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ストーカー被害


 大人気アイドルは今まさに全国ツアーの真っ只中だ。その間もテレビ収録や雑誌の撮影は入っているようで、北海道で2公演やったかと思えば、翌朝には東京で生放送に出演していたり、美味しいお弁当が手配されているんだろうな…などと卑屈に思ってしまっていたことを反省した。


「ストーカー?」

「うん、最近すげーつけられてんの。新幹線もどこから情報が漏れてるのかいつも近くにいるしマジで怖い。しかも、深く帽子かぶってマスクしてるから全然顔見えないし」


 ある日、久しぶりに玲央から「少し電話しよう」と誘われて夕飯を食べながらテレビ電話で会話をしている。この日は泊まりで福岡に滞在しているらしく、会食を終えた後、空いた時間を使って私に連絡してくれたらしい。ただ、一般人の私に芸能人のストーカー問題について何もアドバイスできることはない。


「だから優莉と全然会えないし、うちに呼ぶのも違うし、ストレスで地球壊しそう」

「意味わからん」

「でもこうしてテレビ電話つないでくれるからまだいいか」

「綾斗たちは?」

「プロデューサーとか制作のスタッフと飲みに行ってる」

「玲央も行った方がよかったんじゃない?」

「大丈夫。その辺はあの二人の方が全然立ち回り上手いから」


 JuLiaは最近、音楽活動にとどまらずバラエティ番組にも引っ張りだこだ。中でも、唯一学業も手を抜かなかった綾斗は「頭の回転が早くてツッコミが上手い」「少し毒舌なのも面白い」と話題で、SNSには彼の出演シーンが切り抜かれてバズっている。


 それに伴い、静かだった私の職場でもJuLiaの話題が増えた。問題は、私の出身地を知っている同僚や上司が過剰に反応してくることだった。


「高崎さんってJuLiaと高校一緒ってほんと?」

「あー、同じでしたね」

「えー!凄い!やっぱり昔からかっこよかった?」

「ファンクラブはあった気がします」

「そうなんだー!いいなー。地元帰ったら会ったりするの?」

「いやー、さすがに会えないです」


 これくらいの質問ならまだいい。「合コン組んでよ」とか「住所教えて」なんて言われた日には、内心でため息しか出なかった。


 そんなある日、仕事を終えて駅から家へ歩いていると、マンションのエントランス前で見慣れない女性がオートロックのパネルを乱暴に触っていた。自動ドアを無理やりこじ開けようとしたり、手当たり次第にチャイムを鳴らしたり。その異様な様子に一瞬通報しようかと思ったが、ちらちらと見える横顔に見覚えがある気がして恐る恐る近づいた。


「里奈?」


 振り返ったその女性は、間違いなく中学の同級生、東山里奈だった。


「優莉……」

「何してるのこんなところで」

「べつに。あんたこそ何?」

「いや、ここ私の家なんですよ」


 その姿は、かつての里奈とはまるで別人だった。髪は色落ちした金髪がプリン状態で、ボサボサに伸び放題。服も清潔とは言い難く、汚れたレンズの眼鏡をかけていて、まるで幽霊のようだった。


「久しぶりだね里奈。なんか、変わったね」

「あんたは変わらないね。相変わらずムカつく顔してる」

「で、何してるの?」

「関係ないでしょ!」


 そう言って里奈は走ってどこかへ行った。


 その日を境に、里奈を見かける機会が増えた。いつもマンションの近くにいて、目が合うと逃げていく。幸い、セキュリティのしっかりしたマンションなので敷地内には入れないはずだ。


 数日後、有楽町で美波、田中くん、河西くんと飲みに行っていたとき、スマホに「セキュリティ」の文字が表示された。


「もしもし?」

「夜分遅く失礼します。ご自宅の警報が作動し、警備員が現地に急行しております。現在ご在宅でしょうか?」

「いいえ、今は外出中です」

「異常が検知されております。お戻りいただくことは可能ですか?」

「30分ほどかかりますが……」

「では、マンション付近でお待ちしております」


 電話を切って席に戻る。


「どうしたの?」

「自宅のセキュリティが作動して、警備員が来てるって。ごめん、私帰らないと」

「心配だから私も一緒に行くよ」

「本当?ありがとう」

「俺も行っていいかな」


 4人で電車に乗って自宅へと向かう。3人ともお酒飲んで楽しくしていたのに、申し訳ないことをしたと自分を責めていると「優莉、大丈夫だよ」と美波が優しく肩をたたいた。親友とはこういうとき心強いものだ。


 マンションに到着すると、警備会社の車両の他に、警察官の姿まであった。何事かと思い部屋へ急ぐと、玄関前には数名の警官と、一人の女性が取り押さえられていた。


「この方が、玄関前の物陰に隠れておりまして……お知り合いですか?」


 拘束されている女性を見て、言葉を失う。……里奈だった。


「……中学の同級生です」


 その後の調べで、里奈のカバンの中から複数の盗聴器が発見された。盗撮カメラはなかったものの、会話を盗み聞くための犯行だと判断された。


 その後警察署へ向かい事情聴取を受け、犯行の動機に心当たりはないかと質問される。


「些細なことでもかまいません。犯行の動機に心当たりは?」

「一つだけ、思い当たることがあります」


 私は、玲央のことを話した。JuLiaのレオと、私と里奈が中学の同級生だったこと。そして、玲央に恋をしていた里奈が、その恋心を私のせいで叶わなかったと決めつけ、私に執拗な嫌がらせをしていた過去。


「過去に個人間での争い、と。他には?」

「玲央が最近、ストーカー被害に遭っているとも聞いています。もしかしたら、彼女かもしれません」

「何か証拠がありますか?」

「私には何も。本人に聞いてみてください」

「ありがとうございます。ご自宅までお送りいたしましょうか?東山さんはこちらで留置しておりますので、今夜はもう大丈夫だと思いますが」

「いえ、友人宅が近いので」


 警察署を出ると、もう夜も深く真っ暗な空に星が見える。溜息をついてとぼとぼと歩き前を向くと、ガードレールに寄り掛かって田中くんが待ってくれていた。


「待っててくれたの?美波は?」

「河西が駅まで送ってる」

「田中くんも帰って大丈夫だったのに」

「帰れるわけないだろ。どうだった?」

「とりあえず、犯人は知り合いだった」

「誰?」

「東山里奈」

「東山……って、中学んときの?」

「そう、最近よくマンション付近で見かけてたんだけど、まさかうちに入り込んでるなんて」

「高崎と東山って…あの……」


 少し言いにくそうに手で口元を抑える姿を見て、やっぱり優しい人なんだと思った。


「ふふ。そう、里奈はずっと私にいやがらせを続けた張本人だよ」


 私は過去の話をつらつらと話伝えた。中1で里奈が玲央のことを好きになったとき、幼馴染の私を利用して玲央に近づいたこと、私と玲央の仲に嫉妬して、クラスメイトにあることないこと吹き込み、集団で私をいじめていたこと、何しても埒があかず、先生からの推薦もありカナダに留学という名で逃避したこと。


 田中くんは私が孤立していたことには薄々気づいていたものの、いじめがそんなに長く続いていたことや、私がカナダに留学した理由までは知らなかったという。女子のいじめというのは何とも陰湿で「おめぇの席、ねぇから!」なんて、大げさな騒ぎになることはあまりないのが現実だ。


「家帰るの?」

「いや、美波から心配のメール入ってるから美波ん家行くよ。家、なんだか帰りたくないし」

「そっか。何かあったら連絡して?すぐ出れるようにしとくから」


 田中くんと解散してそのままタクシーで美波の家に向かった。心配してくれているのか、美波はハーブティーを用意してくれていて「しばらく私の家にいなよ」と提案してくれたり「一緒に都内のホテルを泊まり歩く?」など重たい空気にならないよう気を使ってくれた。美波の優しさはいつも心に寄り添ってくれているようで、改めて友達でいてくれて涙が出るほど嬉しい。


 玲央にはメールで事のあらましを説明し、警察から事務所に連絡が入るかもと伝えておいた。

 

 その後、警察からの連絡で里奈には住居侵入罪と器物損壊、さらにストーカー規制法違反で執行猶予がついたと知らされた。報道はネットニュースにまで広がり、SNSには実名と顔写真が出回った。そのショックで、彼女は心を病み、両親に連れられて精神科に通うことになったという。


 後日、彼女の母親から電話があった。


「優莉ちゃん、本当に……本当にごめんなさい」


 中学卒業後、地元の高校に通っていた里奈は、JuLiaの人気沸騰と共に玲央への想いが再燃したという。そして、ストーカー行為中に玲央が誰かとの電話で「今度、優莉に聞いてみる」と聞いたことがきっかけで、何の話か気になりすぎて居ても立っても居られず、私の家を特定し、盗聴を試みたらしい。


 数日経ったある日、事務所から事件処理が終わったと報告を受けた玲央から電話がかかってきた。


「なんでもっと早く連絡くれないの?」


 声が少し怒っているように聞こえた。私を心配しての感情なのはわかっていたけれど、私としてはもうとっくに終わったことだと思ってる。


「なんでって……こっちもドタバタだったんだよ。警察とか事情聴取とか……。精神的にも結構きつかったし」

「わかるけどさ……」

「結果被害なし、私にも玲央にも接近禁止令も出たし、両親の話によるとおばあちゃんがいる奄美島に引っ越したらしいよ」

「そういう問題じゃなくて…。はぁ、とりあえず次から何かあったらすぐ連絡して。手が空いた時に必ず見るから」


 電話越しの玲央の声が、ほんの少し遠くに感じた。けれど、その距離があるからこそ私たちはこうして繋がっていられるのかもしれない。

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