16 余波
王都から帰る道の途中、城下町の端の方、そこにエリアナが贔屓にしているドワーフの工房がある。
この姿でも、何度か訪れたことがあるので、エリアナはアルフの毛をくちばしで引っ張って操縦しながら工房と隣接している店の中に入った。
「ごきげんよう。クリフォード公爵令嬢のエリアナです、誰かいますかー?」
小鳥のくちばしからはいつもと変わらずにエリアナの声が出る。
中に入ってアルフはお利口にお座りをして、ここまで元気に走っていた息をはっはっと整えた。
店番は誰もしていない様子だったが、エリアナが声をかけてからしばらくするとドタバタと焦ったような足音が響いて中から一人の若いドワーフが姿を現した。
「こ、これは! これは! エリアナ様……エリアナ様でいらっしゃいますね?」
「はい。魔法で姿を変えているんです」
「左様でございますか、やはり人間の貴族というのはすごいものですね。驚いてしまいました」
「すみません、こんな姿で」
「とんでもない! ご足労いただきまして申し訳ございません。それでなにか急な用件でもあったのでしょうか?」
彼は、パーシーと言ってこの工房の親方の実子に当たる。親方オーエンは少し気難しい所のある職人気質のドワーフだが、彼は他種族との調整の為に社交性が高い。
身長が低いので、アルフの頭の上に乗っているエリアナとは丁度ぴったりと目線があっている。
「いいえ、私は今、クリフォード公爵家から出て生活しているんです。なので、注文していた品を直接受け取れればいいなと思ったんですが……」
「ああ! そういうご事情でしたか、少々お待ちください! すぐに確認してまいります!」
そう言ってパーシーは店の奥にドタバタと引っ込んでいく。
納期もそろそろだったはずなので、順当にいけば出来ているだろうという算段でここまでやってきた。
もちろん、出来てなかったとしても問題はない。ただ、届け先を変更してもらえばいいのだから。
そういう気持ちでエリアナはのほほんとパーシーが戻ってくるのをまっていた。
しかし、次に扉を開いてやってきたのは、彼ではなく親方のオーエンの方だった。
「お嬢さん、どうも久しぶりですぜ」
「! オーエンさん、お久しぶりです。いらっしゃったんですね」
「ああ、区切りのいいところまで作業をしてたもんでな」
たっぷりとひげを蓄えたオーエンはのっしのっしとエリアナの元に歩いてきて、おもむろにしゃがみ、アルフの体を撫でた。
アルフははっはっと息をしながら舌を出して喜んでいる。
「……任されていた剣、今、パーシーが持ってくるが、正直お貴族様の膨大な魔力に耐えられるものになってるか少し心配だ。もし出来るなら使う人間の魔力となじませる調整を入れたい」
「なるほど」
「が……俺たちは、”こう”だからな、別に、人間様の魔法使い殿でも多少は調整が利くだろ。それにやらせてもいい」
彼はおどけるように片方の眉をあげてそんなふうに言う。”こう”というのは自分が亜人だからという事だろう。
「高貴な御仁の前に出た暁には首がスパンと飛んじまう。……そういや、パーシーから聞いたが、聖女様の王家入りが決まって、アルカシーレ帝国と同じようにソラリア王国の世間様も亜人を差別する風潮が強くなるだろうなんて言ってたが……お嬢さんは王太子殿下の婚約者じゃあ、なかったか?」
「……婚約者の地位を下ろされたんです。今はただのエリアナになってしまいました」
「なぁるほど、こりゃいよいよ、鎖でつながれて生活する日も近いな」
オーエンはエリアナの言葉を聞いて淡々とそう口にする。
もちろんそんなふうにさせるつもりなどない。奴隷も差別もエリアナは大っ嫌いだ。そんなものはただの因習だ。古めかしい考えだ。ありえない。
しかし、立場がなければそれを主張することはできない。
「ああ、だが、奴隷になるならお嬢様が買い上げてくれ。他人に買われちゃぁご恩を返すことができないからな」
「……恩なんかありませんよ。ただいいものはいい。どこかが何か違って、誰かと違って劣っていると判断されようとも、命を削って生み出した仕事が正当に評価されない理由にななりません」
「……」
「私は差別や、いじめが大っ嫌いです。人は皆対等に、尊重し合う義務がある。それだけのことです。ドワーフの……あなたの精錬技術は素晴らしい。それだけです」
「そら、どうも」
エリアナは、自分の声が緊張で固くなっていることに気が付いていたが、どうしてもそれだけは許せないのだ。
前世の記憶を持っているエリアナは、どうしても誰が何と言おうとそれだけは変えるつもりがなかった。
けれどもその当たり前を恩と言ってくるのは、彼らがまた当たり前のように差別を受けていたからだ。
ただの特性を理由に、差別され、多くを奪われたからこそオーエンもパーシーも、ほかの工房の住人もそういうふうにエリアナに恩を感じている。
……たしかに少し骨を折ったけれど、それも大したことじゃない。実際、ドワーフの技術は素晴らしいんだから。
彼らは、アルカシーレ帝国での扱いに耐え切れずに、ソラリア王国に逃れてきたドワーフだった。
すぐ国境を越えた先に、亜人も自由に暮らしている国があると聞けば誰だってそうして必死になって国を越えようとするだろう。
しかし、アルカシーレ帝国も自分たちの安く良質な労働力を逃がすわけにはいかない。普段だったら絶対に彼らは国境を越えられなかっただろう。
けれど、ベルティーナがこちらの国にやってくることになった時に多くの人が国境を越えて移動した。
それは彼女の侍女であったり、お抱えの料理人であったり、荷物を運ぶための奴隷であったり。
そして大体はきちんと祭典を行い、つつがなく移動は完了したのだが、そのイレギュラーに乗じてこちらにやってきたのが鍛冶師のドワーフ一族だった。
もちろん食い扶持がなければ彼らだって生きていけない、人と関わらずに生きることはできず、すぐにその存在が認知された。
そして問題になった。隣国の奴隷をどういう扱いにするべきか多くの人々が首をひねった。
今まで通りでいくなら、こちらの国にもいるドワーフたちと合流してもらって日々の営みの中に入ってもらう。
そういう対応をしていたからこそ、獣人の村の人口は今はとても多い。
そしてそういう亜人を大貴族たちが仕事を与えて支えていっている。だから時に集団と暮らすことができないアルフのような獣人を引き取って護衛をやらせたりもするのだ。
けれども、その事態をベルティーナは知って、自分の奴隷にすると言い出した。
ただ、こちらに来る際に通った領地がクリフォード公爵家だったので、彼女の主張を無視して、人間の鍛冶師と同等かそれ以上の能力があることをギルドを通して証明した。
さらにエリアナはアルカシーレ帝国から来たドワーフだけが持っている精練技術の有用性を示し、魔法協会への働きかけも行った。
その結果彼らは、身元を保証され、この王都で店を構えることができた。彼らの実力があれば当然のことだとエリアナは思うが、彼らはそれを恩だという。
……感謝してくれるのはうれしい、でも人間には自由に生きる権利がある。それは魔力があろうと、ちょっと耳が長かろうと、背が低かろうと変わりはしないよ。
「……だがしかしな、お嬢ちゃん。そうは言っても人生なんてままならないもんだ。どうしようもなくなる時はいつか来るかもしれない」
「それは、そうだけれど」
「だからこそ、一度でも手を差し伸べてくれた人間に不義理なまま死にたくないのさ。俺らは、たとえ立場の為に技術を要求されたとしても、お嬢ちゃんに不利益になることは、絶対にしねぇ、それだけは事実だ。覚えといてくれ」
「うん……覚えておく」
エリアナが王妃になれなかった以上、国は変わっていくだろう。エリアナにではなく、ベルティーナに媚びることによって得られるものもあるかもしれない。
けれども、それをしない事によって不義理を働かないようにするというのは、難しい選択だ。
狡猾に大成する方を選び取って、媚びて望まれて立場を安定させること、それは別に悪い事じゃない。
そうしてもいいしむしろそうするべきだ。けれど奴隷になったら買ってくれなんて言葉に頷くよりもそちらの言葉に頷く方がエリアナはまだ納得できる。
だから静かにうなずいた。
それからエリアナは注文していた剣をアルフのハーネスにくっつけてオールストン公爵家に帰ったのだった。




