クリスマスを楽しもう
毎年クリスマスには、どちらも恋人がいない限りは一緒に贅沢をしよう。そんな約束を私は美波としていた。
「今年のクリスマス土日かぶってるし、伊豆の高級ホテルで一泊するのはどう?この全室オーシャンビューの客室露天がある場所」
「めっちゃいいね!今年も優莉と過ごすのはだいぶ切ないけどね」
「間違いない。来年こそ会うの辞めようほんと。まだ空室あるから予約取っちゃうね」
「ありがとー!」
年末に近づくにつれ、仕事は慌ただしさを増す。連日の残業を終えて迎えた24日、私たちはターミナル駅で合流し、有料特急に揺られて伊豆へと南下していった。真冬の海に太陽が反射しキラキラと輝くのを見るのが堪らなく好きだ。
到着したのは「マラン・ド・ヴィラージュ伊豆」。ホテルの周囲には小さなショッピングモールやカフェも併設され、まるで外国のリゾート地のような雰囲気を漂わせている。
「ここだー!すごーい!綺麗!!」
「フランスの海辺の街みたい」
「見つけてくれてありがとね優莉!」
客室は和洋折衷のツインルーム。寝室とリビングが分かれ、リビングの奥には海を一望できる露天風呂が備え付けられていた。
夕食は部屋食。伊勢海老やアワビの豪華なフルコースが並び、地酒とクリスマス限定のシャンパンがテーブルを彩る。二人のテンションは一気に最高潮へと達した。
「クリスマス限定シャンパン!産地はもちろんシャンパーニュ!」
「飲むしかない!」
ただ瓶を開けるだけで笑い合える時間、そんな友人の存在に心から感謝している。グラスを掲げ、写真を撮り合い、笑い声が部屋に満ちる。酔いが回るにつれ、言葉も少しずつ溶けていった。
「来年も一緒にクリスマスパーティーしようねー」
「優莉酔いすぎだから(笑)来年は彼氏作ろうよ」
「彼氏より美波といた方が絶対楽しいもん」
追加のお酒を買いにロビーまで行くとなんだか外が少し騒がしく見える。ホテルの前に停まる大きなロケバスが目に入った。スーツ姿の男性がフロントでやり取りしている。嫌な予感……。
「まさかね」
それでも気にせず部屋に戻り、再び宴は続いた。露天風呂におぼんごと酒を浮かべ、湯けむりの中で杯を傾ける。ところが、スマホがあまりにもしつこく鳴り続けるので、画面を確認すると――玲央の名前。
「もしもし?」
「今伊豆の高級ホテルいる?」
「なんで?」
「やっぱり!さっき見えたの優莉だった!」
「いるって言ってないよ」
「美波ちゃんとでしょ?」
「彼氏」
「は?」
「彼氏と旅行中だから、じゃ」
せっかく美波に予定合わせてもらって旅行に来てるのに、騒がしい3人がいたら全然楽しめない。いや、美波は嬉しいのかも……?なんて思いながら露天風呂に戻る。
「大丈夫そ?」
「うん。迷惑電話」
その後も玲央からの着信は続いたが、無視して飲み明かす。やがて美波が失恋の記憶を思い出して徳利ごと日本酒を飲み干す頃には、時刻は22時をまわっていた。
スマホには相変わらず玲央からの着信が残っているがサイレントモードにしているため気にもならない。というより大人気スターのくせに暇なのかと疑ってしまう。この前綾斗が「分刻みのスケジュールって忙しいけど、俺はそれをこなしていくのが快感」とかなんとか言っていた。そんなに忙しいなら私に構わず仕事すればいいのに。
「ねえ、旅館のプライベートビーチ行こうよ!月が出てるし絶対きれいだよ!」
「美波結構酔っぱらってるけど絶対海入らないでよ?大学時代のグアムの前科あるからね」
「大丈夫!夜風に当たるだけ!」
「じゃあ、行ってみよっか」
真冬の夜、二人で防寒具をまとい、ホテルから歩いて2分ほどの白浜海岸へと降りていく。月明かりに照らされた海は幻想的に輝いていた。
「さむーい!」
「酔いも冷めるね!」
「とりあえず写真撮って部屋戻ろう!」
月明りが水面に反射してキラキラ光る。幻想的な背景と酔っ払い二人が写真を撮っていると階段の上から二つの人影が下りてくる。
「ねえ、誰か来たね」
「宿泊者なら誰でも来れるからね。寒いのに来る人いるんだね」
どんどん近づいてくるシルエットになんだか見覚えがある。ロングのトレンチコートを着こなす男を一人しか知らない。ポケットに手を突っ込んで一点だけを見て近づいてくるその人物からは素人目でもわかるくらい怒りのオーラをまとっている。
「なんで電話無視すんの?!」
負のオーラをまとった玲央と、迷惑そうな寒そうな眠そうな顔をしている浩輔だ。
「彼氏ってなに?」
「何って何?」
「なんで彼氏と来てるって嘘つくの?」
「なんで嘘って決めつけるの」
「美波ちゃんと来てるのに何で嘘ついたの?」
真冬の夜気は骨の髄まで染みわたり、二人のあいだに漂う沈黙すら凍りついて見えた。
「あの、コウさん?レオさんはなぜあんなに怒っているのでしょう」
「なんかね、ロケバスからユウが見えたから電話したのになかなか出なくて、やっと繋がったら”彼氏と来てるから”って言われて電話切られて、しかもそこから音信不通だからブチ切れてる」
「あー、さっきの電話レオくんだったんだ。あれ?アヤさんは?」
「寒いから部屋にいる。俺も出たくなかったけど、レオが窓辺で悲しそうにしてて、次の瞬間すごい顔で飛び出して行ったからついてきた」
長い間抑えていた感情がついに爆発し、気づけば私も声を荒げていた。
「もう!なんなの?私にも彼氏の一人や二人作る権利あるでしょ!」
「二人作っていいわけあるか!隼人とくっついたかと思って心臓とまりかけたわ!」
「田中くんと付き合うのも、私の自由でしょう」
「もしかして、本当に隼人の事好きになった?」
「私たちの事は玲央には何も関係ない!」
玲央の瞳に一瞬影が落ちる。だが次の瞬間、低い声が夜に溶けた。
「……もういい」
キレたときの玲央はいつも冷静だ。いつものように静寂を作り、いつものように背中を向けて去っていく。これまでも何度も見てきたこの背中。私がいつものように追いかけないのは、きっとお酒のせい。お酒を飲みすぎてしまうのもきっと玲央が私の知らない遠い世界へ行ってしまったから。
「おい、レオ待てよ!2人置いてくの?!ユウ、美波ちゃん戻るとき気を付けてね!」
来た道を戻っていく二人の背中を見つめ、変わってしまった玲央と浩輔、そこにいない綾斗の姿までも思い出し涙が頬を伝わる。美波にばれないようマフラーで拭って「私たちも戻ろう」と二人くっついて暖を取りながら部屋に戻った。