19 寂しい気持ち
前世の“彼”のことを思い出して、エリアナは柄にもなく物思いにふけっていた。
可愛くて、優しくて儚げな人だった。寂しい夜などエリアナは“彼”といて一日たりとも知らなかったし、いつだって心のどこかで“彼”と繋がっていて、基準に生きてきた。
恋愛や思春期の他人に対する苦しい気持ちなどとは、エリアナはずっと無関係だった。
ただずっと愛おしい人はそこにいて、パズルのピースみたいにしっくりくる唯一無二の存在だった。
だからこそ忘れることなどできない。今世一生かけたって、絶対に”彼”の事をすっかり忘れて切り替えることなど毛頭不可能なのだ。
エリアナの心はずっと囚われ続けている。それがなぜ、カイルに触らせない事につながるのかというと、彼だってエリアナの大切な婚約者だからだということに他ならない。
この世に生を受けた時から、彼はずっとエリアナの婚約者で、運命を感じていた。もしかしたら、そんなふうに思ったことがある。
それから、そのもしかしたらという気持ちは、自分の都合がいい思い込みなのかそれとも運命なのかという気持ちの間で心はずっと揺れ動いている。
そうであったらいいのにとも思うし、そんなに都合よくないだろうという気持ちもあって、転生者の家系だとしてもカイルには記憶がない。だからこそ、生まれ変わった”彼”ではないかと思いたくなった。
けれども、そんなのはひどい事だろう。
愛した人がいたのに、勝手にカイルを”彼”だと妄想して運命だと断定して愛しているというなどカイルにも、彼にも申し訳が立たない。
……でも絶対に違うという証拠もない。私が、転生して成したかったことはきっと……。
それを結婚したら、はっきりとさせようと思っていた。
エリアナには愛した人がいて、一生をかけても忘れられそうになくて、いつでもずっとその人を探しているような女だと。
だから決して、今の婚約者であるカイルに、”彼”の代わりに求めて触れ合う事だけはしないと決めていたのだ。
……私は、バカみたいに寂しがりだから。ずっと一人を知らずに生きてきたから、手を伸ばしてしまったら取り返しなんてつかない。
分かっているけれど誰にも頼れないからこそ、エリアナは今だってずっと揺れている。コンチェッタに言われた通り、ずっと寂しがりの子供のままだ。
窓辺に座り、星空を見上げていると、ついつい涙がにじんですぐに頬を伝って落ちていく。
するとエリアナのベッドのそばで眠っていたアルフがすくっと立ち上がって、フスフスと鼻を鳴らしながらこちらに来た。
「……ん~、涙のにおい……」
それからウィンドウベンチの座面に乗り上げて、エリアナの膝の上に半分体重を乗せて目をつむって伏せをする。
「エリアナさまぁ、泣いちゃだめだよ……」
「……うん」
きっと泣かないでというニュアンスの言葉が言いたかったのだと思う。そんなアルフは、むにゃむにゃとウソみたいな寝言を言いつつまた穏やかな寝息を立て始める。
そんな彼の頭を撫でて、運命って何だろうと考える。
この子だって、言ってしまえばエリアナと深い運命で結ばれているだろう。エリアナが生まれてこなければ護衛の業務に入る前に、どこかに捨てられていたかもしれない。
転生者は特別だといっても、この国の多くの人間は、前世でエリアナがいた世界や別の世界を体験して、いろいろな場所で生まれ変わっているというのがこの世界の価値観だ。
それは自分で体験した以上、間違っていないと思う。
だとするならばエリアナが転生したこの場所に、アリアンナのような日本人がいる状況で、きっとどこかに”彼”もいるはずだ。
記憶を持っていないだけで、ギフトもなくて転生者としての兆候が出てなくても生を受けているかもしれない。
歳が離れていても、性別が違っても、種族が違ってもおかしくない。エリアナは性別や種族が一緒になっているだけで、同じ時期に生まれた転生者でも死んだ時期がずれているということもある。
だからどこかに気が付かないだけで”彼”はいるはずなのだ。エリアナは”彼”を追いかけるために罪まで犯した。
いると思うから余計に寂しい。いると思うから会いたくなる。思い出すと寂しさでどうにかなってしまいそうになる。
泣いちゃ駄目、なんてアルフは言ったが、そんなのは到底無理な話だ。
悲しくて寂しくて仕方ない。カイルがそうなのだろうか、それとも他の誰かなのだろうか。
アルフの毛皮に顔をうずめる。
カイルとの関係性だけに悩むのならばまだよかった。記憶がない以上はわからないということはわかっても、そうではないということは証明できない。
だからこそエリアナの婚約者だったカイルとの関係性に決着さえつけられたらよかったのだ。
そうだと思うならそうだと思っているという話をするし、それが嫌だと言われたら今の彼を見るようにする。しかし運命で結ばれていることを疑いようもなかっただろう。
けれどもカイルはベルティーナに奪われ、エリアナはその支えを失った。
どこへ行けばいいのか、何を思えばいいのか、答えは出ることはないし、寂しくてたまらない。




