仕事に来て更衣する
【短編小説】
仕事に来て更衣する
朝の光が職員通用口に差し込む頃、綾瀬はゆっくりとタイムカードを押した。
無言のまま廊下を歩き、静かに更衣室のドアを開ける。まだ誰もいない。制服の入ったロッカーを開け、スーツの上着を脱ぐ。
彼女にとって、「仕事に来て更衣する」時間は、何よりも大切な"準備"だった。
——たとえば、表情を変える準備。声のトーンを職場仕様に調整する準備。昨日の私と、これからの私を切り替える、境界の時間。
制服に袖を通し、髪を整え、胸元の名札を付ける。それだけの作業に、心を込める。鏡を見ると、もう職員の顔になっていた。
「おはようございます」
あとから来た同僚の声に、自然に笑顔が浮かぶ。綾瀬は小さくうなずいた。
更衣室を出るときには、もうプライベートの自分は引き出しにしまってある。職場の空気に足を踏み入れるその瞬間、自分という人間が切り替わる。
それは演技ではなく、生きるために身につけた習慣だった。
今日もきっと、たくさんの人と関わり、笑顔で、丁寧に仕事をこなす。誰かの心を支え、そしてまた明日へとつなげる。
……帰り道、ロッカーの前で脱いだ制服を畳みながら、綾瀬は思い出すのだろう。
——私は今日、ちゃんと働いた。ちゃんと「仕事の自分」になれた、と。