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徒花(あだばな)・・散る(2)

 大した詮索もなく、お今は琵琶湖の沖島への流罪と決まった。

 護送の任に当るのは侍所所司代京極持清(きようごくもちきよ)と決まった。

 島流し・・それも京の近くに・・・

 義政の母、日野重子は義政の優柔不断さを恐れた。

 重子は京極持清を側近くに呼び、何やら打ち合わせをした。

 その後に、重子は密かに一番隊隊長を兼ねる中御門経衡を自室に呼んだ。

 「お今ですが・・・」

 重子は話を始めた。

 「あの子は・・・」

 お今と言いながら話は将軍義政に及んだ。

 「あの子は弱い・・いつ何時、またお今を呼び戻すかも知れぬ・・・」

 中御門経衡はごくりと唾を飲んだ。

 「近う寄り成され。」

 側に寄った経衡に重子は何やら耳打ちをした。


 護送の日は一月十九日と決まった。

 春とはいいながら、その日の日差しは弱く、薄ら寒い日であった。

 そんな日であるにもかかわらず、お今は薄衣一枚で監車に乗せられた。

 「私の侍女達は・・・」

 お今は寒さに震えながら外の役人に声を掛けた。

 「皆一緒に参ります。」

 役人の言葉通り、監車の後ろには、お今と同じ様な出で立ちの女達が十数人列んでいた。

 「裸足ではないのかえ。」

 お今は侍女達を気遣った。

 「皆、咎人でございます故。」

 侍女達は震えながら、一歩、一歩と歩を進め、その足は血を滲ませていた。

 慈悲を求めるにも、頭である京極持清は遥か先で馬に跨がっている。

 「どうにかならぬか・・例えばこの監車に乗せるなり・・・」

 「ならぬ。」

 護送の侍はきつい口調で言った。

 護送も侍は三人、それを馬に跨がった京極持清が率いていた。

 その他にも京の捕り方に使える荒っぽい男が六、七人・・・それらが女達が逃げ出さぬよう見張っている。

 その上、そこらの土民までが何かのおこぼれに(あずか)ろうと着いてきていた。

 道が登りにかかる頃、遂に最初の落伍者が出た。

 どういたしましょうか・・・侍を率いる男が京極持清に尋ねた。

 「下に与え、その後に殺せ。」

 京極持清は冷たく言い放ち、

 「儂はここから京に帰る・・後はお前の差配次第だ。」

 彼は苦そうな顔で言った。

 そう言われた男は狂喜した・・全ては自分に任される。彼の心は高揚した。

 「これからは俺が指揮を執る。」

 男はそう宣言して、後方に向かった。

 そこには薄衣を剥ぎ取れた若い娘が居た。

 にやにやと笑いながら、男はその娘に近づいた。

 「俺が最初だ・・初物は俺がいただく。」

 その男は他の者に命じて、無理矢理娘の股を開かせた。

 何人もの男が娘の上を通り過ぎ、最後にその娘は腹を刺されてその場に起き捨てられた。

 監車の中のお今の耳に悲しげな悲鳴と、断末魔の悲鳴が聞こえた。

 「許すまじ。」

 お今は固く唇を噛みその口の端からは赤いものが滲んだ。

 東山の連峰を越える頃には彼女の侍女はほとんどいなくなっていた。

 それでも堪え、彼女は監車の中で涙を零すこともなく座っていた。

 噂通り恐ろしい女だ・・・護送の者達はその姿にひそひそと言葉を交わした。


 山を越え、監車は南近江に入った。

 「女共が居なくなって、足が進むな。」

 護送隊を率いる男は仲間に笑いかけた。

 「中食は甲良寺で摂る。

 その男は隊全体に届くように声を上げた。

 今参局(いままいりのつぼね)は監車の外に出され、甲良寺の堂に入った。

 そこにはささやかではあるが膳が構えられていた。

 「わらわの侍女達はどうした。」

 お今は強い口調で護送隊の長に詰め寄った。

 さあね・・・その男は薄ら惚けた。

 隊長・・・護送者の一人が駆け込んできた。

 何事だ・・・隊長と呼ばれた男は鷹揚に言った。

 例の者達が・・・その男は後の言葉を濁した。

 例の者達・・・それは出立する前に将軍家御台、日野富子耳打ちされていたものだった。


 奥村左内(おくむらさない)を長に鬼木元治、相良市之丞、菊池主水の介、それに一番若い国立京ノ介までがいたが、中御門経衡の姿はその中にはなかった。

 京極持清の手の者はあっさり引き下がったが、納得いかないのは土民達であった。

 何の恩賞もないのか・・・土民達は騒ぎ始めた。

 斬れ・・・護送隊の長は、自分の部下達に命を発し、自身も剣を抜いた。

 武士三人と捕り方の男達は土民の中に飛び込んだ。その中には相良市之丞の姿もあった。

 奥村左内はそれを制止しようとしたが、市之丞は聞く耳を持たなかった。

 仕方なく、残った四人は甲良寺を包囲した。

 「脇差しを貸してたもれ。」

 寺の中から凛とした声が響いた。

 奥村左内は寺の引き戸を開けた。

 そこには端座した今参局が居た。

 「脇差しをどう使うおつもりですか。」

 「そなた等がやって来た・・・それは、義政様、御台様、ご母堂様がどう考えているかの現れ・・・わらわは、他人の手には懸かりとうはない。

 潔く腹を斬ります。」

 「切腹召されると。」

 「わらわも武士の子、潔うこの世を去りましょう。

 お頼み申す・・脇差しを・・・」

 佐内はその姿に打たれ、自身の脇差しを差しだした。

 「この期に及んで、とり乱しとうはない・・誰ぞ、介錯を・・・」

 そう言うと、今参局は薄衣をはだけ、腹に刃を突き立てた。

 「お願い・・申す・・・

 誰ぞ・・介錯を・・・」

 今参局(いままいりのつぼね)はか弱い声を上げた。

 菊池主水の介が前に出かかるのを、鬼木元治が阻んだ。

 「まだでござる。

 その剣を右腹まで引きなされ。そして見事、腹を召されませ。

 介錯は拙者が勤めまする。」

 元治は、備前長船を抜き放った。


 寺の堂を出ると外では殆どの土民が斬り殺され、残った者は逃げ去っていた。

 「お今殿は見事に腹を召された。

 遺骸はその方等が如何様にも扱え。」

 そう言うと鬼木元治は歩を京に向けた。


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