事の発端
久しぶりの家族での晩餐。家族だけで食べるときに使う食卓はちょうど六人分の席しかない。
私は揃った家族の顔を見回す。
久しぶりに会ったというのに食卓には緊張感が走っていた。どう考えても上座の方で苦い顔をしている父のせいだ。双子の妹たちは困惑気味に父の顔を見ては私のもとに視線を寄こす。そんなアイコンタクトを取られても私も何も聞かされていない。母の顔を伺うと何やら思い詰めた様子であるから、きっと母は事情を知っている側だ。
弟はどうかと思って見てみるといつもと変わらない笑顔を浮かべている。どうやら久しぶりの晩餐ということに浮かれてこの空気感に気がついていないらしい。まったく・・・呑気なものだ。きっと一番関わりがあるのは弟のことだろうに。
焦れた私は父に問う。
「パパどうしたの?」
パパ呼びなのは一家の風習的なものでありきちんと公私を分けて使っている。母ももちろんママ呼びだ。
「ああ、実は戦争が始まるらしい」
「「「・・・・っ!!!」」」
(やっぱりか)
私は納得し、下の子たちは驚き顔を青くさせている。
最近隣国との国境で小競り合いが頻発していると聞いた。父は国境を任されている辺境伯なので出陣することは珍しいことではない。なのにどうして渋い顔をしているのか。
それはきっと我が家ガレディアス家の代々の誓約に関することだろう。我が家は四世代前まではただの裕福な平民だったらしい。しかし代々のご先祖様には武術が得意なものが多く、優秀な冒険者が数多く身内にいたらしい。
そして四世代前―つまり初代は大きな戦争で武功を上げた。当時の王は若く聡明であったが、まだ盤石な地位は築けていなかった。そこで実力主義で自らの味方を増やしていったらしい。初代も目をかけられ辺境伯という身の丈に合わない地位を手に入れてしまった。平民が辺境伯になるなど歴史上初のことだったに違いない。なので今でも辺境の田舎者とバカにされる始末だ。
初代は王の恩に報いるためある誓約をたてた。
その内容は一族ともに絶対の忠誠を誓い、戦では必ず王の右腕となることだった。
その誓約により代々の嫡男は若い頃から戦争に赴いた。最近は大きな戦争など無かったため気を抜いていたが・・・まあ、つまるところ―
「王は嫡男もと仰せだ」
弟の初陣が決まったということだ。
父の言葉に息をのむ音が聞こえた。弟はより一層顔を青くさせ震えいている。弟は11才になったばかりだ。父の初陣は12才であったと聞くから確かに早いような気もする。まるでうさぎのように涙目で震えて情けないと切り捨てるのは簡単だがそれは可哀想だ。
弟は嫡男と言えどもそこまで厳しい教育がなされていたわけではない。
家訓は自由。両親は最低限の教育以外は各々がやりたいことを優先させてくれた。それは姉弟の特性にとても合っていたのだ。
私ユースフィリアは学ぶことが好きで勉強も鍛錬も人一倍やった。おかげで今は父と同格ほどの力がついてきたし、勉強も家庭教師から免許皆伝を言い渡されるほどできるようになった。
妹のシルビア、双子の姉の方は勉強もそこそこできたが何よりもオシャレや社交に興味を持ち、今では社交界で注目の的らしい。こんな田舎でどうやって情報を集めているのか不思議でならない。毎度私のドレスやらを決めていてくれるのでとても助かっている。
双子の妹の方のシルエルは武闘の才を存分に発揮しつつ、類稀な運の強さとお金の匂いに敏感なことを活かし母とともに領地経営の傍ら商才を伸ばしている。シルビアを広告塔としてさらに事業の拡大を図っているらしい。
そして末っ子のユウエスは姉弟で一番気弱である。勉強も武術も人並み以上にできるのだがどれも姉たちには及ばず、かつ怠け者であるため努力を嫌い成長の幅が小さい。取り柄は記憶力のよさと人に好かれやすいいということだろうか。
姉弟仲がいいため妬み僻みなどもなく、甘やかされてきたのだ。
私はじっと考えてみた。
両親の反応を見るに弟を戦場に立たせるのは不安なのだろう。しかし代々のしきたりを今代で破るわけにもいかないので葛藤している。
弟は明らかに臆している。戦場に行く気概などは無い。
「あっ」
思いついた。結局は名誉を守りつつ安心して戦場に嫡男を送り出せばいいのだ。
不思議そうにこちらを見た父ににこりと笑いかける。
「お父様」
父の顔があからさまに身構える。私達姉弟が父をお父様と呼ぶときはお願い事をするときだ。しかもとびきり面倒な。ちなみに母に通すときはお母様である。
「私が戦場に行きます」
「は・・・?」
「私とユウエスは髪と瞳の色も似てますし・・・癪ですが背も似たようなものです。それに私の方が強いですよね?」
「そ、それはそうだが」
「ビビリな弟を戦場に立たせるより私を嫡男と偽った方が安心ですよね?私も弟も滅多に領の外に出ないので顔を知られてないですしいいですよね?」
私の圧に父がたじろぐ。後もう少しだ。
「待ちなさいフィリア。あなたは再来年には学園に通うでしょう」
そうだ。まだ母がいた。
「大丈夫ですお母様。私妹たちと入学しようと思っていたんです。王都に家を借りるのもお金がかかるでしょうし・・・私なら編入試験も余裕でしょう?流石に陛下もそんな長期間若者を戦場に繋いだりしませんよ」
「そう、だけど」
よしよしいい感じだ。
「ユウエスは行きたい?戦場に?」
ずるい聞き方だが仕方がない。弟は思わずといったふうに首を振った。だがすぐに下を向き涙をこらえているかのように肩を震わす。迷っているのだろう。自らの責務を姉に押し付けていいのかと。
「大丈夫よ、ユウエス。お姉ちゃんの方があなたより強いもの。むしろあなたを行かせるほうが怖いわ」
ね、お父様とでも言うように父に視線を投げかける。
「はあ、分かった」
父が観念したかのように言う。私の性格上折れないということも含めてだろうが言質を取った。
「よし!」
私は気合を入れるために声を出した。そのまま流れるようにカトラリーのナイフで青色の髪を切り落とす。
「「きゃああああっっっっっっっ」」
母とシルビアの悲鳴が響く。長い髪は淑女のステータスの一つである。前々から煩わしいと思っていたのだ。
「ああ、私が磨き上げたお姉ちゃんの髪があっ」
シルビアは泣いていた。ちょっとだけ罪悪感を感じる。私としてはどうとも思ってなかったので予想外だった。
「ユウエスの真似するなら短いほうがいいと思って・・・」
言い訳がましく言ってみる。
「ははっ、まったく頼もしい娘だ。・・・すまない、ありがとうユースフィリア」
私は父の言葉にはにかみつつも笑みを返した。