23 心配
しばらくちやほやされて、エリアナは最近の自分に対する自信の無さも少し解決した頃、間延びした甘ったるい声が響いた。
「とても楽しそうですわぁ。わたくしも混ぜてくださりません?」
甘ったるい声に視線をあげると、彼女はカイルと腕を組んでエリアナたちのそばまでやってきていた。
「……ベルティーナ様」
「どうしてわざわざ……」
エリアナの話を楽しげに聞いてくれていた、貴族令嬢や子息たちは彼女の襲来によって表情を曇らせる。しかし彼らが何かを言うことはできないので視線を逸らし歓迎していないという事を示す程度だった。
「あら、なんだか盛り下がってしまいましたわぁ? どうしてでしょうねぇ、もしかしてわたくしの悪口でも言ってましたのぉ? ねぇ?」
そういって一番近くにいた貴族令嬢の顔をぐっとのぞき込んで、睨みつけるように見つめる。
カイルはベルティーナの行動を制することはなく、エリアナと一度目が合ってもすぐに逸らした。
「何とか言いなさいよぉ、わたくしが来のだからわざわざ声をかけてもらって至極恐悦だって喜んで、婚約の祝いの言葉を述べるのが筋ってものですわぁ? ねぇ、どうしてそんな簡単なこともできませんのぉ?」
「ひぃ……あ、あええと、おめでとう、ございます。っ、わたくしはこれで!」
そういって目をつけられた令嬢がぱたぱたと去っていくと、今度は誰に目をつけようかとベルティーナは視線を巡らせた。
すると次から次に「じゃあ自分も、そろそろ」「おっと、父上から呼び出しが」とエリアナの話を聞きに来ていた令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように、去っていく。
そして、いつの間にかやってきていたアリアンナだけがキョトンとした顔で残っていた。
「あらヤダ、間抜けな妖精崩れだけが残りましたわぁ。相変わらず品性のない耳ですこと」
「…………っ」
「このソラリア王国の王城はこれだから、いけませんわよねぇ。贅をつくした素晴らしい場所に、人間以外の下等生物を入れるんですものぉ。使い魔ならいざ知れず、獣同等の生き物が我が物顔で人間と同じように居座ってるんですものねぇ」
ベルティーナは心底楽しそうに、アリアンナのことをなじる。しかしそばにいるアリアンナの侍女がすぐさまアリアンナの肩に手を乗せて、小さく耳打ちをした。
「わたくしの視界の中から消えなさいな、このなりそこない。見るだけで醜さが移りそうですわぁ。……ね、カイル」
「……ああ」
「っ~!!」
同意を求められたカイルは、少し考えるような間を置いてから、惰性のような返事をした。
侍女はアリアンナがとんでもない暴言を吐かないように、制止の言葉を言ったのだろうが、カイルが同意したことによってアリアンナはこれでもかと怒りをあらわにして顔に青筋を浮かばせる。
もうあともう一歩で、手が出そうだった。
彼女は、割とその外見に反して血の気が多い。強く握られた拳が相手の方に飛んでいったら大変だ。
エリアナはそうならないように立ち上がって、めらめらと怒りを燃やしているアリアンナの前に出た。
「あなたがどう思おうと、アリアンナは私の大切な友人だから、貶さないでほしいんだけど」
彼女は手に持っていた果実のジュースを揺らして、やっと口を開いたエリアナに鋭い視線を向けた。
「……あらぁ、なんだか辛気臭い負け犬の遠吠えが聞こえますわぁ。よく舞踏会なんかに顔を出せましたわねぇ、わたくしだったら恥ずかしくて、自宅で首をくくっていますわぁ」
エリアナに対してもベルティーナはまったく容赦なく言葉を紡ぐ、わざわざやってきたのは、自分よりも祝われて目立っていたエリアナに対する八つ当たりといったところだろう。
それにしても、彼女は的確に人の嫌なところをついてくる、現にエリアナも手が出そうだった。
「自分の男に捨てられてぇ、女としての価値もない癖に仕事ばかりで来たってぇ、新しい出会いなんか見つかりっこありませんわぁ、だって仕事ばかり出来る女なんて誰も娶りたいと思いませんものぉ~」
「……それって、仕事ができない女の嫉妬でよく聞く悪口だよね」
しかしエリアナは口より先に手が出るタイプではない。きちんと口も出るタイプだ。
「ああ、自覚があったんだ。そういえばあの時も、何もできないし、聖女の血筋だけでみんな大喜びみたいなことを言っていたけど、それって私は仕事ができない温室育ちの苦労しらずですって言っているみたいなものだよね」
「……」
「いい事だと思うよ。素敵だよ、そうやって可愛いだけの血筋だけの価値だけで望まれて生きていけて凄いね。流石聖女様。……まぁ、私は、そんな人生ごめんだけど。嫉妬するどころか可哀想だなって思うぐらいだけど」
ニコッと笑みを浮かべたまま、エリアナは彼女にそう言い放った。
頬が若干引きつっていたが、このぐらい言ってやらなければあの日から気が済まない気持ちだったのだ。
咄嗟の事であの時は言い返せなかったけれど、今は多少は心の整理もついている。
言えたことによって多少なりともスカッとした気持ちになった。
彼女は自分が言う分には、とても切れ味のいい言葉が出てくる様子だったが、言われた経験は皆無だったのか、少し驚いたような顔をした。
それから、ものすごい形相でこちらをにらんで、苛立ちに任せて、手に持っていたグラスをエリアナに向かって投げつけた。
「っ」
「……負け犬のくせにぃ」
飛んできたグラスはエリアナの腹部に当たって床に激突すると大きく音を立てて割れる。
中に入っていた果実のジュースがエリアナのドレスを汚し、びっしょりと濡らした。
ベルティーナは絞り出すような声でそう言って、眉間に深く皺を刻んだまま、ふいっと視線を逸らして明らかに怒っているらしい態度でずんずんときた道を戻っていく。
……ああ、台無し……。
せかっくのドレスが汚れてしまった。
グラスが顔に当たっていたらと思うと少し怖いが、それでも服を汚された程度の事だ。ガラスの破片がエリアナの事を傷つけたという事もない。
しかし、すぐに腕を引かれて、心配そうにアリアンナがエリアナの頬に触れる。
「大丈夫か? けがは?」
すぐに聞く彼女は、同じくエリアナに手を伸ばしていたカイルの存在に気が付いて、彼の方をすぐに向き直った。
エリアナは気が付いていなかったが、カイルも見てみればとても心配そうな様子でこちらを見てる。
「なんだよ。お前はあの女を追いかけろよ。……エリアナの事を守りもしないで心配そうな顔なんかするなよ、クズ……行こうエリアナ、そのままじゃ気持ち悪いだろ」
「……うん」
アリアンナの気迫に黙り込んで、カイルは何も言わずにエリアナがアリアンナと去っていくのをただずっと見送っていて、なんだか少し可哀想なことをした気がする。
カイルは穏やかな人だし、彼はエリアナに触れることができない、だからアリアンナのように咄嗟に心配することもできなかったのではないだろうか。
けれどもそうだからと言って、エリアナを引き留めるわけでもない。
カイルはベルティーナに加担しているのだ。どんな事情があろうとも、それは、エリアナが守ろうとしている立場の弱い亜人たちを見捨てる行為だ。
そういう意味では彼は敵に近い。
けれども怒って去っていったベルティーナを追うわけでもなくエリアナを心配している。
「……結局、あの人はどっちが大切なんだろ」
「さぁ、俺はどんな事情があろうとも、あの男がいけ好かねぇよ」
周りに聞かれないようにこそっと言うアリアンナにエリアナは、この人はきっぱりしていていいなぁと思うのだった。




