目がくらみ、母の“結婚しろ”という執拗な圧に折れてしまったのだ。

今、私は自分の選択の報いを受けている。


頭痛なんて本当はないのに、こめかみを押さえながら、ソファ脇のテーブルに肘をつく。

指輪をテーブルの上にそっと置いて、しばらく見つめた。やがて後悔しか残らなかった。


「一体、何をしてしまったのだろう……」


前日の夜、私は母に言った。「わかった、結婚する。でも条件がある。式は明日にしてほしい」と。


そのときは冷静な判断などできていなかった。

怒りに押し潰されそうで、母ではなく、別の誰かへ向けられた感情だった。


その感情が少し和らいでから、私は気づいた。——あれを言うべきじゃなかった、と。


結局、大人の犯す過ちは取り返しがつかない。


「それに、あの少年は大丈夫なのだろうか……」


日中、私は自分に嘘をつきながら、「結婚だって、そんなに悪くないかも」と言い聞かせようとした。


朝になって初めて知ったのは、両親が無理な私の願いを叶えてくれていたということ。


昼には、私が嫁ぐ相手の家が藤村家だと知った。


そして、祭壇の前に立って初めて、未来の夫があまりにも年若い人間だと気づいた。


その事実が、私を最も深く苦しめた。


私のせいで、彼はまだ十七にも満たないかもしれない年齢で、結婚を強いられた。そんなこと、許されない。正しくない。


正直に言えば、どう対処すればいいのかわからなかった。


私はソファに身をずらし、天井を眺めながら、自分に問いかけた。


「私はただ、自分の人生を壊しただけじゃない。誰かを巻き込んでしまった。私たちを、こんな問題に引きずりこんでしまったんだ……」


長い間、声を失って横たわっていた。

やがて、スマホが震え、私を現実へ引き戻した。


画面には母の名前。


最初は出るかどうか迷った。いったい何の用だろう?


でも母はしつこい人だ。三回の不在着信を見て、私は諦めて電話を取った。


「麗華、やっと出たわね!」


すぐに口を開けなかった。タバコを消す時間を稼ぎ、言い訳を考える。


「ごめん、マナーモードにしてて。何かあった?」


「何か、だなんて! あなた、どうして急に消えたの? 一瞬見ないでいたら、いなくなってたじゃない!」


眉をひそめる。私なりに、藤村家とはそれなりに別れの挨拶を交わしたつもりだった。


逃げたなんて、誰にも言われたくなかった。挨拶もろくにできなかった相手は、海斗とその兄だけだ。


「かあちゃん、どうしたの? 明日も仕事なんだけど、何か用?」


「あなた、もう三十歳でしょ? でも相変わらず衝動的ね」


ちなみに、私は三十歳じゃなくて二十九歳。全然違う。


そんなことが気になって、私は母に早く本題に入るよう強く促した。


「でね、息子婿がもうすぐあなたのところへ行くわ。これから一緒に暮らしなさいって話になったの」


「な、何それ……?」


凍りついた。震える声で問いかけた。聞き間違いだと願いながら。


「かあちゃん、今の、意味わからないよ。誰と暮らせっていうの?」


「もちろん、愛すべき海斗とよ」


「“愛すべき”? いや、いや、いや。何言ってるの?」


「あなたの義母と私で話したの。結論は出たのよ。結婚したんだから、同居するのが当然って。もう一時間以上経ってるし、もう向かってるかもしれないわ」


私はソファから飛び起きた。喜びじゃない、苦悶からだ。


「待って、そんなの、絶対ありえない。なんで?」


「なぜって……結婚したんだから」


頭を抱えるしかなかった。


ああ、間違いなく、あの少年も私自身も、とんでもない問題の中に引きずり込んでしまったのだ。


考えろ、麗華、解決しなきゃ。


「かあちゃん、聞いて。私、こうしたいんだけど……」


しかし、その声を遮るように、玄関のチャイムが鳴った。


——最悪の瞬間が、訪れた。

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