3 運命とは
エリアナはひどく落ち込んだ気持ちで自室へと戻った。前世に比べて豪華絢爛な自分の部屋も十五年こちらで生活していれば慣れきっていて、なんの感想も思い浮かばない。
「あ、エリアナさま!」
そこには、喋る犬もいるのだが、当たり前のこと過ぎて特に、なんとも思わない。
「……ただいま」
「おかえり! おかえり!」
犬種で言うとゴールデンレトリバーと似たような犬種の大型犬が、ルンルンとエリアナの元へとやってきて、周りをくるくると回ってフワフワの毛皮をエリアナのドレスの裾に押し付ける。
その頭を軽くなでて、エリアナはそのまま、よくない事だと思いつつも寝台にばたんと倒れこんだ。
「……はぁ~っ」
「エリアナお嬢様、せめてお召し替えを。ドレスの装飾が傷んでしまいます」
「……わかってますよ。ディーナ。でも起き上がれません」
「色々と大変でしたもの、お疲れなのもわかります。しかし、きつくコルセットを閉めている今の衣装ではゆっくりと休めないでしょう。お召し替えをいたしましょう」
お付きの侍女であるディーナにそう言われ、エリアナはそれもそうかと思う。
彼女だって、何も嫌がらせで指摘したわけではないのだ。
ベッドを押し返すように起き上がって、エリアナは、自分の手で髪紐をほどく。
「アルフ、部屋を出ていってください。戻ってきたらおやつをあげますからね」
きちんと綺麗に結い上げて、今朝がたにはカイルに会うからととても気合いを入れてやってもらったのに今ではこれも虚しいばかりだった。
「おやつ!」
アルフは飛び上がって喜び、ドアを前足で器用に開けて部屋を出ていく。
眼の色に合わせて選んだ金のリボンは、先日買ったばかりで今日下ろしたてのシロモノだ。
本当だったら、カイルに自慢するつもりでいたのにそんな暇もなかった。
結い上げていた髪はクリフォード公爵家三兄妹みんなお揃いの赤毛で、こればっかりは、いつ見ても不思議に思う色合いをしていて、すこし解して手櫛を通した。
「少し待っていて下さいね、エリアナお嬢さま、今、着替えをご用意いたします」
「うん」
立ち上がって、ネックレスを外したり、出来ることは自分でやって、ディーナの準備が出来るのを待った。
リラックスするのにもこんなふうに他人の手を借りて着替えなければならないというのは、とても面倒な事ではある。しかし、それもまた慣れたことの一つだ。
チェスターにはおばさんなんて言われたが、前世の記憶は、重要なこと以外は、過去の出来事のように思い出せるというわけではない。
生まれ変わっているのだから、おぼろげになって詳細に覚えてない部分が大半だ。
その上からエリアナとしての記憶がたまっているのだから、エリアナを構成している要素は半分以上は今世のエリアナだ。
しかしその半分以下の部分が、多くの影響を及ぼしていることも事実だった。
着替えを終えてディーナを下がらせて、アルフと二人きり……一人と一匹っきりになって、エリアナはベッドに腰かけて考えていた。
内容はもちろん、婚約破棄の事についてだ。
そのことは、チェスターが言ったように、カイルとエリアナの関係性が変わるという事だけにとどまらない。
国としての方向性が変わってきてしまう。
そもそも彼女がこの国にやってきたのは、三年ほど前だ。べルティーナはアルカシーレ帝国の出身で、どういうわけか貴重な聖女であるはずなのに、神託があったという謎の理由で、すぐ隣の国であるソラリア王国にやってきた。
彼女は、大勢の従者を連れてまずはアルカシーレ帝国とゆかりのある貴族たちから支援を受けて王都で生活をし、あれこれとソラリア王国に口出しをするようになった。
彼女の身分を担保しているのは、女神さまを祀っている教会であり、彼らを介して口出しがあると、無視するわけにも行かない。
という事で、べルティーナの主張によって、少しずつ国が変わっていくことになった。
以前よりも、他種族に厳しく、格差があるような政策が打ち出された。
それから、少しずつその名前を聞かない日はないような状態になっていき、エリアナは彼女のやり方が気にくわなかったので、それなりに敵対していたのだ。
しかし、帝国の後ろ盾がある彼女の影響力は計り知れず、とうとう王家に連なる者になり、いずれは国を治める側になる。
王族もそのことを認めているのか獣人たちの村の規制を厳しくしたりと彼らが生きづらくなる政策を進めている。
「……そんなのこの国らしくない。私はこの国だから転生者でも大丈夫だって思ったのに……」
独り言を言うと隣でベッドの上に伏せて退屈そうに目をつむっていたアルフの耳が少し動いてこちらを向いた。
それがなんだか可愛く思えて、その耳を指先でチョイっと触った。
けれども、否定したとしても事実だ。現に、この国は変わっていっている。
そしてカイルも……。
そう考えるとずーんと気持ちが落ち込んで、エリアナはまた涙がにじんでしまいそうになった。
……あんなことを未婚の女の子に言うなんてそもそもありえないし。なにより、触れれば良いわけ?
あんなことを言うなんて見損なった。最低だ。
彼に失望したような気持ちもある。それほどまでに、言われたくない言葉だった。
けれどもそれ以上に、エリアナは思ってしまうのだ。カイル自身も最低だが、エリアナの婚約者はあの聖女に奪われた。したり顔で彼の腕にしがみついていたあの女に取られた。
それも一度目ではない。一度目の時にエリアナは思ったのだ、それが運命なのかと。
そしてべルティーナは、そういう運命だと勝ち誇ったように言っていた。やっぱりエリアナはそういう星の元に生まれてしまったのだろうか。
真実などはわからない。しかしエリアナが、カイルの事を運命の相手だと信じていたかと言われるとそれもまた、そう信じられていたら、あんなふうに触れさせてくれないとは言われなかったと思うのだった。