メモリアルデイズ
「ぼく、ゆーりのことだいすきだから、ずっといっしょにあそぼうね」
「ゆーりもれおくんだいすき!いっしょにあそぶー!」
――5歳の頃、幼い私と玲央が交わした、かわいい約束。
私と玲央は家が近く、両親同士も仲が良かったこともあって、生まれた頃からずっと一緒に育ってきた。小学生の頃、よく遊んでいた公園で「話しかけないで!」なんて意地を張って玲央を泣かせてしまったこともあったけれど、結局は面倒見のいい幼馴染との縁は切れない。成長するにつれて、友情と愛情の境目で心が揺れる瞬間も増えていき、少し大人びた感情を抱きながらも、私たちは相変わらず互いの隣にいた。
「また傷増えた?」
「突き飛ばされたの!しかもトイレで!本当汚い!」
「中学上がってから学校じゃあんま話してないのにな」
「家が近いのもダメらしい。私、隣町公園のお山に暮らそうかな」
「じゃあ俺砂場に城作って住むわ」
「近いから。いじめ終わらないじゃん」
学校中の女子の視線を集めるスーパースター、橘玲央。その玲央と仲良くしているだけで、私はいじめの標的になった。家が近いという情報も光の速さで学校内に広まった。
「しんどいなら先生に相談する?」
「したって無理だよ。大人は味方にならない」
「……ひねくれてんね」
「痛いけど大丈夫。私は屈しない」
「つよ」
中学に上がると世の中ではSNSが大きく流行り、陰湿ないじめも瞬く間に広がっていった。私のSNSも、少し前にコメント欄が誹謗中傷で埋め尽くされ、大半は「ブス」「玲央に近づくな」という、迷惑極まりない過激派からの攻撃だ。『お前の席ねぇから!』なんて、大ごとにしてくれたほうがまだ先生も対処してくれるのに……と思った時もあったけど、そんなこと考えてる間にも陰湿ないじめは続いていく一方で……。
その主犯格が、入学して最初に仲良くなった里奈だったと知ったとき、信じていた友情が一瞬で裏切りへと変わり胸の奥に重い石を落とされたように感じた。
それでも、放課後に玲央と話す時間だけは、何があっても守りたい私の居場所。
「玲央と学校で話さなければ傷も増えないと思ったのに、目論みが外れた。だんだんムカついてきた」
「落ち着けよ。かわいそうな優莉にチーズケーキ買ってきたから」
「え!チーズケーキあるの?!食べよー!」
「切り替えはや。かえちゃんに冷蔵庫入れといてもらってるから下行こう」
その後もいじめは一向に終わらなかった。次は校庭にある体育倉庫で転ばされ、擦りむいた膝と捻った足首に鋭い痛み、そして後ろからは数人のクスクスとした笑い声。
治る度に増えていく傷と変わらない笑い声にいよいよ堪忍袋の緒が切れて、目の前にあった石灰を全員にぶちまけた。白い粉に咽せながら涙を流して逃げていく姿を見て「石灰って身体に悪いらしい」と教えてくれた玲央に感謝。ただ、思ったより大事になってしまい、母が学校に呼び出されたのは言うまでもない。しかし、母はその呼び出しをいいことに「何度上履きを買わせれば気が済むんだ!」と里奈withモブ集団に正面向かって怒鳴ったことで上履きが神隠しにあうことはなくなった。
「留学!?なんで?」
「なんでって。英語勉強したいからだよ」
「いつものスクールで充分じゃん」
「私のチャンスの邪魔しないで」
先生からの推薦もあり、2週間だけカナダのバンクーバーへ留学。不便な田舎町だったけど、ホストファミリーはとても優しくて週末には大きな国立公園へ連れて行ってくれたり、カナダの家庭料理を日本人が食べやすいようにと工夫して作ってくれた。
留学に行ったことで明確な目標ができた私は、地元を離れたい気持ちもあって、語学教育に力を入れている都内の高校を受験した。同じ中学から進学したのは、隣のクラスの内藤さんや葉山くん、そして──なぜか玲央も同じ高校に。
「入学式で誰よりも目立ってたね」
「優莉、クラスどこ?俺はB組だったよ」
「私はD組。ちょっと離れちゃったね」
そんな会話を交わしてから、一か月。入学式のざわめきも落ち着き、部活動の勧誘がひと段落ついたころだった。
「俺、軽音部入ることにした!優莉はどうするの?」
「部活か郊外活動か悩んでる」
「一緒に軽音やろうよ」
「いやだよ……音痴だし、楽器も弾けないし。語学やりたくて進学したんだから、ちゃんと勉強に時間を使いたいの」
「そう言うと思ってさ、朗報。語学サークルっていう同好会があるらしいよ。料理とか運動とか、全部英語でやるんだって。優莉の希望に合ってるだろ?」
「えっ、そんなのあるの!?早速行ってみる!」
玲央のリサーチのおかげで、私は語学サークルに入ることができた。自己紹介も日常会話も、その日のイベントもすべて英語。顧問の先生は40代後半で少し年は離れていたけれど、世界各国を巡り、政府公認の外交サポートの経験もあるという経歴の持ち主で、とても頼もしかった。
「部活にさ、面白いやつがいるんだよ。同じクラスの古賀綾斗ってやつなんだけど、めちゃくちゃギターが上手い!」
「顔見ればわかる気がする」
「あと、優莉のクラスに塚本浩輔っているだろ?3人でユニット組んだんだ」
「へー!よかったね!」
「文化祭、絶対盛り上げるからさ。優莉は一番前で応援してよ!」
迎えた高校生活最初の文化祭。私のクラスはカフェを開いて、インスタントのコーヒーから、小型のミルで豆を挽く本格的なコーヒーまで、さまざまなメニューを提供。戦略はうまくいき、本格コーヒーは多くの先生方から高評価だった。
ちなみに、同じクラスで玲央とバンドを組んだ浩輔は、豆を挽いた本格コーヒーを飲んで「こんなの飲んだらベースが腐る……」と言って教室を出て行った。
13時から始まった軽音部のライブはというと、開始時間には観客席が埋まるほど”新入生にヤバいやつがいる”と話題となっていて、私は扉の横で立って見ていた。ステージ上の玲央は、まぶしいくらいにキラキラしていて、気づけば少し遠い存在になってしまったような気がした。
「どうだった?!」
「よかったよ!!」
そんな中で、綾斗や浩輔とも自然に親友になった。語学サークルで作った料理を毎回4人で食べるのが恒例になったり、近くの喫茶店「カナリア」では、誰がイチゴを落とさずにショートケーキを食べられるか……なんてことで笑い合うこともあった。
「あー!浩輔イチゴ落としたー!」
「最悪!ちょっと待って!玲央が最初に半分食べたのも悪くない?!」
「じゃあ今回の罰ゲームは、文化祭のライブMCで"突然好きな食べ物を叫ぶ"でお願いします!」
そして浩輔は高校2年生の文化祭で披露した軽音部のライブで「焼肉ー!!!」と突然叫んだのだった。
時には、玲央と綾斗が作詞や作曲のことで喧嘩をして、軽音部の備品をいくつ壊したかわからないこともあった。顧問の説教は浩輔や、なぜか私に向けられることが多く、私は毎度「いい加減にしろ」と2人に雷を落としていた。
在学中、JULIAのファンクラブが誕生し、名前は学校だけでなく地域全体に知れ渡るほどになっていた。特に3年最後の文化祭は、他校からの入場に規制をかけるほど軽音部の人気がすさまじく、なかでもみんなの目当ては玲央たちのグループ“JULIA”だ。
観客があまりに多く、急きょ校庭でのフェス形式に切り替わるという異例の展開となった。それでもステージ上の彼らはいつも通りの輝きを放ち、大成功を収める。
みんな、それぞれの夢に向かって必死に頑張った高校生活。
時は流れ、受験シーズンが本格的に始まる。私はどうしても行きたい大学があり、毎日ひたすら勉強を重ねた。一方の玲央は、事務所からのオファーを受け、綾斗や浩輔とともに音楽の世界へと進んでいくようだ。
「優莉、今日も勉強?たまには息抜きしないと」
「大丈夫」
JULIAの人気に比例するように、私と玲央の距離は少しずつ広がっていった。進路が決まった者と、受験に追われる者──クラスの中でもその差ははっきりと見えた。少し前に受けた模試はC判定。もっと、もっとやらなければいけないことがある……。
そんな私を心配してJULIAの3人は週に2回、勉強場所をいつもの喫茶店「カナリア」に変えようとしつこく誘ってきた。ケーキの誘惑にも勝たないといけないし全く乗り気じゃなかったのに、あれほど無視しても、メンタルの強い彼らには押し切られてしまう。
それでもおかげで、追い詰められて自暴自棄になることもなく、センター試験当日を迎えられた。そして──志望校への合格を手にする。
「優莉おめでとう!」
「おめでとう、優莉」
「やったー!優莉の受験終わった!毎日トゲトゲしてて怖かったー」
玲央と綾斗は一緒にホッと心をなでおろしてくれるが、さすが浩輔は期待を裏切らない。
卒業式、3年間の思い出が走馬灯のように駆け巡る。多目的ホールではサークルのみんなと切磋琢磨して英語を学び、ALTの先生とはプライベートで遊ぶほど仲良くなった。体育館のステージでは、JULIAが汗を流しながらキラキラした笑顔で客席を見渡していた。楽しかった高校生活も、今日で終わるんだ。
みんなは校庭に集まり、最後の言葉を交わしたり、写真を撮ったりしている。私はどうしても思い出の場所を写真に残したくて、校内のいたるところを歩いていた。3年D組の教室、窓側、一番後ろの席に手を伸ばしたとき、後ろから声が聞こえた。
「俺の席が恋しい?」
「……玲央」
ブレザーのボタン全て外されてワイシャツ姿、心なしか髪も乱れてる玲央が立っていた。
「ボタン全部取られるし、写真撮るふりして触ってくるし、女って怖い。優莉どこにもいないし、綾斗と浩輔を生贄にして逃げてきた」
「そっか。……ねぇ、楽しかったね、高校生活」
「めちゃくちゃ楽しかったよ」
「私と同じ学校を選んでくれてありがとう」
ペコリと頭を下げたとたん、涙が溢れてきた。
「優莉?」
「ごめん……」
物心ついたときからずっとそばにいてくれた玲央。いじめられて泣いたときも、ケガしたときも、留学から帰ってきた空港でも、どんな時でも玲央がいてくれたから、私は今日まで頑張ってこられた。
「別々の道を歩いて行くんだよね、これからは。辛いことがあっても玲央がいない、私に耐えられるかなって思ったら、涙が止まらなくて」
玲央が何かを言いかけたけど、その言葉を遮るように私は、玲央の身体に抱き着いて、子供のように泣きじゃくる。抱きしめ返してくれる玲央の腕は暖かくてとても安心した。どれだけの時間が経ったのだろうか、ただ無言で私を抱きしめ返してくれるその手のぬくもりを、私はしばらく離すことができなかった。
落ち着いた私は、玲央から離れようと一歩下がる。「もう大丈夫、ありがとう」とまだ溢れている涙をそのままに、玲央の顔を見て伝えると、玲央は口元を手で覆い、これまでにないほど男らしい眼差しで私を見つめ返した。
「優莉……」
玲央の唇がわずかに震えながら、低く囁いた。
「俺だって男だよ?」
「知ってるよ?」
じりじりと迫られ後ろに歩くと、ドンっと壁にぶつかり行き場を失った。10センチほど背が高い玲央は俯いた私の前髪を右手で払いのけそのまま壁につき顔を覗き込む。唇が触れるか触れないかのギリギリの距離。
「やだ……」
「無理。優莉、可愛い」
押し除けようと手を出すと、私の両腕は玲央の左手に掴まれ頭の上で固定される。あまりにも恥ずかしく、顔だけでも下げて見ないようにする。
「優莉……」
耳元で囁かれるとどうにもむず痒い。心がそわそわする。初めての感情に戸惑うばかり。
「こっち向いて」
玲央の震える声に従って真正面を向くと、柔らかい何かに唇が触れた。少し離れる玲央の顔は後ろの夕日くらい真っ赤に燃えている。
「玲央……」
こんな貴重な姿、今生見れないかもしれないと思うと、もう一度見てみたいと思ってしまった。緊張と動揺で涙が出てきそう。顔を背ける玲央にすがるように囁く。
「もう一回」
「ずるい」
夕焼けが差し込む教室で、時間を忘れるほど何度も名前を呼んだ。火照る身体を重ね、無我夢中で互いを求め合った。
帰り道、手をつないで駅へと歩く。家が近いから一緒に帰ること自体は珍しくないけれど、部活やバイトに追われる日々の中で、こうして並んで帰るのは今日が最後になるんだ。
「俺さ、この世界で本気で売れてみたいんだ。JULIAって聞いたら誰もが知ってる、そんな存在になりたい」
「うん」
「だから、だからさ……」
「わかってる。玲央は玲央の夢を追いかけるの。私は私のやりたいことをやっていく」
「違うんだ」
「なに?」
「俺、必ず売れるから。武道館をファンの人達いっぱいにしてみせる」
「うん?」
「そのときはさ、優莉をちゃんと支えられる男になって、胸張ってステージに立つよ」
「……」
「だから待っててほしい。そのときになったら、今日の続きをマイクで伝えるから」
胸の奥が熱くなるのを誤魔化すように、私は微笑んだ。そして、いつものように自宅の玄関の前まで送ってもらう。
「じゃあ、バイバイ優莉
「嫌だ。またねってちゃんと言って」
「何が違うの?」
「またねって言葉は、また会おうねって意味だから。約束だよ。またね、玲央」
「うん。またね、優莉」




