30 父と母
コベット村というのはアルカシーレ帝国からソラリア王国に続く道の途中にある森の中のひそやかな亜人の村である。
何故、道の途中にあるのかというと、獣人は魔獣に対してとても強い種族なのだ。
いるだけで森の中の危険な道も、そのあたりだけは魔獣の出現率が少なくなり安心して眠ることができる。
彼らは彼らで知能はあまり高くなくとも、人間の役に立ってくれる技能を持っている。それをきちんと理解して助け合う事がこのままならない世界では必要不可欠なことだと思う。
だからこそ彼らが不当な罪をかぶせられないようにするのは、恩恵を受けているエリアナたちの仕事だ。
そんなことを考えながらも今日は元気に馬車に並走しているアルフの事を眺めた。
彼は一緒に乗るときもあるけれど、外を走るのだって大好きだ。
元気に折れた耳とふさふさのしっぽを揺らしているところを見るとどうしても真面目な気持ちなのに表情が緩んでしまってならない。
しかし懸念事項もある、特にアルフをコベット村に連れていくことには少々エリアナは乗り気ではない。
「……さて、エリアナ。コンチェッタから報告があった通り、オールストン公爵の元で元気にやっているようだな。お前の事はいつも俺たちは放置してばかりだが、何かあればいつだって連絡してくれ構わない」
「そうよ、遠慮せずに頼ってくださいね。何があっても味方ですとは立場もあるので言えませんが、それでも何かやってしまう前に言ってくだされば最善を尽くします」
彼らは馬車がある程度進んだところでおもむろにそう切り出した。
それにエリアナは少し意外な気持ちになった。正直なところあまりエリアナには興味がないのかと思っていたが、そういうわけではなく気にかけてはいたらしい。
彼らも彼らで、子供が転生者というのは接しづらいだろうと思うし、まったくの他人だというふうに扱われてもおかしくない。
今までも兄や姉とともに面倒を見てもらっていたが、自分に向けてこうして心配しているようなことを言われたのは初めてだった。
なんだか少し、不思議な気分で、自分だけと向き合っている今の彼らはエリアナにとって間違いなく今世の両親なのだとなんとなく実感した。
「……突然ですね、お父さま、お母さま。驚きました今まではそういったことを直接私にいう事はなかったのに……」
あまり考えずにそういうと、彼らは目線を交わして、それから彼らも少し気恥ずかしそうに言う。
「それが、エリアナにキチンと家族らしく接しているかとオールストン公爵から言われてな」
「いくら転生者だからと言って、他人ではなく家族愛をもって接しているなら示さなければわからないぞ、とまっすぐなお言葉をもらいました」
言われてアリアンナの父であるあの優し気な公爵の事を思い出した。たしかに家族関係としては彼の方が熟練度が高そうだ。
「……わたくしたちは、あなたの知っている通り仕事が人生のような節がありますから、あなたが問題なさそうならば自由にしてもらうのが一番だと思っていました」
「ただ、自由と、無関心もまた違う事だしな。なぁ、公爵夫人」
「ええ、公爵閣下」
彼らはお互いに、視線を合わせて、よしよしこれで問題ないぞとニコニコした。
二人の関係はとってもまっとうに政略結婚の夫婦だ。
そこに男女の愛情はないし、お互い仕事の事しか話をしているところは見たことがない。
それでも家族愛がないかと言われたらそれはまた別の事、という事らしくコンチェッタが優しく妹の面倒を見て、丁寧な所作を心がける優しい人になったのもそういう部分が関わっているのではないかと思う。
それに比べてチェスターは正直、放置されていることが原因なのか性格がひねくれているような気がするが、何でもかんでも親のせいというのは成人するまでの間だろう。
彼はもう立派な大人である。
「そう、ですか……では、一つ伺ってもいいですか?」
なんでも相談してほしいといった彼らにエリアナは、せっかくならこんな機会も多くないだろうという事で、彼らに意見を聞いてみたいことを思いついてガタゴトと揺れる馬車の中で少し姿勢を正した。
「ああ、いいぞ」
「話してみてください」
二人は息ぴったりにそういって、エリアナは彼らに言った。
「……カイルとの婚約破棄についてはどう思いますか? 私は……振られてしまって、酷い事も言われて、私たちの仲は今後どういうふうになっていくんでしょうか」
彼らの事だ報告を受けているだろう。しかし、聞き方があまりよくなかったかもしれない。
本当は客観的に見てこのソラリア王国がこれからどうなっていくか、それにベルティーナとカイルの事がどんなふうに関わってくるのかという事を聞けばよかったのに気が焦って自分の気持ちを入れてしまった。
ニュアンスがきちんと伝わっているだろうかと窺うように見れば彼らは、二人して笑みを浮かべていた。
「なんだそんなことか」
「気にする必要なんかないですよ。あなたが望むようにすればいいんですから、重要なのはカイル王太子殿下ではなくあなたですもの」
「あの方との婚約破棄など所詮些末な事項に過ぎない、気にせずお前は励めばいい」
「……些末な事……ですか」
「ああそうだ、もう運命は決まっている、初めから結ばれる予定だったんだから、後はお前次第だ」
……それはベルティーナと……カイルの事?
だからエリアナが降られたことなんて当然で、決まっていたことなんだから気にしなければいいというのだろうか。
もちろんカイルに恋慕を抱いていたわけではないし、ただそれでもエリアナにとっては重要なことで、彼は……エリアナにとって大切だった。
本当なら怒って、あの人との運命を信じているからそんなのは認められないんだときっぱりと言えたらいい。
しかし、彼らがとても当たり前のようにまったく疑いも持たずにそういうのでエリアナはしょんぼりして「なるほど、わかりました」と短く答えた。
それに、クリフォード公爵も公爵夫人も何か凹ませることを言っただろうかと視線を交わしたが、エリアナはとても難しい。
前世の事もあって思い悩んでいるというのならあまり深く突っ込んで聞くのも不躾だろう。
視線だけでそんなふうに気を使う事を決めて、二人とも何とかニコニコとして馬車の中は少々気まずい雰囲気になったのだった。




