夜の来客
美波がメイクを整えて、今度は髪の巻きが取れてるからと、私のコテを使って毛先を巻いているときに玄関のチャイムが鳴った。まさか…、と思いながらも、モニターを覗く。
「え!だれ?!」
「待ってね、って……。うそでしょ」
モニターには玲央の顔がドアップで映っていた。
「おかえりください」
「ねーほんとに、あけてー!優莉ー」
「もーほんと迷惑!」
そうはいってもこの状況を誰かに見られるほうが迷惑だ。仕方なくオートロックを解除し玄関のドアを開けて待つ。
「ほんっとに。なんなの?」
「いいじゃん。アヤとコウも車停めたら来るから。あ、お友達?急にごめんね。こんばんは、レオです」
「こんばんは!私、小林美波です……!」
「優莉がいつもお世話になって……いてっ」
「あんたが言うな」
「だからって叩くな。手癖の悪さ健在。美波ちゃん普段優莉に叩かれてない?」
「いえ!大丈夫です!叩かれてないです」
美波は緊張しすぎてかちかちに固まり、目線をレオから離さない。かといって私も部屋に玲央がいるのはなんとも不可解。今日は美波が来るかもと思って片付けをしたから人を呼べるくらいには綺麗になっていたけど、これは予想外。
「意味わかんない。ってかなんで家知ってるの?」
「なんか前に実家帰ったらかえちゃんが来てて、いろいろ教えてくれた。てかここに住んでるなら何で記念ライブ来なかったの?めっちゃ近いじゃん」
「……仕事だったもん」
「とりあえずご飯食べさせてよ」
「ビーフシチューは無理!お肉ないもん」
「えー。じゃあチャーハンは?」
「あー、まあそれなら作れる」
「そのスープもちょうだい」
そんな話をしているうちに車を停めた綾斗と浩輔も到着した。
部屋の中に人気絶頂のJuLiaが揃っているのは異様な光景だ。私はともかく、美波が対応しきれていない。
「優莉、これは夢?」
「いえ、現実です。理解したくないよね。わかる」
「いやいやいや……」
テーブルに三人分のチャーハンとスープを用意し、私は美波と買ってきた大量のお酒をソファで楽しんでいる。
「本当にチャーハンとスープでいいの?足りる?他のもの宅配する?」
「いい!これがいい」
「ユウの手作り食べるのいつぶり?高校以来?」
「お!チャーハンじゃん!俺今日中華気分だった」
玲央、綾斗、浩輔が順番に話すが、実際彼らに食事を作ったのは高校卒業式のパーティー以来。あれから随分時が経って舌の肥えた3人の反応が気になる。
「ねえ、どう?美味しい?」
さらりと質問したつもりが3人の会話を止めてしまった。整った顔が3つこちらを凝視していてなんだか少し気持ち悪い。
「え、これが美味しいかって聞いた?」
「うん。だって久しぶりに食べてもらったし」
「ユウ外資だから日本語使わないんだろう」
「使うよ」
「美味い以外の言葉ある?」
「ほんと?なら良かった」
個々に感想を聞けて満足した私は、3人をいないものと認識して再びグラスにお酒を継ぎ足して美波との会話を続けた。
「でね、その旅行会社の営業やってる村上さんがね、上司をすごい尊敬してて」
「うん……」
「私の仕事はチームワークじゃないからそういう上司と部下の関係って羨ましいなと思って」
「うん……」
「美波聞いてる?」
「聞いてるよ!待って、聞いてるけどさ。無理じゃない?!」
「なにが?」
「目の前!3人!こっち見てる!」
チラッとテーブルを見ると、3人も私の話を聞きながらご飯を食べている。
「あぁ、まぁ、いるね」
「いるね、じゃなくて!何でそんな空気みたいにできるの?!」
「空気って……」
「ひどいよね、ほんと。美波ちゃんが会話挟んでくれなかったら俺ら透明なのかと不安になるとこだった」
「ユウってほんと俺らのこと無視すんの好きよな」
「美波と遊んでたのに勝手に来たのはそっちでしょ。ご飯出しただけありがたいと思って食べたら帰ってね」
「優莉毒舌治らないね。治した方がいいよって美波ちゃんからも言ってやって」
順番に文句を言いながら完食した炒飯のお皿を玲央がまとめてシンクに持っていってそのまま洗い物まで終わらせるのは昔から変わらない。
「優莉と美波ちゃん明日休みなの?」
「明日は日曜日だからね」
「俺らもいていい?」
「嫌だよ。私は美波と遊びたいから、帰って?」
玲央と私がやいやい言い始めると綾斗と浩輔は「またか」とため息をつく。
「この二人、言い合い始めると長いんだ。美波ちゃんこっちで話そうよ」
「そうそう、そこにいたら耳障りでしょ」
「は?!え、はい!ありがとうございます(?)」
美波はそそくさとビールを片手にテーブルへと移動し、玲央はなぜか美波がどいたソファにドカッと座る。
「ねぇ、そんな強く座ったらへこんじゃうよ。かわいそう、私のソファ」
「ユウの体重支えてるソファなら大丈夫」
「うっざ」
そうしているうちに、5人でだらだらとお酒も進み(私と美波が買ってきたものを3人が勝手に飲み始めた)浩輔が途中で「カラオケ行こう!」とか訳の分からないことを叫んだり。
美波はうとうとしているときに「こんな姿は見られたくない」と寝室に行き眠った。綾斗と浩輔はカーペットで寝落ちしている。勾玉みたいな体制で寝てるけど、狭く無いのだろうか。私はテーブルの上を片付け、玲央が寝ているソファの後ろを通ってベランダに出る。
12階建の10階でまわりに高い建物も少なく景色がいい。時々こうしてベランダに出てコーヒーを飲んだりする時間が好きだ。
「優莉」
「あ、ごめん起こした?」
ベランダの柵に寄りかかり朝焼けを待っていると、玲央が隣にやってきた。
「今日ありがとうね」
「うん」
「会えて嬉しかった」
「うん」
「また会える?」
「どうかな」
何年ぶりかの玲央との時間は、何も変わらず、心地よい空気が流れる。
「また会おうね」