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約束の過去


 とある平日の夜、私は玲央の家に呼び出された。家に行くのは絶対に嫌だと言い張ったものの、玲央に「お願い!どうしても見せたいものがある!」と押し切られてしまい、マネージャーを通して合鍵を受け取る。国民的アイドルの自宅の合鍵を持ってる一般人なんて、世間にバレたら確実にネットで袋叩きにされるにきまってるのに、その辺の配慮が少ない……と憤慨していた。


 JuLiaさんは絶賛全国ツアー中。会場の撤収時間は決められているが、その後の打ち合わせやSNSの対応でどれだけ時間がかかるのかは、毎度わからないらしい。


「先家入って待っててくれる?終わったら速攻で帰る。あ、入り口にカメラいるかもしれないから、そこだけ少し気をつけて」

「カメラ……」

「週刊誌の記者、いつもマンションに張り付いてる」

「えー、大丈夫かな……」

「タクシーで地下駐車場まで入ってもらえば大丈夫だよ。とりあえず19時頃来てね!」


 数日後、「グランヴィレッジ麻布」という芸能人御用達の低層階マンションにタクシーで向かった。玲央が言っていた通りマンション周辺にはカメラを持った記者が数名張り込んでいて緊張感が漂う。車内で帽子を深く被り直し、なるべく座高を低くして座った。


 マンションのロータリーから地下への入り口へ向かい、エントランスの前で降ろしてもらう。運転手は慣れているのか見向きもせず、忘れ物をチェックした後すぐに出発した。そのままオートロックを解除し、エレベーターに乗ってロビーフロアで一度降りる。


「なにここ……」


 エントランスを抜けると、日本庭園が静謐に広がり、その美しさに心が奪われる。重厚感を帯びたソファが並んでおり、間接照明がその曲線を柔らかく照らし、シャンデリアの煌めきが天井から降り注いでいる。下を見れば、どこまでも滑らかな大理石の床が輝いており、足音が響くたびにその冷たさが伝わってくる。


 その先に広がる空間は、まるで別世界のようだ。24時間利用可能なジムに、シンプルなプールがあり、コンシェルジュに頼めばクリーニングもすぐに受け取ってくれる。目の前に広がるこの贅沢な空間に、ただただ圧倒されるばかりだ。


 ロビー中央に立つ、2メートルほどのエスカレーターに乗り、ゆっくりと上へと向かう。エレベーターホールに足を踏み入れると、今度は大理石から一転、足音が消えるほど柔らかなカーペットに包まれる。静寂が心地よく、どこか異次元に足を踏み入れたような感覚を覚える。


「スーツケースひきにくそう……」


 ぽつりと庶民的な独り言をつぶやいて、エレベーターに乗り込む。目の前には鏡のように美しい壁面が広がり、その反射が自分を二重に映し出す――――まるでホテルの一室のように整えられた廊下を進み、突き当たりに見える大きな扉に辿り着く。


「おじゃましまーす」


 部屋は私が先についても大丈夫なようにリビングに明かりがついていた。そろりそろりと部屋に入っていくとモデルルームのようなグレーで統一された家具、壁にはギターや写真が飾られ、棚にはトロフィーがたくさん並べられている。


 「こんなところに住んでる玲央も凄いけど、ここに引越しさせようとしたのはやっぱり意味わかんない」


 何をしていいかわからず、ソファに座りバッグから携帯を取り出すと玲央からメールが届いていた。


「ごめん!明日のツアー準備が押してまだ帰れなさそう。奥の書斎以外は自由にしてもらっていいから待ってて」


 今日は絶対に遅くなるだろうなとは思っていた。スタッフだけじゃなくてアーテイストも裏作業やるんだと驚いたら、そんなこと手伝っているのはJuLiaだけらしい。


「リビングにいます」


 と返信を打って送る。買ってきたミルクティーを飲みながら部屋を鑑賞していると本棚に挟まっている写真が見えた。JuLiaが東京ドームでライブしたときの集合写真だろうか。3人とも見たことないくらいとても達成感のある表情だ。


 好きにしてと言われても、何もすることがなくテレビをつけると、たまたま音楽番組がやっていて、JuLiaの新曲発表の時間だった。


「今日は新曲を披露してくださるんですね?」

「はい!Your sideに続きバラードを披露したいと思います」

「Your sideもかなり流行りましたね!今回も作詞プロデュースはレオさんが立ち会ったとか」

「そうですね!同世代の方はもちろん、いろんな世代の方に共感してもらえるんじゃないかと思います」


「それでは、JuLiaでwith uです。どうぞ」



『もう二度と会えないと思ってた。もう二度と会わないって決めていた。だけどどうしてだろう。神様のいたずらかな君の後ろ姿を見つけてしまったんだ。あの日、あの場所で』

『二人交わした約束を果たす時がきたから、迎えに行くよ。午前0時魔法が解けるその前に』



 この歌詞を玲央がどのような気持ちで書いたのか、高校生の頃真横で見ていた私には安易にわかる。実体験を基に物語を展開させていくのが得意だから、これもきっと誰かを想って書いている。それが”私”なんじゃないかとうっすら気づき始めたのはここ最近だった。


 結局、玲央がマンションについたのは22時頃。21時には会場出れたのに、出待ちに捕まってスムーズに帰れないからもう少しかかると誤字脱字だらけのメールが入っていた。


 ♪♪~♪


 玲央からの着信


「お待たせ!急で悪いんだけど駐車場に降りてきて!」


 すぐに支度をして駐車場に向かうと、新車に寄りかかって待つ玲央がいた。


「え、この車……」

「ほんっとにごめん!こんなに時間押すなんて思わなかった!」

「それは全然いいよ。仕事だしね。そんなことより、ずいぶんかっこいい車乗ってるね」

「ナンパ下手なの?」

「てかツアー中でしょ?明日最終日じゃなのに、なんで今日誘ったの?」

「……明日絶対来てね」

「気が向いたら行く」

「絶対だよ」


 玲央が乗ってきた車は、以前うちに突撃してきたときのスポーツカーじゃない。


 昔から車を指さして車種を言い当てるのが好きだった玲央に影響されて、私も一般的な女の子より車に詳しくなっていた。いつだったか電話でポツリと私がカッコイイと言った、パールホワイトにマットブラックラインの限定車。


「RAV4……」

「やっと納車されたよ。1年くらいかかったね」

「マセラティどうしたの?」

「持ってるよ。今日はちょっとこの車で出かけます」

「どこに?」

「まぁ、乗ってよ。って言っても後部座席なんだけど……一応フルスモークだから」

「むしろ後ろがいい。ありがとう」


 後部座席のドアを開けて待っているのでとりあえず乗りこみ、ふかふかのシート、新車の匂いに内心テンションが上がる。車内での会話はほとんどなかった。初めて見る運転している姿の玲央にほんの少しだけときめいていたのは本人には絶対に言わない。玲央はツアーの疲れなのか、何か考え事をしているのか時折「狭くない?」「暑くない?」など後ろを気に掛ける言葉のみで会話をはさまなかった。


 高速道路を少しはさんで走ること小1時間。私と玲央が育った街、よく遊んでいた地元の公園についた。


「懐かしい」


 砂場で山を作ったり、ブランコでどちらが高く漕げるか勝負をしたり、玲央と幼馴染という理由でいじめがあった時に「話しかけないで」と初めて喧嘩をしたのもこの公園だった。


「ちょうどいい時間だね」


 腕についている高級そうな時計を見ながらそう言った。23時57分。

 トランクから私の大好きなアイリスがあしらわれてるブーケを取り出した。


「ちょっとだけ早いけど、誕生日おめでとう」

「ありがとう……。なんで今?」

「優莉もしかして新曲聞いてないの?」


 玲央はそう言って、口を尖らせて手元にあるブーケに目線を落とす。


「午前0時、魔法が解けるその前に……」

「聞いてくれてありがとう」

「午前0時って私の誕生日?魔法ってなに?」

「約束したじゃん。武道館でライブするとき、続きを伝えるって」

「……まだ、覚えてたの?」

「優莉も覚えててくれて嬉しいよ」


 ブーケから香るアイリスの匂いと、玲央の匂い。


「長い間待たせてごめん。いや、待っててくれてありがとう」


 薄暗い河原で車のライトが照らす中、玲央は片膝を地面につきポケットから小さな箱を取り出して私に差し出す。


「これって……」

「優莉が昔から憧れてたパパラチアサファイアのエンゲージリング。宝石言葉は一途な恋。俺は物心ついたころから優莉しか見えてないし、これほどぴったりの宝石はないよ」

「これ、受け取っていいの?」

「もちろん。受け取ってくれないとそこの砂場に埋められるだけだから」

「玲央は本当に私でいいの?」

「優莉がいいの」


 差し出した左手に玲央の大きな手が触れて、薬指に大好きな宝石の指輪がはめられた。


「これで優莉は俺のだね」

「こわいこわい。マジで無理」

「隼人と再会したときマジで焦ったよ!優莉の心がそよそよーっと寄ってくのが見えた」

「あー、田中くんに好意を寄せられて動かない人いないもんね」

「え?!」

「あれは危なかったよね。うん」

「やめてほんと。俺明日ステージ立たないよ?」

「私は問題ないから好きにして?」

「もう!これずっと付けててね!」


 左薬指に輝くダイヤ。

 もう二度と会わないと、私も思ってた。けど今こうして二人の道を作ろうとしていることも運命だったのかな。


「これで明日の武道館も頑張れそう!」


 飛び切りの笑顔で小さくガッツポーズをとる姿が、幼少期の思い出と重なる。隣にいることが当たり前だったあの頃も、夢を追って成長していく彼らに劣等感を抱いて疎遠になることを選んだあの時も、この日のためにあったライフストーリーと思えば、全てが愛おしい。


「ただ、俺もこんな職業だし、結婚となるとまだ少し先になるんだけど……」

「それくらいわかってるよ。タイミングは玲央に任せる。私は焦ってないしなんならこのままでも別に……」

「それはダメ!」


 車に戻って再び来た道を戻っていく。私がこの車の助手席に座れる日はまだ先で、だけど今は後部座席から見る玲央の姿を目に焼き付けたい。


「ところでなんで私の指輪のサイズ知ってるの?」

「コウが美波ちゃんと連絡取ってたから代理調査お願いした」

「だからこの前”お揃いの指輪買おうよ”とか珍しいこと言ってたのか」

「浩輔は最近美波ちゃんの話しかしてないよ」

「私が玲央と一緒になって、浩輔が美波と付き合ったら綾斗が暇しちゃうね」

「あー、あいつは共演者キラーだから。今はこの前ドラマ共演した橋田さんと付き合ってる」

「ちゃら」



 そして翌日、16時から始まったJuLiaの全国ツアー最終日、武道館。会場は熱気に包まれていて、緊張でこわばった表情の子もいれば、笑顔で満ち溢れている子もいる。私は、玲央が用意してくれた2階席のはじっこに座った。来ようか迷ったのは事実で、玲央、綾斗、浩輔のライブを見るのは高校3年生の、あの文化祭以来。自分の劣等感を直視しなければならない緊張もあるが、なんだか我が子の発表会を見に来ているような気持ちでもある。


 豪華な演出と共にライブが始まり、JuLiaが続々と歌やパフォーマンスを披露していく。ソロパートでは、レオはアカペラでカバー曲を、アヤは得意なギターで弾き語り、コウは圧倒的なダンスで会場を魅了する。


 そして、3時間にわたるコンサートも終盤を迎えメンバーはかっこよくステージを立ち去る。


「またねー!」


 客席に向かって大きく手を振り、その一言を添えて。

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