51 告白 その一
「事情があったとしても、あんなふうにするのは得策じゃなかったのは理解してる。ひそかに君と連絡を取って傷ついているふりをしてもらうとか、会うこともせずに、話を進めてしまうとか」
カイルは続けてそんなふうに続ける。たしかに脅しをかけてきている相手なのだから誠実に対応しなくてもそうして賢い手段をとることもできただろう。
「けれど……正直なところ、あの人は少し箍が外れているというか、手が出るのが常というか……何か策を打って君にその矛先が向いたとき、俺は正攻法での解決までの時間を待たずに何かをしていたと思う」
それはエリアナも思うが、ちょっと言い返しただけでグラスを投げてくるような人物だったので、エリアナがプライドに負けてベルティーナをうまく騙せなかった時、刺されていたのはエリアナだったかもしれない。
そうなればエリアナはただでは済まなかっただろう。
そしてその可能性をカイル自身も無視できなかったという事なのだろうか。
それにしても正攻法以外で、カイルが何かをしてしまうかもしれないというのはいったいどういう事だろうか。
「そうなの?」
「うん、まぁ」
「例えばどんな?」
「例えば? ……姑息な手段とか。あまり具体的には言わないけれど」
「姑息かぁ」
そういう事を目論んで悪い顔をしているカイルの事は想像がつかない。
しかし、あの事件が起こった日、窓の外から見ていた彼は苛烈に怒っていてこんなふうに感情表現をすることもあるのかと思った。
なのでエリアナが知らないだけで、情熱的になってしまう一面もあったりするのだろう。
「……姑息……いや、もちろん、もう十分姑息というか、君を傷つけて最低というか……ああ、うん。嫌われても仕方ないような手段を使ったような気もするっていうか……ごめん」
「なに、なにかほかにも良くない事したの?」
「…………少しだけ」
「へぇ」
少しだけ姑息で最低で、女の子に嫌われても仕方ない事をしたらしい。
しょんぼりとしてそういう彼にエリアナは、ちらりとそういう事が思い浮かんだが、まぁ、別にそれはいいのだ。
彼が最低だろうと、姑息だろうとエリアナから見たら彼は守ろうとしてくれたただそれだけだ。それがたった一つの答えだろう。
深くは聞くまい。
「それで、カイルは……どうしようと思ってる?」
そしてエリアナは話を切り替えた。
事情は分かった、それならまぁ、そういう話なら別にいいのだ。
傷つけられはしたし腹が立ったし、ベルティーナの事は嫌いだが、それでもエリアナを好きでいたうえでの守るための行動だったとまちがいなく思えるだけの説明をされて、それならいいかと思える。
それにもともと、そういう隙があったのはエリアナの方だ。
だからこそエリアナの経歴に一生の汚点を残さないように立ち回ってくれた彼に感謝こそすれ、恨みなどしないのだ。
けれども、話は分かったからこれで元と通りというだけというわけにもいかない。
どういうふうにしたいかそれは、話し合うべき事項だ。
「俺は、もちろんエリアナには、妻として君がずっと目指して研鑽を積んでくれた仕事について充実した日々を送ってほしいと思ってる。
エリアナは亜人の事についてもいろいろと思う所があるみたいだし、立場は何より強い武器になる、だからこそ君の自由の為にまた婚約……俺と結婚してほしい。
けれど、こうなったからには愛のある夫婦なんて望まない。
君は俺が運命かどうか見定めるために触れないで欲しいといったけれどあの時、手を差し伸べてくれたのは、酷い振り方をした俺は運命なんかじゃないそうわかったからだろ?
だから、それを探しながらでも、その誰かを愛しながらでも政略結婚として俺と形だけでも添い遂げてくれたら……と思ってる。厚かましい男でごめん」
……そっか、あの事件の時の事、カイルはそういうふうに受け取ったんだ。
あの時、迷うことなく抱きしめたのは、もちろん、焦っていたということもあったけれどエリアナの中で明確に答えが出たからだ。
……あなたが私の運命だって。
カイルの誠実さも気持ちも、事情も分かった。だからここからはエリアナのターンだろう。
エリアナにも言うべきことがある。
ずっと長らく決めかねて、困り果てていた事実だ。
けれども今回の事で、奇しくも決着がついた。
結婚はもちろんするし、エリアナはカイルに運命を感じている。それだけがエリアナの答えだ。どこにもいかないで欲しいし他などありえないと思っている。
そういうために大きく息を吸ってそれから、エリアナはテーブルの上に両手を差し出した。
「……手を、握ってほしい」
「いいの?」
「うん。それでね、カイルがきちんと話をしてくれたからには私も言うことがある。私がずっと悩んでいた運命の話、聞いてくれる?」
「……」
カイルは無言で頷いて、エリアナの手に両手をそっと重ねた。
彼の手は男性らしく角ばっていて大きくて、まだ子供だと言われる年齢であるエリアナの手よりも大きい。しっとりしていて温かくて想像通りだ。
”彼”とは似ても似つかない、彼の手は細くて冷たくていくら温めても、意味なんかなかった。
……健康っていいなぁ。
エリアナは初めて触れた婚約者に対してそんなふうに思った。
もっとドギマギしたり、恥ずかしくなったりするかもしれないと思っていたのに、一般的な成人男性らしい手のひらにひどく安心する。
分厚い手のひらも、突然の接触に戸惑って恐る恐る手を触られているところも、たったそれだけのことなのに愛おしく感じてエリアナはカイルに目を向けた。
「私、自分にとって運命って何なのか、決着がついたんだ」
「そ、そうなんだ」
「うん。ただ、それは私が信じたいと思うもので、誰の中にもあって、けれど他人に否定されるようなものじゃない、ベルティーナにも、ほかの誰にも」
「……」
「だからこそ何が起こっても、私は自分が感じてた運命を信じることにするよ、カイル」
違ったら、エリアナはとんだ道化だ。とても間抜けで彼だって、意味が分からないだろう。
それでも、信じて進まなければ結ばれる運命だってつかみ取れない。
恥ずかしいんだか、怖いんだか、苦しいんだかわからないような感情が襲ってきて、一度口をつぐんで大きく息を吸った。
声が震えないように、いつもより大きな声で言った。
「私、前世の婚約者を追って、転生してきたの。”彼”の事はもう名前も思い出せなくて探す当てもないけれど、それでも大切で絶対にそこだけは譲れなくて、だからこそ生まれた時から婚約者だったあなたの事、”彼”じゃないかって運命なんじゃないかって! ……ずっと思っていた」
カイルは、目を見開いてそれだけでは何を考えているかわからない。けれどもエリアナは必死に続けた。
「前世の記憶がなかったとしても、私はあなたを”彼”だと思ってる。死んでしまった私の大好きな人だって、そう思ってる。それをはっきりさせるまではもしかしてなんていう気持ちであなたと触れ合ったりしたくなかった」
手を強く握る。テーブルから乗り出して、訴えかけるように続けた。
「触れ合ってしまったら、私は寂しがりだから、なぁなぁにしてしまってうやむやになってしまうような気がしてたの。
だから指一本だって触るのをためらってた。でももうそれは終わり、私はあなたをあの人だと思う。生まれ変わってまた結ばれる運命だったと思う。
愛してるの、確信をもって今は、そう言える」
確信をもってなんて口にしていたけれど、結局エリアナの声は震えて、表情はとても不安げなものになっていただろうと思う。




