31 アルフ
コベット村には小さな屋敷があり、ある程度の来客には耐えられるようになっていて、エリアナたちはリオ王子を待つためにそこで一夜を過ごすことになった。
クリフォード公爵は本来ならばもっと厳重な警備の元、至れり尽くせりなもてなしを受けて然るべき身分だが、ここは自領のクリフォード公爵にとても恩を感じている亜人ばかりが住んでいる場所だ。
この場所で一晩過ごすことには何の問題もない、エリアナも一つの部屋を与えられて、幾分小さなその部屋でディーナとアルフと過ごしていた。
「こら、アルフ。きちんとしなさい。でなければうまく採寸できないでしょう?」
「ヤダ!」
「嫌だからと言って、やらなくていいわけではないのですよ。アルフ」
「ヤダッ!」
丁度獣人の村へとやってきたので、獣の姿の時につけているハーネスを新調しようとディーナが提案し丁度その攻防の真っ最中だ。
いつもは王都から注文書をおくってしばらく時間がかかるのだがこうしてこの場にいるのだから、直接注文をすれば幾分早く仕上がるだろう。
アルフの獣の体は、じわじわと大きくなっていて、エリアナに喜びのあまりとびかかってくるとエリアナが倒れそうなほどであるのだが、それはまぁ仕方がない事として体が大きくなるなら、それに合わせた装備が必要だ。
獣のハーネスを作っている革細工師など亜人以外にいないので注文はいつもコベット村だ。
「しゃんとしなさい、ではないとご褒美はあげません」
「それもヤダー!」
「わがままばかり言って、あなたはいつになったら大人になるのですか」
「お、俺大人だよぉ!」
「いいえ、あなたはまだまだ子供で幼いんです。エリアナお嬢様を見習っていい子になってください」
ディーナは、ふいにエリアナを話題に出してびしっと指さした。そんなことを言ったって、彼はそういう性質なのだエリアナのようにはなれない。
ディーナもわかっているだろう、アルフにどんなふうに言うつもりだろうかと少し気になって読んでいた本から視線をあげた。
「エリアナさまをー?」
「ええ、そうです。エリアナお嬢様……毎日、私に腰に付けた紐をぐいぐいと引っ張られて呻いているでしょう?」
「……うん」
ディーナが言っているのはコルセットの事だろう。
そういう文化なのだからと受け入れてエリアナも装着しているが、やはり体系の維持のためとはいえつける彼女も、つけられるエリアナも大変だ。
「それは今のあなたのようにまだ体が小さなころ、採寸を嫌がってこれからずっと同じサイズの服で生きると言ったので、その服を着られるように腰を小さくしているんです」
「えー……痛そう」
「はい、それはもちろんです。しかし、エリアナお嬢様は大人であなたよりも賢いですから毎朝、あの日に採寸しておかなかったことを後悔しながら必死に耐えているんです。どうですか、偉いでしょう?」
「でも、そんなのエリアナさまが可哀想だ、だって痛いんだろ?」
「そうです、でも一度やったことは取り返しがつかないんです! あなたもそうなりたいですか……?」
ディーナの瞳は鋭く、アルフはクーンと声をあげる。エリアナはそれを見てよくそんな話を思いついたなと思う。
「さぁ、大人しくしていてください。採寸をしますから」
「うん」
不満そうながらも受け入れる彼の耳はぺったりと下がっていていつも楽しそうに揺れている尻尾も地についていた。
テンションが高い彼も可愛いものだが、そうしてしょぼくれている姿も悪くない。あとで沢山撫でてあげて、機転を利かせてアルフにいう事を聞かせてくれたディーナにはきちんとお礼を言わなければ。
どんなことがあっても、凹んでいても彼ら二人が仲良くしているのを見ると気がまぎれる。可愛いなと思いつつもアルフの気を逸らしてしまわないように静かにエリアナは二人を見つめていたのだった。
おやつの草食動物の骨を乾燥させたものをもらってアルフはご機嫌でエリアナにブラッシングをされてくれる。
どんなに梳かしても、梳かしても毛が出てくるのは毛皮を持つ動物の謎である。
髪の気なんかは梳かしたって抜ける髪の数は梳かせば梳かすほど増えていくというわけではない。
それに加えて膝の上に上半身だけ乗せているがそれでも重たい。
アルフは大型犬から超大型犬に進化しているところらしい。通りで緩めに作ってもらった皮のハーネスがきつくなってくるわけである。
「それにしても、あなた、自分のお父さんよりも大きくなるんじゃない? 先祖返りだって言っていたけど、昔の亜人ってどれくらい大きかったの?」
「あう?」
アルフは犬歯でゴリゴリと骨を齧っていてエリアナの言葉を聞いてなさそうだし答えも持ち合わせていないだろう。
エリアナもそんなことはわかっているので質問をしたのはディーナにだ。彼女は荷物を整理していて、明日、リオ王子と合流して帰るだけだとしても、貴族の移動にはそれなりにものが必要になる。
前世のように気軽にリュック一つで一泊二日とはいかないのが面倒なところだ。
「そうですね、たしか、古代の獣人は他の生物同様、四つ足の状態で人の胸ほどの高さがあったと伝え聞いています」
「……そこまで行くと、もうオオカミですね」
「はい、オオカミから進化したともいわれていますし、実際にもう少し成長したらオオカミのようになるかもしれません」
「うーん。なにかの拍子にがぶっといかれないように気をつけないとね……」
「ええ、後はもう、契約とアルフの理性にかけるしかないですね」
エリアナも前世で犬の先祖はオオカミだったという話を聞いたことがあったので素直に大きくなるのも納得できる。
しかし納得は出来てもある程度の大きさで止まってほしいとは思う。
世話も大変になるし、寝床も大きくしなければならないし、餌代も高くなる。
頭に思い浮かんだのは普通の大型犬を飼っている犬飼いのような懸念だったがディーナと共通してもう一つ懸念すべき事項がある。
その部分が前世とは違って少しばかり物騒だが、二人がふとした時に牙でがぶりとやられてしまわないかという点だ。
もちろんそんな間違いが怒らないように魔法を使った契約が施されていて、クリフォード公爵家やその家に属するものを殺害すると彼も死ぬ。
そういう呪いのような契約だ。
それがあるのでおおむね安心だとは思うのだが、ずんずん大きくなっていくので心配ないとは完全には言い切れない。
けれども彼はあぐあぐと骨を齧って、前足で一生懸命押さえてべろべろと舐めている。
その間抜けで可愛い様相に、まあそうなったら仕方ないかとエリアナは半ば投げやりに思う。
「……ことは深刻だというのに、骨一つでこんなに幸せそうなんですから、困ったものです」
ディーナも似たようなことを思ったのか苦笑して、荷物を整理する作業に戻ったのだった。




