5 対等な友人
エリアナの友人であるアリアンナは「来ちゃった」っとぎこちなく言うエリアナにひくっと頬を引きつらせて、その長い耳をピコッと動かした。
「あのな~! 来るなら来るってちゃんと先触れをよこせよ。こんな唐突に来られて俺だって困るってわかるだろ、エリアナ」
「ごめんなさい。アリアンナ、でも実家にいづらくて、つい……」
「だとしてももっとこうあんだろ、いろいろと! ま、別に屋敷なんていつでもパーティーを開けるぐらいには部屋の空きがあるからいいんだけど! 俺の友人だから誰も何も言わないけど!」
そう言いながらもオールストン公爵家のエントランスホールの中に次々と荷物が運び込まれていて、彼女もまんざらではない様子でそう口にする。
……いつもこういう所に甘えちゃうっていうか……本当、いい人。
エリアナとは違って、彼女は家族関係も、婚約者との関係も非常に良好で、精神年齢的にも本当の意味で彼女は年上でつい甘えてしまう。実年齢は、同い年だけれど。
「ま、ただ、話したいことなら俺もある。エリアナ、事情は聞いてる……俺も最近のこの状況は本当に解せないとは思ってるんだ」
そう言って長い髪を耳にかけて、振り返りつつ流し目でエリアナたちを見た。
そのしぐさはどこからどう見ても女性然としていて、容姿も非常に整ったエルフの血を引いている高貴な令嬢だ。
「ついて来いよ。しばらく泊まったってかまいやしない。俺たちの間には、特別な縁もあるしな」
「うん。ありがとうございます。お世話になります」
「なんだ、かしこまって、エリアナのくせに」
そう言って、ははっと軽く笑うその様子にエリアナはつい男性相手というわけでもないのにドキリとしてしまう。
しかし、彼女がかっこいい人であることは周知の事実であるので、仕方のない事である。
それから、アリアンナはエリアナたちを部屋へと案内してくれたのだった。
家出中に基盤となる生活空間を確保できたことはまず一安心。
しかし目的はそれではない。家出自体が目的というよりも、エリアナは様々考えなければならない事、やらなければならない事がある。
まずは第一歩として、アリアンナに話をしたいと思っている。
するとディーナがある程度の荷ほどきを終えて、アルフ用のクッションを出したところでお茶の用意が出来たからくるようにとアリアンナから侍女が遣わされてきた。
丁度良いタイミングだったのでそのまま、アリアンナと午後のお茶会をすることになったのだった。
通された応接室の窓は開け放たれて、心地の良い秋の風が入り込んで刺繍の入った豪奢なカーテンを微かに揺らしている。
その様子を見つめていた彼女は、エリアナが入ってきたことを音で知ると彼女の耳はピコと動き、親しみを含んだ笑みでこちらを見た。
「来たか。まぁ、座れよ。侍女ー紅茶、淹れてやってくれ」
「はぁい」
アリアンナが指示するとテキパキと侍女が動いてエリアナは彼女の向かいに腰かけた。
お茶を出されてひと息つくと、彼女はふくらはぎを腿の上に乗せるように足を組み、自らの腿に肘をついて頬杖を突くようにしてエリアナへと視線を送った。
「お嬢様、はしたないですわ」
「あ、う、……い、いーだろこのぐらい」
「あら、癖になってしまいますわよ」
「癖になってたからやってんだって」
侍女に指摘されて、アリアンナは、渋い顔をしつつも背筋を正して座り直し、紅茶をコクリと飲み込んではぁと息をついた。
「では、直しませんとね、今はとても美しいレディなのですから」
「わーってる」
「ふふふっ、ではごゆっくりお嬢様がた」
アリアンナの侍女はとても淑やかな笑みを浮かべて応接室を後にする。
その会話はたまに遊びに来るだけのエリアナですら、何度も見たことがある会話でいつも繰り返している様子だった。それにエリアナはいまだに変わらず指摘され続けているアリアンナに少し驚いて言った。
「女性らしくなったと思ってても、まだまだ言われることも多いんだね」
「……そりゃそうだろ。何年男だったと思ってるんだ。たかが十五年で男だった時の癖が直るわけがない。引きずってて当然だろ」
「……たしかに、私もまだまだ引きずってるよ。前世の事」
「当たり前だろ」
彼女は、エリアナと同じ転生者だ。
そしてエリアナとは違って、外見が変わったどころか、性別や種族まで変わってしまったギフトを持った列記とした転生者。
エリアナはだからこそアリアンナを対等で、同じ目線で友人として唯一心から分かり合える相手として認めている。
そんな彼女に話を聞いてもらうべく、ここに来ることを選んだのだ。
「そんなことは置いといてだな、エリアナ」
「うん」
「エリアナとカイル王太子殿下の婚約が破棄された話はすでに貴族たちには回ってる。……なにがあってこうなったんだよ、二人はそれなりに仲が良かったはずだろ?」
「……うん」
「聞いてやるから、しっかり話せ、エリアナ」
真剣な瞳でそういう彼女にエリアナは何からどう事情を説明するべきか迷ったけれども出来るだけ正確に振られた日の事を話したのだった。