14 お城の中
散々罵られてアドリアが意気消沈したところでべルティーナはとても楽しそうに部屋を去っていった。
一人のこされたアドリアは、どこにも向けられない怒りを発散するために無言で何度も床を叩いた。
けれどもそれから堰を切ったように、今度は「っあはは!」と笑いだす。
「馬鹿に、馬鹿にしてっ! っはは、でもいいわよ! 精々困ればいいんです。仕事のできない無能だって言われればいいんですよ」
ぶつぶつとつぶやく声はちょっとそばまで寄っていけば聞き取ることができて、彼女は何か楽しげだった。
……どういう事? まさかわざとなくしたとか?
「あなたも私も一蓮托生、あなたが私をそんなふうにするならこっちだって容赦しませんっ!」
そういってアドリアはがばっと起き上がり、にんまりと歪めた唇で口汚くべルティーナをののしる。
それから散らかしていた書類の中から一等大事そうに箱の中に入れられていたものを引っ張り出して、びりびりと破き始める。
「死ね死ね死ね死ね! 社会的に死んでしまえ!!」
はらはらと舞い散る書類の破片には、王族の印章や、教会の印も見える。おそらく大切な契約書のたぐいだろう。致命的とはいかなくとも、困りはするかもしれない書類だ。
しかしこんなものをなくしたぐらいで社会的に死ねるほど聖女というのは立場の弱い生き物ではない。
いや、具体的に言うと、別に、このソラリア王国では社会的な地位が転生者よりも高いかと言われると実はそうでもない。
神聖性という点においては何よりも尊い存在だが、国政に関わる実務について口を出せるほど尊重されていないのだ。
べルティーナの行動を誰も制御できず、さらには彼女が人間を贔屓するせいでその派閥まで出来上がっているのはアルカシーレ帝国が後ろ盾についているからという点が大きい。
アルカシーレは大国だ、そこの出身だからこそ幅を利かせている。
それにしても、仕事ができないと周りの人間も困るし、必ず誰かにしわ寄せが行く。
それが自分かもしれないのに、いくら何でも多くの人間がかかわっている書類を破り捨てるなど喜ばれることではない。
……それに、同じことで返してしまったら、その手段を認める様なものじゃない……。
自分がされて嫌なことを他人にもして痛み分けにするなど、今はスッキリしたとしても今後、後悔することになる。
……そういう事を考えられないほど、屈辱的だったのか、それとも主が主なら従者も従者って事なのか……わからないなぁ。
エリアナはそんなふうに考えながら、びりびり、びりびりと細かく書類を破り続けるアドリアを置いて部屋を出る。
この情報はなんの役にも立たないけれど、彼女の人となりがよくわかる事件だなと思ったのだった。
アドリアを置いてべルティーナを追いかけて、王城の中を羽ばたいたり隠れたりしながら移動していく。
彼女がアドリアの部屋を出てからしばらくたっているので、すでにその姿を追う事は出来ないのだが、どこに行ったかぐらいは見当がついている。
ベルティーナは現在王城の客間に身を置いているのだろう。そして、彼女は王太子の婚約者となった身、社交やマナーのレッスンを行うために二階の小ホールに講師陣と集まっているはずだ。
少なくとも、エリアナの時はそうだった。
なので余裕をもって吹き抜けの階段を上っていたのだが、彼女は二階より上から降りてきて、エリアナは突然のことに驚いて咄嗟に手すりの上に乗っている彫刻の後ろにビタッと隠れた。
「なによ、わたくしには目もくれないで、あんな男顔さえよくなければわたくしだってかまってやりませんわぁ!」
「その通りですね、べルティーナ様。こう言ってしまっては何ですが見る目がない方です」
「ええ、アルカシーレ帝国の王族の方がたは、もっと優雅に生活してらっしゃったのにやはり小国の王族なんて王太子まで馬車馬のように働かなければ立ち行かないのですから、貧相なものです」
べルティーナの言葉に猛烈に侍女たちは同意し始める。
彼女たちは、主の好感度を上げるために必死に媚びを売っているような様子だったが、エリアナはそれを聞いて目を丸くしてしまった。
なんせここはエントランスホールの大階段だ。ほかの使用人たちもいれば下階には用事で訪れた貴族たちだっている。
もちろん話し声などそこまでは聞こえてはいないのだろうが、それでもすれ違った侍女も書類を運んでいる事務官もこのソラリア王国に根付いて生きている人間だ。
それを丸ごと否定するようなことをよくこんなに往来のある場所で言うことができる。
「そうですのよぉ、はぁ~あ。まったく! カイルからどうしてもわたくしを娶りたい、愛しているなんて言ってくださったのに……遊びに出かけられるのが週に一度なんて、このままでは若くて美しい期間を暇を持て余して過ごしてすぐにシワシワになってしまいますわぁ」
「罪な男、ですね、べルティーナ様」
……カイルから……。
しかし続けて言われた言葉はエリアナの心にグサッと刺さる一言だった。
この人の往来がある場所の事を気にして、カイルの悪口からどうしようもない男というふうに方向転換したのか、それとも本当の言葉なのか区別がつかない。
話をしながらも彼女たちは階段を下りていく。
あれやこれやと話をしている様子だが、その言葉はエリアナの耳には届かずに、カイルの元へと向かうことにしたのだった。
道中、偉そうなべルティーナの話を聞いていた侍女たちがこそこそと噂話をしているところを耳にした。
「やっぱり、カイル王太子殿下から、申し込んだのよ! ね、言ったでしょ。それでエリアナ様は前世は亜人だったんじゃないかって!」
こっそりと話をしているつもりでも、王城は一階以外はとても静かなものだ。
少し耳を澄ませるとすぐに内容は聞き取ることができる。
……亜人って……やっぱり使用人たちは下級の貴族層が多いからあることない事言われてもわからないみたい……。
この国に現れる転生者は大体日本人である。なので、前世が亜人だった転生者など歴史上一人もいないのだ。
「え~? 亜人だったからって何だっていうんですか?」
「だから、それで亜人贔屓をしていずれはこの国を乗っ取ろうとしてたとか! あと単純に、男遊びも激しくて、カイル王太子殿下はうんざりしてたって、私うわさで聞いたのよっ」
「ああ、その話ですか。最近よく聞きますけど……まだお若い令嬢ですよ?」
「だから、前世が獣の亜人だったのよ! だから獣並みに男を求めているんだって、そういう話よ!」
「なんですかそれ……まぁ、でも亜人嫌いのべルティーナ様が新しい婚約者になりましたしそういう事も、あるんですかね?」
「きっとそうよっ」
二人の侍女はなにやら、フィルに聞いた話よりさらに派生して、不思議な方向に進化している噂話をしていて、エリアナはちょっとだけその進化が面白かったが、言われて嬉しい言葉ではない事は確かだと思うのだった。




