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伊賀の小天狗(2)

 帰ってきてすぐに宿直(とのい)につき、それが空けたばかりの清右衛門(せいえもん)は京之助を訪ねた。

 「母上は元気にしておりましたか。」

 京ノ(きようのすけ)はまずその事を訊ねた。

 「息災にしておった。」

 「他の者達は。」

 「皆元気だ。」

 良かった・・・京ノ介は胸を撫で下ろした。

 「ところで、金は・・・」

 「黙ってお(みつ)姉に渡した。」

 清右衛門は京ノ介の金を母が受け取らなかったという事は伏せて話した。

 「勢次朗はどうしておりました。」

 「相変わらず、何とか斉と名乗って居るようだったよ。」

 その言葉に京の介は微笑みを漏らし、それに釣られて清右衛門も頬を緩めた。

 「次に帰る時には、一緒に行こうな。」

 清右衛門は背を向け、片手を挙げた。

 それに対して、京ノ介は浮かぬ表情を見せた。


 近藤十三(こんどうじゆうそう)との約束通りに鬼木元治(おにきもとはる)は、三日後には京に帰ってきた。

 元治は京に入ったままの姿で、一番隊の詰め所に戻った。

 「農民ずれの男があんたを訪ねてきたぞ。」

 その姿に桜井嘉一(さくらいかいち)が声を掛けてきた。

 「名は聞いたか。」

 「与作と言っていたぜ。」

 「そうか・・・で、顔は見たか。」

 「解らん・・頬被りして居たからな。

 お前と何か、関わりがあるのか。」

 「いや、与作という者は知らぬ。」

 「その割りには文を預かったぞ。

 誰かからの頼まれごとかも知れぬがな。」

 桜井嘉一は笑いながら紙切れを元治に渡した。

 早々に渡せば良いものを・・・元治は桜井嘉一と別れてから、軽く舌打ちをした。

 元治は家の陰でその紙切れを開いた。

 そこには丸太町の飯屋の名が書いてあり、刻限の指定までが在った。

 元治は空を見上げた。

 湯を浴び、局長近藤十三(こんどうじゆうそう)に帰着の挨拶をしてから、詰め所を出ると、丁度指定された時刻に着く。

 小天狗だな・・・元治は確信した。

 まるで俺の行動を見ているようだな・・・そして舌を巻いた。

 店に入ると、鮎の塩焼きと銚子を一本頼んだ。それまでが文に書いてあった。

 「飯はどうしますか。」

 それを運んできた女将が元治に尋ね、彼はそれを断った。

 それも指示・・・

 女将は塩焼きの皿の下に、折り曲げた紙を置いていった。

 元治はその紙を開いた。

 それには、平安神宮へ・・と書いてあった。

 指示に従い元治は平安神宮に赴いた。

 夜にお参りですか・・・庭に箒の目を立てていた男が、怪訝そうに尋ねた。

 「そう言うお前は、この夜に何故箒などを握って居る。」

 元治は剣を抜き様に、箒を持った男の喉元に宛がった。

 「これくらいで良かろう・・小天狗。」

 「それは俺じゃありませんぜ。」

 頭上から声が聞こえた。

 その声に元治は目を凝らした・・・すると剣を突きつけている者が、石灯籠へと変わった。

 「こっちだよ。」

 木の枝がざわざわと動くのを元治は追いかけた。

 それは神宮の森奥まで続き、そこで枝のざわめきは無くなった。

 「そろそろ薬の効き目はとれましたかい。」

 声は背後からした。

 そのようだ・・・元治はその声に向き直り、頭を振った。

 「いやにあっさりと後ろ取らせましたな。」

 「お前に関しては、そこまで警戒することもあるまい。」

 なにゆえ・・・小天狗は首を傾げた。

 「酒の味がおかしくてな。」

 「やはり気付いたか。」

 「俺に対して害意があれば、酒の味は変えなかったはず。」

 小天狗はフフンと鼻を鳴らした。

 「ここに来ても薬で幻覚を見ている俺であれば、いつでも斬りかかれたはず・・・違うか。」

 「あんたがどれだけ俺を信用しているのかを試した。」

 「そうだろうな・・・俺も同じだ。」

 「それで・・どうだ・・・」

 「雇おう。」

 元治はそう言い切り、金入れを小天狗に投げ渡した。

 「やけに重いな・・この重さは金貨十枚・・・

 半分じゃなかったのかい。」

 「一年分だ。」

 「調べてみたが、あんたの給金は年に二十枚と謂うじゃないか、その内の半分を俺に渡すのか。」

 「ああ、お前には俺にはできぬ事をして貰う。だから、お前と俺は同等だ。

 故に金も同額・・但し、必要な費用はその中から出して貰う。」

 「この金を握って俺が逃げたらどうする。」

 「それはそれで仕方がなかろう。

 俺の見る目が無かったと言うだけだ。」

 「良かろう・・ではこれであんたは旦那だ。」

 「旦那・・・そんな呼び方は止めろ。」

 「いや旦那は旦那だ。

 今日から俺は利吉だ・・そしてあんたは旦那。

 出来れば、どこかに家を借りて欲しいものだ。

 俺はそこの下男・・・あんたとの情報を共有しやすくなる。」

 だが・・・元治には寄宿を出る必然的な理由が無かった。

 「家は俺が構える・・めぼしはもう付けてある。

 そこに下男の俺と、下女を一人・・三人で住む。

 家の家賃は年に金貨一枚・・それはあんたに払って貰う。

 下女の給金は年に金貨三枚、あんたが一枚、俺が二枚払う。

 それでどうだ・」

 「だが・・・」

 相変わらず元治は躊躇した。

 「寄宿を出る理由か。」

 元治は頷いた。

 「心配ない。あんた等はすぐにあそこには居られなくなる。」

 「居られなくなる・・・それに、等・・とは・・・」

 「少し細工をした。

 あんた等はすぐにあそこには居られなくなる。」

 「だから、等・・とは俺と誰だ。」

 「国立京ノ介・・だ。」

 「どう言うことだ。」

 「明日になれば解る。」

 「解らぬ事ばかりだな。」

 フッフッフッ・・・小天狗は笑い声を漏らした。

 「まあ、よいとしよう。」

 元治も含み笑いをした。

 「一つ頼みがあるのだが・・・」

 元治は小天狗に笑いかけ、小天狗もそれに頷いた。

 「顔と名・・それを所望する。」

 「どちらも嫌なんだがな・・・」

 そう言いながらも、小天狗は烏天狗の面を取った。

 それには、この暗さ故、どうせ見えはしまいとの思いもあった。

 「左目の下にほくろがあるのだな。」

 元治はニヤリと笑った。

 この暗さで・・・小天狗は絶句した。

 確かに小さなほくろはあるが、訓練をした自分でもそこまでは見えないはず。

 「さて次は名を聞かせて貰おうか。」

 そう言いながら、この闇の中で小天狗の顔どころか、ほくろさえも見えたことに、自分でも驚いた。

 「これも・・・」

 元治は首に巻いた紐に気をやった。

 「戦いの場では今のまま小天狗と呼んでくれ。」

 それに頓着無く、小天狗が話し始めた。

 そして、さっきも言ったように、あんたの下男として働く時は利吉だ。」

 「で、本来の名は。」

 小天狗は、僅かに答えを渋った・・が・・・

 「才蔵・・柘植(つげ)才蔵(さいぞう)だ。」

 「柘植才蔵・・良い名だ。」

 元治は頷き、

 「才蔵、これからは我等は同士だ。

 宜しく頼む。」

 そう言って頭を下げた。


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