22 王家の意思
それぞれの貴族たちがさまざまな交流を始めたところを確認してエリアナは立ち上がった。それからデルフィーナへと視線を向けた。
「突然のことで驚きました、デルフィーナ様」
距離的に二人だけにしか聞こえない会話なのでエリアナは普段から接していたように、尊敬する彼女に目を細めてそういった。
まだ緊張で足が震えているけれど終わったのだから後は、言葉を交わして去るだけでいいはずだ。
「ええ。そうでしょう。本来ならばきちんと、王族とあなたへのつながりを見せるために、衣装を合わせたり、ちなんだ催しでも開くべきでしたわ。けれど、どれほどクリフォード公爵家に便りを出しても、子息から見当違いの返答が返ってくるばかりでしたの」
「……それは、大変申し訳ございません」
子息からというとチェスターの事だろう。彼は、エリアナに手紙を転送することもなく、エリアナの功績を腹立たしく思ったかもしれない。
オールストン公爵との会話の通り、現在、クリフォード公爵家は公爵、公爵夫人が不在の状況だ。
成人した貴族が二人もいるのだから問題なく屋敷の運営は行えているが、父や母の意向に従わず、コンチェッタをいじめる彼のせいで、こんなことになっている。
「構いませんわ。わたくしたちが外交に、クリフォード公爵を顧問のような扱いにして家庭を顧みる時間を作っていないことがそもそもの原因ですもの。
……それにしても、公爵子息は少し……大局を見るのが苦手な方なようですわね。クリフォード公爵にその点もきっちりとお伝えしておきますわ」
「はい。……お願いします」
デルフィーナの目から見てもチェスターがエリアナやクリフォード公爵家の意向とは反対の事をしているように見えるらしい。
しかし、彼は跡継ぎだ。きちんと教育し直さなければ公爵家が変な方向に転がっていきかねない。
彼女から言ってもらえば父や母ももう少し、後継者教育に力を入れるだろう。
そういう考えもあってエリアナは彼女の言葉に頷いた。
「では、エリアナも舞踏会を楽しんで。……ああ、そうですわ。言い忘れていましたが、これが王家の意思ですのよ。国の為に尽くす人間には正当な評価を、それは変わりませんわ。どうかそのことは気に留めていてくださいませ」
王家の意思、ということはそれはまごうことなく国の意向だ。
婚約破棄されて初めての公の場で、聖女のめでたい婚約話ではなく、婚約者を下ろされたエリアナの功績をたたえる。
それはつまり、王家がエリアナの方を尊重すると決めているということだ。
婚約破棄を了承したのに、エリアナの事を尊重していて、エリアナを尊重するということは、エリアナが匿っている亜人たちも尊重するという事だ。
それはベルティーナの望みから外れるだろう。デルフィーナがこうしてエリアナとのつながりを示した以上は、亜人を差別したい人にとっても同時に痛手だ。
そうなればベルティーナの派閥に属している貴族たちの勢いは失われるだろう。
けれどそうしてバランスをとるようなことをしても、結局、次の王妃はベルティーナだということに変わりはない。
いったいどこを目指して王家は動いているのだろう。
疑問に思うと、ふと考えが思い浮かぶ。
まさかエリアナを懐柔して実務をやらせる第二夫人にしようと? という最低最悪の案が思い浮かんだが、デルフィーナの瞳の中をじっと見つめても色素の薄いグレイの瞳と視線が絡むだけで、何を考えているかなど読み取ることはできない。
「わかりました。心にとめておきます」
「ええ、それでは」
そういってデルフィーナと別れて、エリアナは降壇する。
すると待ってましたとばかりにエリアナは囲まれた。若く年の近い貴族令嬢や令息が、とても名誉な感謝の言葉を得たエリアナに、次から次へと群がった。
「魔法協会の認可、おめでとう! やっぱりドワーフはいい剣を作るよね」
「最近は平民たちにも差別の感覚が広がっていたように思いますがこれなら、差別主義者も黙らざる終えませんわ」
「ドワーフの特別な技術ってどんなものなんですか? エリアナ様、ぜひ聞かせてください」
社交界で見知った顔の同世代なので、彼らに囲まれて、尊敬のまなざしを向けられると、どうしてもエリアナもまんざらではない反応になってしまう。
けれどこんなど真ん中にいては邪魔になるのでホールの端の方に移動しつつ、今だけは難しい事を忘れて、純粋に褒めてくれる彼らに、ちょっとばかり自慢話をしたのだった。




